やりたい仕事が向いてなくてもいい。集英社ゲーム事業主任・森通治さんの好きなことへの関わり方 - ミーツキャリアbyマイナビ転職

「やりたい仕事」が100%向いてなくてもいい。集英社でゲーム事業を立ち上げた森通治さんの話

森通治さんトップ写真

<プロフィール>
森通治(もり みちはる)。株式会社集英社 新規事業開発部 ゲーム事業・映像事業開発課主任。1985年生まれ。2008年、Apple Japan, Inc.に入社。スマートデバイス普及の黎明期において教育機関、エンタープライズ市場向けの事業開発・パートナー事業推進を担当。2015年、集英社に入社。デジタル事業部にて、電子コミックの事業推進、プロモーション企画、社内ウェブサービスやマンガアプリのグロース支援、週刊少年ジャンプ50周年企画などを担当した後、2019年に新規事業開発室に異動。現在、新規事業開発部ゲーム事業・映像事業開発課にてゲームビジネスを推進する。


なんとなく「やりたいこと」はあるけれど、実現できるか不安。会社で携われるだろうか……。そんなモヤモヤを抱えて、目の前の仕事をぼんやりこなしていませんか。「やりたいこと」をキャリアに結びつけた人たちは、一体何を心掛けていたのでしょうか。

老舗出版社の集英社が1年前から本格始動させたゲーム事業。そのプロデューサーを務めるのが森通治さんです。大のゲーム好きで、もともとエンタメコンテンツに携わりたかったという森さんですが、実は最初からゲームづくりに携われていたわけではありません。20代のうちは「やりたいこと」と実際の仕事とのギャップを感じながら働いていたといいます。

森さんはいかにして「やりたいこと」に近付けたのでしょうか。そこには会社の中でオリジナルなキャリアを築くための、たゆまぬ努力がありました。

単純な興味で選んだ最初の就職

――森さんは大学卒業後の2008年にApple Japanへ入社し、6年半勤めたのちに現在の集英社へ転職しています。30歳手前で大きくキャリアをシフトしていますが、学生時代はどのような仕事に就きたいと考えていましたか?

森通治さん(以下、森):高校時代は広告代理店を志望していましたね。文化祭で映像を作った経験から、CMなどのクリエイティブで人の心を動かしたいと思っていました。

ただ、大学ではITビジネスを学んで、デジタルコンテンツを取り巻くビジネスの面白さに気づき、就職活動ではIT業界を中心に受けました。

――就活当時はiPhone(初代)が世に出て間もない、まだガラケーを持っている人のほうが多かった頃です。そんなタイミングで、Appleを選んだ理由はなんですか?

:当時の僕にとってAppleはハードウェアからOS、ソフトウェア、デジタルコンテンツ配信までさまざまな“要素”を取り揃える、「おもしろいコンピューターの会社」だったんですよね。そんなおもしろさに興味を惹かれました。

あと、根っからのコンテンツ好きだったので入社当初はiTunesでデジタルコンテンツを取り扱う仕事がしたいと思っていました。ただ、iTunesとApple Japanは別会社で、転籍をするにもハードルが高いと後日知ったのですが……。

――結果的にAppleでは直接デジタルコンテンツに携わらなかったのでしょうか?

:そうですね。1年目は家電量販店の営業回り、2年目以降は教育機関や企業を相手にiPhoneやiPadを導入してもらうための施策を考える営業企画として、在籍中の6年半ほどはパートナーセールスのキャリアを積みました。20代を振り返ると、「やりたいこと」と「実際の仕事」のギャップがかなり大きかったように思います。

――そのことにストレスは感じませんでしたか?

:それが、そこまでの不満やストレスはありませんでした。というのも、会社自体が毎年のように急成長するダイナミックな流れのなか、「やりたいこと」に携われていなくても、「やりがい」は十分に感じていましたから。自分が管理する予算や売上も大きな規模になり、20代にして大きな仕事、さまざまな仕事を任せてもらっていましたね。もちろん、数値目標は厳しくて、月曜になるとお腹が痛くなって会社に行きたくなくなることもありましたが(笑)。でも、そこで社会人としてのサバイバル術のようなものも鍛えられた気がします。

社会人大学院で「やりたいこと」を再認識した

――そんななか、30歳を手前に集英社へ転職していますね。

:Appleの仕事自体はやりがいのあるものでしたが、一方で「ずっとこの仕事をやっていくのかな?」と次第に考えるようにもなりました。外資系企業の社員の多くは同じ企業にとどまりませんが、僕も先輩たちの姿を見ながら、今すぐに転職したいというわけではないけど、もっと“外の世界”が知りたいと思いました。

それを上司に相談したところ、働きながら社会人大学院に通わせてもらえることになりました。仕事の融通をきかせてくれて、会社から一部補助もいただいて。修士論文ではもともと好きだったゲーム業界にフォーカスし、『ゲーム業界のビジネスモデルの変遷とゲームデバイスの進化』の関係について分析したのですが、そこでデジタルコンテンツまわりのビジネスを学び直したことが、仕事やキャリアを考えるきっかけになりましたね。

――どんなふうに考えが変わったのでしょうか?

:この先も長く働いていくためには、やはり「やりたいこと」をやりたい。その「やりたいこと」とは、やはりエンタメコンテンツを取り扱う仕事だろうと。

そんな折、大学院の同級生でもあった集英社の方から「今度、集英社で新設するデジタル部門の採用をやるから受けてみたら?」と言われ、採用試験を受けてみようとなり、ご縁あって転職をすることになったんです。結果的に働きながら学校に行くことにOKをしてくれたAppleには不義理を働くことになってしまいましたが、外の世界を知りたい気持ちとエンタメコンテンツに携わりたい気持ちが勝りました。

森通治さん記事内写真
2015年の大学院修了時にゼミの同期と。森さんは右から2番目

――不況の出版業界、それも集英社としては未知数のデジタル部門で働くことに不安はなかったのでしょうか?

:あまりなかったですね。そこはiPhone黎明期のAppleで働いた経験が大きかったと思います。僕が入社した当時のAppleは今ほど大きな会社ではありませんでしたが、良いプロダクトがあり、そのプロダクトを戦略的に広められれば収益は伸びていくことを20代で身をもって経験させてもらいましたから。

それに、集英社には長年にわたり培われた、優れたコンテンツづくりの組織力があります。転職の当時は出版不況と言われていましたが、良いコンテンツさえあればデジタルの力で絶対に伸ばすことができるという確信がありました。

失敗した人間ほど、何かを知っている

――集英社に入ってからは、すぐに「やりたい仕事」ができるようになったのでしょうか?

:いえ、入社当初は電子書店さんとともに電子書籍の販売戦略を練るパートナービジネスがメインでした。売るものが変わっただけで仕事内容自体は前職とあまり変わらなかったんですよね。やりたいこと、というよりは「(前職で)やってたこと」が(現職で)生きた。電子書籍という急成長の市場に関わることができたのも、仕事としてやり甲斐がありました。

ただ、当時は「少年ジャンプ+」(以下、ジャンプ+)も立ち上がり、デジタルコンテンツに携われる環境が近くにあったので、マンガアプリの仕事をやりたいという思いも持っていました。幸い部署同士の連携も活発だったので、ジャンプ+に興味があることは周囲に伝え続けていましたね。すると、ジャンプ+の細野編集長が「一緒にやろう」と声をかけてくれました。

――それでメインの仕事と兼業で「ジャンプ+」の仕事にも携わるようになったと。

:はい。アプリのプロモーションのやり方を考えたり、改善のためのアイデアを出したり。ジャンプ+の仕事以外にも、週刊少年ジャンプ50周年のタイミングでデジタル施策を担当するなど、まさにデジタル×コンテンツの仕掛けにたくさん携わらせてもらいました。改めて、やっぱりおもしろい仕事だな、自分がやりたいのはこういうことなんだなと実感しました。

――その頃、ジャンプ+の編集部とタッグを組んでご自身でマンガアプリを立ち上げられたそうですね。

:はい。「Myジャンプ」というアプリです。ただ、それはユーザーが十分に集まらず、結果的に“大失敗”してしまいましたが。

それでも、むしろ失敗してからのほうが他部署に声をかけてもらえることが増えたんですよね。「森は失敗したからこそ、何かを知っているはずだ」という感じで、新しいマンガアプリの立ち上げ時などに誘ってもらえるんです。失敗の経験を評価してもらえるのは、とてもうれしかったですね。

大好きな「ゲーム」が仕事になるまで

――その後、2019年に新設された新規事業開発室に異動。現在はゲーム事業の立ち上げを行っているということですが、もともとゲームはお好きだったのですか?

:はい。特に『クロノ・トリガー』『タクティクスオウガ』『ゼルダの伝説』『ワンダと巨像』など世界観がしっかりしている作品が好きで。ネットゲームにも一時期は廃人になりかけるくらいのめり込んでいました。

――それはもう、好きのレベルを超えていますね。そもそも、なぜゲーム事業を始めることになったのでしょうか?

:正直、新規事業開発室に配属された当初は、何をやっていいか分からなかったんです。役員および上司からは「好きなことをやっていい」と言われましたが、選択肢がありすぎて悩んでしまって。

ただ、時間はあったのでとりあえずたくさんの人に会ったり、世界の色々なゲームイベントに出張させてもらったり、ビジネスモデルの研究をしたりして、出版業界の新しいビジネスモデルを考えてみたんです。

森通治さん記事内写真
2019年のロサンゼルス出張時。ゲームイベントを満喫する様子

――そこでゲームが浮上してきたと。

:そうですね。出版社の周辺業界をマッピングしてみたら、ゲーム業界の市場が圧倒的に大きいことが分かりました。国内の出版の市場規模はおよそ1兆5000億円で、そのうち漫画が6000億円ほどです。一方で、ゲームは世界市場で2019年当時で15兆円にものぼる。加えて、デバイスの進化などから今後も伸び続けることが予測できますし、漫画との相性もいい。そもそも集英社の作品も数多くゲーム化されています。

そこで、2年前から本格的にゲーム事業を立ち上げ、2020年には集英社の歴史上初となる「ゲーム」の名がついた部署ができました。今年の春には、ゲームクリエイターを支援するプロジェクト「集英社ゲームクリエイターズCAMP」もスタートさせました。

――大好きなゲームに携われるだけでなく、高校生の頃から憧れていたクリエイティブ系の仕事でもある。ここへきて、すべてがつながった感がありますね。

:環境や出会いに恵まれたこともあって、非常にありがたい環境で働けています。引き寄せの法則じゃないですが、結果的にこれまでのキャリアがすべて足し算されて、「やりたいこと」をやれている実感がありますね。

自分の「苦手」を把握し、チームで実現した「やりたいこと」

――森さんはキャリアを通じ、自らの手で「やりたい仕事」を勝ち取っていった印象があります。そのために心掛けていたことはありますか?

:その時々で、「やるべきこと」つまり自分に与えられたミッションを100%やりきることを意識していました。それができていないのに、新しいことをやりたいと主張しても筋が通らないと思うんです。例えば、100の業務を与えられていたとしたら、工夫してそれを80のリソースでできるよう効率化する。残り20のリソースで、自分がやりたい仕事の企画書を作ったり、人に会って話を聞いたりするようにしていました。

もちろん、たまに100を超えて(オーバーワークになって)残業が増えてしまうこともありますが、僕の場合は幸いにもその度に上司が業務量を調整してくれました。場合によってはそこで新しいプロジェクトとして進めている「やりたいこと」に可能性を感じてもらい、「やるべきこと」の一部を「やりたいこと」に代替してもらえたり。自分はそうやって、「やりたいこと」ができるように“仕向けている”ようなところがあります。上司からすると、勝手に仕事を増やしておいて「減らせ」って要求してくる厄介な部下だと思いますが(笑)。

――「やりたいこと」をやるにはさまざまなアプローチがあると思いますが、森さんにとってなぜそれが「やるべきことをやり切ること」だったんでしょうか?

:「やりたいこと」を認めてもらうには、たとえやりたくなくても「やるべきこと」をまずは100%やり切るべきだと思っています。

組織は基本的には向き・不向きで人員をアサインすることが多いと思いますが、僕は社内調整やトラブル対応、資料まとめのような「やりたくない」ことを頻繁に任される(笑)。会社にはそうした仕事が向いていると認識されているのかもしれません。もちろん、向いているという自覚もあります。

一方で、本当にやりたいコンテンツ作りは残念ながら不向きでした。コンテンツを作る際には欠かせない、おもしろさに徹底してこだわるスキルがなかったんです。

でもやるべきことを愚直にやり切ったからこそ、たとえ不向きでも「やりたいこと」を任せてもらえたんだろうと思います。

――なるほど。「向き」「不向き」で目の前の仕事を整理したからこそ、やるべきことが明確になった、と。でも、組織の立場で考えると、やりたい仕事と向いている仕事が合致している人に仕事を任せるのがベストですよね?

:そうですね。もちろん組織によって事情は違うと思います。ただ、集英社という組織はトライアル&エラーを歓迎する風土があって、だからこそ上司や他部署の人たちは僕の「コンテンツづくりは苦手だけどコンテンツに携わりたい」という思いを後押ししてくれたのでしょうね。

そして、プロデューサーという僕の整理力や調整力が発揮されるポジションを用意してくれた。ゲームの経験が豊富なプロデューサーとチームで仕事をしていますが、皆さんには時々「(森さんの素質は)プロデューサーに向いているよね」と言ってもらえます。ゲームプロデューサーなんて一度も経験したことがなかった自分のような人間でも、適性を踏まえたうえで未経験のポジションを任せてもらえる。苦手なところはメンバーの力も借りながらチームとして「やりたいこと」に携われる。これは組織やチームの良さだな、と思います。

森通治さん記事内写真
ゲームのプロ達が集っている、集英社ゲームクリエイターズCAMPチーム。京都でのイベントで撮影。森さんは真ん中

――適性が生かせるプロデューサーの立ち位置で「やりたいこと」に携われている、ということは十分理解できました。一方、「やりたいこと」ではあるものの苦手なコンテンツ作りの面で、スキルや知識を身に付けるため自分なりに工夫されていることはありますか?

:「おもしろさの言語化」「インプット」の2点は普段から意識しています。

エンタメコンテンツを作るうえで「言語化」は非常に重要だと考えています。何がおもしろいのか、を自分の言葉で伝えられない人間がおもしろいコンテンツは作れません。

この言語化の精度を上げるため、インプット量を増やしています。ゲームの分野であれば、興味を持てなかったジャンルも遊んでみる。話題の作品はマンガ、映画、ドラマなどできる限りチェックする。

社内では、雑談やチャットツールを使って、チームメンバーと「自分はこのゲームをこう思ったけどどうでした?」と意見交換する。そうやって、言語化のトレーニングに日々努めています。

組織やチームに助けてもらっている以上、たとえ苦手な仕事でも、何らかの形で貢献しようとする姿勢は忘れてはならないのかもしれません。

――森さんがチームプレーのおかげで「やりたいこと」に近付けたことが伝わりました。そうやって「やりたいこと」に携わりつつ、今後どんなキャリアを描いていますか?

:そうですね。才能がある人の力を借りながら、ヒットタイトルを生み出したいなと。

たとえ「やりたいこと」に向いていなくても、組織の力で「やりたいこと」に携われる。そんなキャリアを、僕自身が集英社という組織の中で今後証明していきたいです。

取材・文:榎並紀行(やじろべえ)

(MEETS CAREER編集部)

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