2022年 09月 12日
「フランチェスコ・ピエモンテージというピアニストに就いて」
その特集の内容はとても充実したものだったけれど、それについては機会があればまた書くことにして、今日は巻末の松浦寿輝氏のエッセイの話題を。
そのエッセイの中で松浦氏は、和歌山県串本に帰省中のクラシック音楽好きの友人(ランボー研究者で東大の文学部長でもあった人らしい)に会いに行き、彼の運転する車の中で「近頃のピアニストでは誰が良いのかな」と聞いた所「ロシアのグレゴリー・ソコロフとスイスのフランチェスコ・ピエモンテージだな」と答えがあったと書いている。
僕はソコロフの演奏には一時凝ってその構築的なショパン演奏に感嘆したことがあるけれど、寡聞にしてピエモンテージの演奏を聴いたことはなかった。
少し気になって調べてみると、ピエモンテージは1983年生まれのスイスのピアニストで、これまでにリストやモーツァルト、シューマン、シューベルト、ドビュッシーから現代音楽まで幅広いレパートリーを持ったピアニストで、驚いたことにアルフレッド・ブレンデルに師事していたことがわかった。
そして、ピエモンテージはブレンデルから「物事の細部に至るまでを愛すること」の大切さを学んだと語っているのを知り、Spotifyでいくつか演奏を聴いてみた。
とても素晴らしい演奏だった。
今は、僕の好きなシューマンのピアノ・ソナタ全集を聴いているけれど、この曲は正直あまり演奏される機会は少ないしアルバムの数もさほど多くない。
確かに、シューマンが20代の時に作曲されたこの曲には、シューマンの内側からほとばしるような情熱とあまりに技巧的な部分がどこかアンバランスな印象を与えて決して演奏しやすい曲ではないかも知れない。
しかし、その夢見がちな不安定さと暗い情熱はいかにもシューマンそのものだ。
このアルバムは2009年の録音だからピエモンテージ26歳位の頃の演奏だと思うけれど、彼の演奏は、まさにシューマンの音楽でありながら「酔わない、感情的にならない、激昂しない、突っ走らない。そして、論理的で構築的で整然としている」という師のブレンデルの美質を受け継いだ知的で美しい演奏だ。(もちろんそれでいてシューマンの内面的でロマンティックな音楽の美質はしっかり感じ取れる)
その印象は、彼の弾くモーツァルトやドビュッシーにも共通していて、とても丁寧でありながら堅苦しい所はなく、どこか近代の名建築を眺めている時のような静けさと落ち着きを与えてくれる。
ブレンデルの精神はキット・アームストロングやフランチェスコ・ピエモンテージのピアノ演奏の中に確実に受け継がれているようで、僕は心強く思ったのでした。