「SNSのせいにするなんて情けない」…兵庫知事選・名古屋市長選「既成政党大敗」3つの根本原因とマスコミ・政治家の自己都合
11月24日投開票の名古屋市長選は河村たかし前市長の後継・広沢一郎前副市長が、県知事や与野党推薦候補の大塚耕平前参院議員らを破って初当選した。4期15年続いた河村市政を継承するか否かが最大の争点で、過去最多に並ぶ7人が「減税」などをめぐり論戦を繰り広げたが、名古屋市民は「モンスターによる変革継続」を選択した形だ。10月の総選挙で躍進し、勢いに乗っている国民民主党の代表代行まで務めた大塚氏はなぜ敗北したのか。選挙分析に定評がある経済アナリストの佐藤健太氏は「負けに不思議の負けはなし。大塚氏は負けるべくして敗北した」と見る。与野党相乗り候補が負けたと言えば先の兵庫県知事選も同じだった。それを「SNSのデマのせい」と短絡的に政治家やメディアをまとめるが、はたしてそうなのだろうか。
大塚氏も敗戦後、「デマ、誹謗中傷、レッテル張りの影響があった」と述べたがネットでは「負けたら『デマがあった』『誹謗中傷が原因だ』『レッテル張りだ』『ネットを規制しなきゃいけない』って言うのは、近頃の流行りかなんかですか?」「敗北をSNSのせいにするなんて情けなすぎる」といった声があがる。佐藤氏が解説するーー。
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大村秀章愛知県知事vs河村たかし前名古屋市長の代理戦争
当初は横一線のデッドヒートと報じられた名古屋市長選は、自民党や公明党の連立与党に加えて立憲民主、国民民主党も推薦する大塚氏がまさかの敗北を喫した。選挙戦では河村氏と距離がある大村秀章県知事も大塚氏を推す「代理戦争」の形になったが、先の衆院選で国政政党になった日本保守党の推薦を得た「河村市政の後継者」が競り勝った。背景には「3つのワケ」が浮かび上がる。
1つ目は、「争点つぶし」だ。今回の市長選は10月の衆院選に出馬し、国政復帰を果たした河村前市長の失職に伴い実施された。河村氏は10月に記者会見を開き、自身が共同代表を務める日本保守党の候補として衆院選に出馬すると電撃表明。「総理を狙う男、アゲインを本当にやる」と語るとともに、自らの後継候補として広沢氏を指名した。
河村氏は地域政党「減税日本」を率い、広沢氏は副代表を務めてきた“相棒”だ。「選挙モンスター」と呼ばれるほど高い集票力で当選を重ね、市民税の減税などを実現してきた。記者会見では「やり残したことがある中で市長を退任するのは投げ出しではないか」との質問も飛んだが、河村氏は「(減税によって)1500億円を市民にお返しできた」などと実績を強調。「口先だけの政治ではなく、やってきた」と答え、自ら「130%ぐらいの出来だ」と誇ってみせた。
会見に同席した広沢氏は「市民税減税、市長の報酬額、退職金廃止などを引き継ぎたい」と語り、選挙戦でも河村市政の継承を前面に出した。2010年から実施されている市民税の減税幅を5%から10%に拡大するというのだ。
河村の「市民税減税」「市長報酬減額」には勝てなかった
これに対し、大塚氏は「効果の検証」を踏まえて判断する考えを示してきた。選挙中はSNS上に「減税しても効果は限定的」「いや、かなり市民は助かっている」といった減税論争が目立つようになり、大塚氏は給食費ゼロや敬老パス負担金ゼロ、ガン検診自己負担ゼロなどの公約で「家計の財布10%アップ」を図ると訴えた。
大塚氏が代表代行を務めた国民民主党は、10月の衆院選で「手取りを増やす」と掲げ、公示前の議席を4倍増にした。比例代表の得票数は2021年衆院選の259万票から617万票に140%増となった。「103万円の壁」見直しやガソリン税を軽減する「トリガー条項」凍結解除、消費税減税といった政策は、物価高に苦しむ人々のハートをつかみ、衆院で与党過半数割れの状況に追い込んだ。連日のように玉木雄一郎代表らはメディアに取り上げられ、同党の政党支持率は急上昇している。
だが、「手取りを増やす」という点で言えば10年以上前から減税政策を採ってきた河村市政の継承の方が人々に響く。河村氏は2009年の市長選で「市民税減税」「市長報酬減額」などを掲げて自民党と公明党が支持した候補を破り、出直し市長選やリコール(議会解散請求)に伴う市議選などを経ながら政策を推進してきた。現職や路線継承をうたう候補が相手であれば、通常は「手取りを増やす」政策を新たに訴えれば効果的だ。しかし、その意味では今回は本来の「争点」にはならなかったと言える。
SNS上にムーブメントがみられた
実際、中日新聞社などが11月16、17日に実施した調査によれば、河村市長時代の市政を評価する人は75.7%に上った。評価しないは2割で、評価する人の多くは広沢氏を支持する傾向がみられた。この結果から見ても河村市政の「継承」を望む声は強く、約8割が「減税」の維持を求めている。選挙戦で「減税は市民全体への恩恵が少ない」と訴えたところで、有権者に強く響かなかったのは当然だろう。共産党が推薦した尾形慶子氏は財政圧迫などを理由に減税中止を訴えたが及ばなかった。
2つ目の理由は、「空中戦」の不発だ。7月の東京都知事選で予想外の次点となった石丸伸二氏や、総選挙で躍進した国民民主党、11月の兵庫県知事選で返り咲きを果たした斎藤元彦氏の選挙戦ではSNS上にムーブメントがみられた。記者会見や演説などのショート動画が拡散され、それが口コミでも広がって集票力に繋がっていったと言える。
「既成政党」サイドに大塚氏が推される構図
それは対立候補のSNS戦略が劣っていた場合に大きな効果を生む。だが、今回はSNS上で高い発信力がある日本保守党が広沢氏を推薦した。もともと選挙に強い河村氏の全面支援と国政政党になった日本保守党の応援が重なり、SNS上は大塚氏にだけプラスとなるムーブメントが見られなかった。
加えて、市長選では広沢氏が市長報酬800万円への削減や名古屋城天守閣の木造復元など河村市政の継承という分かりやすい切り口だったのに対し、大塚氏は「効果の検証」などインパクトに欠けた。選挙戦でも「国政と地方政治は車の両輪。今、名古屋はつながっていない」などと訴えたが、大塚市政によって何が市民にプラスとなるのか効果的な発信はできなかったと言える。
そして、3つ目は「抵抗勢力」の存在だ。先に触れた例で言えば、現職や後継候補、あるいは政府・与党に挑む際には「権力者」と煽りながら相手を攻撃すれば効果的となる。しかし、「庶民革命」を掲げる河村氏は県知事や議会と衝突を繰り返しながら政策を推進し、報酬削減や減税政策などによって5回の当選を重ねてきた人物だ。
これに対し、大塚氏は国会で対立する与党と野党が推薦し、出陣式には与野党の国会議員が勢揃いした。大塚氏は河村市政を「対立と迷走」と批判したものの、河村氏が改革の反対勢力としてきた「既成政党」サイドに大塚氏が推される構図は決してプラスにはならなかったと言える。
「権力者」は既成政党サイドと映ったのだ
これは11月の兵庫県知事選の構図も似ている。つまり、「権力者」は河村氏や広沢氏の方ではなく、既成政党サイドと映ったのだ。これではチャレンジャーが勝利できないのは当然だろう。
ちなみに、名古屋市の対外的な評価は決して低くない。森ビル系シンクタンクの森記念財団都市戦略研究所が発表した「日本の都市特性評価」(2024年版)によれば、東京23区を除く主要136都市では名古屋市が都市ランキングで全国2位となった。「生活・居住」「研究・開発」は1位で、魅力ある都市として高く評価されているところだ。
抜群の知名度と強引な手法で毀誉褒貶がつきまとうものの、今回も選挙に強い「モンスター」ぶりを見せつけた河村氏。共同代表を務める日本保守党は国政で3議席しかないものの、来年の参院選や今後の衆院選でどのような「マジック」を見せるのか。その影響は2027年に予定される愛知県知事選や今後の国民民主党の党勢にも影響しそうだ。