異文化の交流や発展の話って面白いけど、映画や小説、漫画やアニメゲームなどのコンテンツビジネスが海外とやり取りする時の裏話って、どれもけっこうおもしろくて愛読しています。
それは知的財産にまつわるビジネスものでもあるし。
あと、映画だと字幕とか場面のカットとか、吹替の声優とか、権利の諸問題とかでお国柄がいろいろわかったり、というのもありますね。
最初に読んだのは周防正行の「shall we ダンス アメリカを行く」だったかな。
ハリウッド流儀を蹴散らし、契約至上主義ビジネスの罠をかいくぐり、米国アカデミー賞に異議を申し立て…悪戦苦闘の末に勝ちとった日本映画初の全米大ヒット。米国に乗り込んだ監督の痛快ノンフィクション。
その後、そもそも世界中でコンテンツはサブスクなどによって均等に売れる時代になったし、たとえば日本のプロレスを海外ファンが見られるとかも普通になった。海外興行も…
そういうバックステージものも実におもしろい。
そして、そういう点では非常に蓄積の多い企業が「スタジオジブリ」。なにしろ、それを担当する外国人まで雇っている企業である。
ディズニージャパンとシティバンクを経てスタジオジブリに入り、長年、海外への売り込みや通訳やアテンドその他を務めた人が書いた、この本が面白かった。
『千と千尋の神隠し』アカデミー賞受賞の陰に、この男の活躍あり。世界中の配給会社を駆け巡り、『もののけ姫』の翻訳に目を光らせ、旅行嫌いの宮崎駿を連れて欧米の宣伝ツアーを回る。ガイジンでありながら、誰よりもジブリ映画の「日本らしさ」のために戦い、海外に売り広めた人物の、ユーモア溢れる回想記。
この人の回想はそのまま「海外のジブリ受容史」であり、ジブリが世界のブランド、権威、オーソリティになっていく過程や、その時のカルチャーギャップ、時代ギャップを描き面白いのだが……その前に、小ネタ的なところでこういう場面が印象に残ったのでそこを紹介する。
皆さんが好きそうな話題だし。
「まだ」もののけ姫が話題になったころ……我々の感覚だと「とっくに」宮崎駿は権威だったように感じられるが、それでも普通のメディアや活字で、別格の権威扱いされてるとは国内でも断言しきれない頃、と判定してもいいかもしれない。
ましてや、海外では…それでも「もののけ姫」は圧倒的な興行収益を日本でたたき出したので、そこからぼつぼつ、さてこいつを我が国でも紹介してやっか、と思う駐日記者もいたようだが……
そこで、こんなやりとり。
ニューヨーク・タイムズとのやり取りは忘れ難い一件である。それは、日本の特派員が金曜日に電話をかけてきて、「巨大なトラに乗った少年と小さい宇宙人が出てくる宮崎駿の映画」(※引用者註 もののけ姫のポスターかなんか見て勘違いしてるらしい…トトロかも?)を見て監督にインタビューしたいと言ってきたことに始まる。
私は(丁重に)宮崎さんは月曜日に外国に発つことになっているので、帰国してからにできませんかと答えた。すると彼は今日か明日はどうかと尋ねた。私は(前回よりやや無愛想に)彼はほんとうに忙しく、二週間後に帰国してからでないとインタビューは無理ですと言った。
特派員はこう続けた。「ねえ君、うちはニューヨーク・タイムズなんだよ。そこらへんのマイナーな新聞ではないんだ。ニューヨーク・タイムズなんだ。だから今日か明日のいつインタビューできるか言ってくれよ」と。
それに対する私の対応はプロとは言えないかもしれない。私は次のように答えたのである。「これは日本の映画で、ニューヨーク・タイムズがどう思うか誰も気にしていないでしょう。私ができればあなたの要望に応えたいと思うのは、両親がニューヨーク・タイムズを読むので、私の名前と映画の名前を活字で読んだら喜ぶと思うからです。しかし監督は今日も明日も空いていません。
これとタメが張れる。
この後も引用したいけど、まあ要約しよう
NYT特派員
「君のその断りを引用させてもらうよ」
↓
ジブリ海外広報・アルパート「どうぞ」
↓
かなり批判的な記事を書かれる。ついでに日本の漫画・アニメ全体の人気の秘密も分析され「漢字が難しいから(漫画・アニメが人気なの)だろう」と(爆笑…なのだが、天下のNYTの分析なので日本にも逆輸入でこの分析が報じられたという。)
↓
しかし、友人や親せきは「NYTに君の名前が出てたね!おめでとう」と大喜び
↓
「あんなに批判的に書かれてたのに?」
↓
「そうだっけ?気づかなかったけど、君の名前は載ってたじゃん!!」
↓
新聞の記事は「内容までは読まれてなかった」と実感したそうな(笑)
しかしまぁ、本当に識字率とアニメ人気を、すくなくとも「もののけ姫」公開の時代に結び付けて論じてたらあまりにもひどいワザマエで、ペンタゴンペーパーズなど赫赫たる栄光をもつニューヨークタイムズの名折れ、セプクものではある。
だいたい、上のやり取り描写も、一方の当事者…それも「悪くかかれた」という当事者の言だから、何かのバイアスが在る可能性もある。
そこはニューヨークタイムスなので、過去に遡って記事を検証できるアーカイブは充実しているはずだ。
詳しい人、強い興味がある人は、本当にこういう記事があるのか、内容は正確な要約なのか、2つめの画像にあるように、「この記事に対する抗議と、それへのおわびを何週間にもわたって出さねばならなかった」というのは本当なのか、そのへん調べたら面白いでしょう。
自分はそこまででもないのでやらない。
ただ、日本漫画の人気と識字率を絡めた俗説はこの記者だけでなく広範囲にあって、呉智英や夏目房之介があきれる、というか嘲笑したりしてた記憶もある。
※【追記】さすが知の殿堂、はてな村。数人が魚拓的なところも含め、記事を見つけたようだ。こちらを経由して読めると思います。
[B! ジブリ] 「うちは普通の新聞じゃなく、NYタイムズだよ?なんで明日、宮崎駿にインタビューできねぇの?」…すげぇな!! - INVISIBLE Dojo. ーQUIET & COLORFUL PLACE-
というか、この時代のニューヨークタイムズ特派員って誰?
ときおり、一社の枠を超えた有名人になることもある
東京支局長の歴代一覧とか、どこかにあればいいんだけどな。
それにだ、鈴木敏夫や宮崎駿の他でのインタビューが、そもそもいい加減というか、含蓄あるというか、矛盾してるというか、気まぐれであまのじゃくというか…そういうことも遠因としてある気はするぞ(笑)
……鈴木さんは、「あらゆる年齢層の日本人にアピールしたのでしょう」と答え、記者たちはうなずいた。
「ではなぜあらゆる層の日本人にアピールしたのでしょうか」
「それはあらゆる層の日本人にアピールするからです」
「ああ、なるほど」。
宮崎さんは自然環境と人間の近視眼的な欲望のテーマについて聞かれ、「自分の映画にはテーマはない」と答えた。
「自然環境についてのメッセージがあるのではないですか?」
「自然の神が人間に殺され、自然界は黒いどろどろのものに覆われて全滅する。ここには人類へのメッセージがあるのでは?」
「いいやない」
この本の紹介、その二を書きました。
ディズニーがジブリと提携直前に抱いた「懸念」、今では「お前らド素人?」に見えるけど「常識もすぐ変わる」の実例なんだろーね…
m-dojo.hatenadiary.com