私のウェルネスを探して/辛酸なめ子さんインタビュー前編
【辛酸なめ子さん】団塊ジュニアの就職氷河期世代、50冊以上の著書は「ネガティブシンキングからの脱却」の記録。
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LEE編集部
2024.08.10
今回のゲストは、漫画家でコラムニストの辛酸なめ子さんです。辛酸さんは、大学在学中から漫画を描き始め、パルコ主催のGOMES漫画グランプリでGOMES賞を受賞。漫画と並行して独自の視点からさまざまなカルチャーを考察するコラムも人気を集め、執筆テーマは時事ネタ、皇室、スピリチュアル、ドラマ、人間関係など幅広く、連載も多数かかえています。
撮影は、辛酸さんにゆかりのある神田明神で行われました。「生まれたのが御茶ノ水の病院で、勝手に縁を感じています。お参りして運気を上げたい時、パワースポット好きの友人と会う時などによく訪れています」。撮影中は雨予報だった天気が曇りに変わり、スタッフ一同不思議な力を感じずにはいられない瞬間でした。
前半では、7月に出版した最新著書『川柳で追体験 江戸時代 女の一生』(三樹書房)について話を聞きます。江戸時代の女性たちの生き様から受け取る現代女性へのエール、恋愛や性のあり方、サスティナブルな江戸の暮らしについて、辛酸さん目線で解説します。また今年で50歳を迎える辛酸さんに自身の半生を振り返ってもらいました。ネガティブ思考から少しずつ抜け出せた“書く”ことの意味とは。(この記事は全2回の第1回目です)
江戸時代の庶民は「川柳」をSNSのように駆使して生活を発信していた
『川柳で追体験 江戸時代 女の一生』は、三樹書房のホームページで2014年から連載されていたコラムを一冊にまとめた本です。川柳は五・七・五の十七音で詠まれた句で江戸時代に誕生しました。口語文で季語も不要のため、その自由なスタイルから今の時代のSNSのように庶民に親しまれてきました。川柳から江戸女性の生き様を知り、現代と比較しながら辛酸さんが考察します。
「江戸時代の庶民の生活がリアルに見えることで、なかなか知り得ない先祖の生活を知ることができて楽しかったです。今ならできないような風習があり、当時はたくさんのルールに縛られていたんだなと思います。
例えば、結婚したらお歯黒にする、眉毛を剃り落とす。お歯黒に使う“かね”(鉄漿)水は、隣近所7軒から集めなくてはいけなかったりして、衛生面を考えると、それにご近所付き合いが少ない現代は、実際にやるのが難しいだろうなと思いました。お歯黒は見た目はかなりホラーに見えますが、男の人は女性をどう見ていたんでしょう、とも。お歯黒が実は虫歯予防になったというエピソードは実用的だと思いました。私が虫歯に悩まされているので……その点は羨ましいです」
嫁姑問題、小姑との確執、恋愛、性についての川柳が多い理由
女性は家にいるのが普通で、仕事は主婦か家業を手伝うか。人間関係が家族を中心にした狭い中で繰り広げられる分、深さや親密度が高いのも特徴の一つ。川柳には嫁姑問題、さらには小姑(姑の娘、夫の姉・妹)が登場し、憎しみあったりする場面も描かれます。驚いたのは、恋愛のお誘いエピソード。気になる相手がいたらお尻をつねってアプローチするという、現代なら訴えられたり捕まったりするようなナンパ方法が江戸時代に行われていたことに衝撃を受けます。
「10代同士の若い恋愛だからできたのかもしれませんが、現在のような晩婚で、ぶつかりおじさんみたいなノリでやられたら困りますよね。あと、耳掃除をするために女性からかんざしを借りるというお誘い方法もありましたが、ちょっと気持ち悪いですよね。今は恋愛しない人も多いですが、江戸時代はとにかく恋愛に積極的。お祭りもいっぱいありましたが、相手を品定めする貴重な機会だったのかもしれないです」
当時の川柳から伝わってくるのは、性がとても開放的だったという一面です。女性は15歳から20歳、男性は20歳前後での結婚が一般的。結婚時には性教育として春画を嫁入り道具として持参したというエピソードもあり、また性行為中に道具を使うこともあった様子が川柳に描かれています。性の道具が基本一人ではなく、相手と一緒に使うものだったというのは現代とは異なる部分とも言えます。
「電気もない時代で、夜暗くなったら他にやることもない。当時は“月に6回”という説もあるようで、現代よりはかなり夜の生活が充実しているようです。住宅事情もそれほどプライバシーがない時代だったので、性行為の気配が親や隣近所にも分かってしまう。逆にそれが刺激を与え合って、少子化を防いでいたのかもしれないですね。
結婚する年齢が若いから、みんなまだ元気があるというのもあります。晩婚の今、40代でそれほどスタミナがある人は少ないのかもしれないですね。娯楽の多い現代とは対照的で、性に楽しみを見出していた人は多いと思います」
結婚・出産をしたくなかった女性もいたはず。そういう人生を送りたかったけれどできなかったご先祖さまが応援してくださっているのかも
江戸時代は、自然と共に生きるサスティナブルな時代でした。少ない布からなるべくたくさんの着物を作るよう工夫したり、銭湯で体を洗う糖袋は浴衣を再利用し、中に米糖や赤小豆粉などを入れて使っていました。江戸時代から学びたい生活習慣、丁寧な暮らしがあると辛酸さんは言います。
「季節感を大事にしているのがいいですよね。初鰹を楽しみにしている川柳もありましたが、旬のものをよく食べています。野菜も水もいい時代ですし、食事もオーガニックそのもの。きっと素材からおいしいものを食べていたんじゃないかと思います。
あとは鳥や虫の鳴き声を競わせるイベントがあったようで、それが風流で五感がすごく高まりそうだなと思いました。今で言えば、チームラボのイベントに行くみたいな感じかもしれないですね。日本人は虫の鳴き声を聞き分けられると言いますが、これも先祖が培ってきてくれた才能かもしれません。とてもありがたいです」
川柳は、男性目線で見る女性の姿が多く、独身女性を詠んだ作品が少ないのも特徴です。辛酸さんが江戸時代に川柳を詠むとしたら、何について詠みたいか聞いてみました。
「女性は、結婚・出産するのが普通でしたから、一人で暮らしている人は珍しいと思います。つい尼さんに共感してしまいますが、そんな女性の人生についても調べてみたいです。きっと結婚・出産をしたくなかった女性もいたはずで、今は女性が好きなことを仕事にして生きていますから、そういう人生を送りたかったけれどできなかったご先祖さまが“自由に生きていいんだよ”と応援してくださっているかもしれない、と思います。ただ、ご先祖様の誰か一人でもそれをやめてしまったら今の私はいない訳ですから、先人たちには感謝しかないです。
当時からすると、今の私の年齢はおばあちゃんくらいです。下手すると曾祖母かもしれません。寿命が伸びて年齢を重ねたとは言え、なかなか大人になれないというのはあります。昔の人は10代で結婚、家庭を持ち、責任もあって精神的に早く大人になったはず。親世代と比べて、こんなに無邪気でいいのかなと思う部分もあります」
50歳、これまで出版した50冊以上の著書は「ネガティブシンキングからの脱却」の記録
江戸時代の平均寿命を越える年月、今年で50歳を迎える辛酸さん。改めて自身の半世紀を振り返ってもらいました。
「これまで出した本は50冊以上ありますが、振り返って見ると、恥をさらして生きてきたなと思います。雑念だらけですね。私たちの世代は団塊ジュニアで、就職も厳しいし経済も良くないし、いい思い出がない時代だったと思います。その中で、なんとか生きてこれた記録だと思います。
基本ネガティブシンキングで、『自立日記』(洋泉社/文春文庫PLUS)を書いていた25歳頃は月に何回も死にたくなる落ち込みようでした。そこからパワースポットやパワーストーン、瞑想などのおかげで少しずつ浄化され、悲観的なものから抜けられたような気がします。生きづらさも少しずつ楽になっていったと思います」
今回訪れた神田明神も、江戸時代の庶民にも親しまれたパワースポット。辛酸さんが生まれたお茶の水病院からもほど近く、産土神社としても折に触れ訪れているそうです。「神田明神の文化交流館内にある神社カフェ『EDOCCO CAFÉ MASU MASU』は、とてもいい雰囲気なので一人で来ることも。ショップをぶらぶらしながら買い物したり本を見たりするのも楽しいです」。
中学時代に友人同士のトラブルを書いた作文がきっかけで「書くと自分が楽になる」と気づく
執筆のテーマは幅広いですが、書くことで新たな気づきや成長をもたらしてくれたと辛酸さんは言います。「書くと自分が楽になる」と気づいたのは中学生の頃。友人同士のトラブルを自分が書いた作文がきっかけで解決したというエピソードを教えてくれました。
「中学生の頃、友人同士のいざこざを国語の作文に書いたところ、それを読んだ先生が気づいて注意してくれ、溜飲が下がりました。その頃からブログで日記を書くようになりましたね。ブログには友人の名前や住んでいる場所など、個人情報が筒抜けで当時はメディアリテラシーも何もなかったんですけど。もし今残っていたらデジタルタトゥー的に大変だったかもしれませんが、ハードディスクがクラッシュしたので今は何も残ってないのが逆に良かったです。
執筆にもいろいろなタイプがあり、依頼があって書くもの・自分の好きなものを書くもの、テーマはさまざまですが、新しい体験はもちろんネガティブな体験も逆転の発想で別の角度から見ることで自分が成長できたような気がします。それによって癒されたり、ネガティブなことを乗り越えられたように思います」(後編につづく)
My wellness journey
私のウェルネスを探して
辛酸なめ子さんの年表
1974
東京都御茶ノ水生まれ、埼玉県で育つ
1992
女子学院高等学校を卒業。武蔵野美術大学短期大学部デザイン科グラフィックデザイン専攻入学
1994
大学卒業。渋谷パルコ主催のGOMES漫画グランプリでのGOMES賞を受賞
1995
WEBサイト「女・一人日記」を開設
2000
『ニガヨモギ』(三才ブックス/ちくま文庫)でデビュー
2002
『自立日記』(洋泉社/文春文庫PLUS)を出版
2011
『女子校育ち』(ちくまプリマー新書)を出版
2018
この年から「ユーキャン新語・流行語大賞」選考委員を務める
2020
『スピリチュアル系のトリセツ』(平凡社)を出版
2023
『大人のマナー術』(光文社新書)を出版
2024
『川柳で追体験 江戸時代 女の一生』(三樹書房)を出版
Staff Credit
撮影/高村瑞穂 取材・文/武田由紀子
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