久々に真野の田んぼを歩いてきた。
気温は2℃ほどだったが、風があり体感は0℃以下。
しかし久々の散歩で気持ちがよかった。
何しろ、昨日までは世の中が半分しか見えない片目の一週間だった。
道路わきで見つけた花。
クロッカスにも似ているが、ちがっているかも。
道路の拡張工事中。
掘り起こされたアスファルト道路のかけらを重機が拾ってダンプに積み込んでいく。
遠くに見える比良の山並み、北側は雪が降っているらしく、よく見えない。
道路わきの梅の木に7~8羽の小鳥が群れて飛んできた。
よく見るとメジロのようだ。
あいにくオリンパスTG6とスマホしか持っていないため、こんな写真がやっと。
農道わきのロウバイが、一月以上も経つのに、まだ咲いていた。
風が強いため周囲の香りはかき消されてしまっているが、風下にいくとまだまだ香りがした。
びわ湖バレイの山頂は陽に照らされたり、ガスにかくれたりと、忙しい。
ここで2℃ほどなので、山頂駅付近は-4℃くらいかも。
垣根の山茶花も大分散ってきているが、まだこれから咲く蕾もあった。
ところで、今日は1週間ぶりで両目で観れるようになった。
とはいえ、まだ左目は中途半端なウインク状態。
実は24日、夜道を歩いていたら、薄雲を通して満月がきれいだったので、スマホで数枚撮り、上手く撮れたかどうかをチェックしながら、暗い夜道を歩いていた。
スマホの画面が明るいので、逆に周囲は暗くなり見えなくなる。
道路が90度右へ曲がっているコーナーで、不覚にも右足を深さ30cmほどの側溝にふみはずしてしまった。
一瞬のことで顔面を道路の角に打ち付けた瞬間の記憶はないが、しばらしくしてどこか骨折していないか、ゆっくりと体を起こしながらおそるおそる確認したことを憶えている。
運よく骨折はしていなかったが、額に生ぬるい血が流れてくるのに気が付き、ハンカチで顔をそっと押さえてみた。
左瞼付近から出血していることがわかり、そのままハンカチで押さえる。
幸い、水のない側溝にスマホが見つかったので、拾い、スマホの懐中電灯モードで周囲を照らし、側溝におちていたメガネ、路上に落ちていた帽子とバッグを回収し、自宅にもどった。
片目で歩くためか立体感がよくわからず、道路のわずかな凹凸や歩道の段差で、再び転ばぬよう、注意して歩いて帰った。
帰宅し、妻にビックリされ、すぐに近くの救急外来のある琵琶湖大橋病院へむかった。
傷口を縫う必要があるかとおもったが、応急処置として外科医が幸い縫わずにテープでしっかりとふさいでくれた。
その後、翌月曜日に外科の再診で傷は順調に治りつつあることを確認。
しかし1週間はかかるだろうとのこと。
火曜日に眼科で診てもらったが、瞼がほとんど開かないため詳しい検査ができずで、2週間後に再度見てもらうことになった。
ただ医師がわずかに瞼をこじ開け隙間を作った時は、まるで原爆の投下でもあったかのように、一瞬強烈に明るく何も見えなかったたが、次第に異常な明るさも軽減され周囲が少し見えるようになってきた。
思わず、「見える!」と叫んでしまった。
失明しておらず安堵した。
転んだ時に眼球も打ったようで痛みがあり、特に歩いたり首を振ったりと、眼球にGがかかると痛い。
いずれにしろ視力低下は分からないが失明はしておらず、急な治療をしなければならない状態ではなさそうで、ホッとした。
左まぶたの中でもわずかに出血していたらしく、昨日あたりまで、涙とうっすら血がまじった目やにのようなものがでてきていて瞼をくっつけてしまっていた。
そのため常時片目の丹下左膳状態。
片目だと、箸で何かをつまむことも難しく、スマホの小さな画面でローマ字入力するのも難しい。
今日午前に再度外科に行き再診結果、傷口のガーゼは不要とのこと。
瞼も次第に開くでしょうとのこと。
久々に気分よく歩くことができ、寒かったが約5Kmほど歩いてきた。
この1週間自宅からでなかったので、急に歩いたせいで太腿の付け根が痛い。
これが転倒前に撮った満月。
側溝から拾ったメガネ。
幸いレンズは割れもせず無傷だったが、パッドアームが極端に曲がっていた。
いったいどんな風にどれだけ力がかかったのだろう?
外科医が、「左瞼の切り傷は典型的なメガネによる傷です」と、断言していた。
この先はグロテスクな顔写真ばかりだが、記録のために張り付けたもの。
見ないことをお勧めする。
怪我当日、救急外来では救急搬送されてきた重症患者が優先なので、私は40分ほど待った。
救急待合室で待っている間に、出血はほぼ止まった。
テーピングで応急処置
月曜日の外科診療後。
ここ頃は腫れもピーク。
毎晩入浴前に、ビニールで左目を覆い、縁をテープで密封。
これで顔や髪を存分に洗うことができる。
一週間後の今日、はれて瞼のガーゼもとった。
腫れも大分引いてきている。
左まぶたはまだ2~3㎜程度しか開いていないが、それでも見え方は片目の時とは違う。