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2012年 03月 21日
去年は中国で少林拳の修行なさってたかと思ったら、この春、北村一輝さんてばこんなことになってんのよちょっと奥さん。
![]() いつもながら青がとってもお似合いです。 でもなんか、えらい若返ってませんか? ていうかなんか2007年子鹿ドラマのホールの男芸者なひとが思い出されませんか? 自分だけすか目頭がアツくなっちゃってんのは……。 そして中国語のほうはこちらさまがナビ。 ![]() 冬冬こと李振冬こと阿部力くんです。 2011年秋に放映された『長江 天と地の大紀行』というドキュメンタリーのレポーターがすごく良くって(感想文→■)好感度急上昇な阿部くんが中国語。 黙って立ってりゃローマ人・北村さんがイタリア語。 ええ仕事だ協会。 #
by red_95_virgo
| 2012-03-21 16:40
| 北村一輝
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Comments(6)
2012年 03月 14日
納豆とヨーグルトと卵とバナナと。
常備食材であるそれらの調達がまったくできなかった。 パン売り場からパンが消えて、カステラばかりになって、カステラもやがて消えた。 1ロールしか残っていないトイレットペーパーをどうやってもたそうかと、ちみちみ考えていた。 頻繁に起こる余震がおそろしくて、4月過ぎるまで風呂に浸かれなかった。 暖房をつけなかったので(輪番停電からは外れていたのだが自分の住むエリアは)なんかいつもさむかった。 太陽の軌道が高くなって、11月から2月終わりまで日が入らない部屋がやっとあったまって、あああったかいなあ嬉しいなあとしみじみする季節だった筈だが日差しの記憶が無い。 生来あまり物事に動じない人間が、動じまくっていたらしい、一年前のいま時分だった。 恐怖とか不安とか悲しみとかを分かち合って楽になれる。そういう同居人のいない状態で、まあまあどうにか持ちこたえたなあと思う。零したい愚痴。垂れたい泣き言。そうしようと思えばやすやすと発散はできたが発散すればますます楽になれない性分だから胸ひとつに溜めるしか無い。溜めたものが毒にかわるか。溜めたものを発酵して肥やしにするか。山のようにあったそれらを言葉にしてだれかに投げつけてそれで終いにしないでほんとうに良かったと一年経ったいまはそう思う。 7月に東北でいろいろな景色を見て、帰ってきて、帰ってきたときはやはりなにがしか語るべきだろう語らなくてはと思っていたが、結局しなかった。 「言ってしまう」容易さを選びたくなくなった。 言葉を発しないと死んでしまう類の生きものだから、いずれきっと、そういう自分のなかのどろどろが、なんらか物語のような体で、何処ぞに出ていくのだろうけど。 美々しくなくても良いから、どっかすみっこに咲く花くらいなかんじで風に揺れてたら良いな、と思っています。 台湾。 對您衷心表示感謝。 #
by red_95_virgo
| 2012-03-14 02:46
| 腰巻横町便
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Comments(4)
2012年 03月 03日
4年に一度の閏日につもった雪を跡形も無く溶かしてしまうほどのご陽気から一転、ずっしり暗い空からつめたい雨がびしょびしょ降った昨日。
愛してやまぬ画家、オディロン・ルドンに逢ってまいりました。 そんな陰鬱なお日和なのに、善男善女のみなさんで場内けっこうアツいかんじになっていました。展観がこの日曜で終わってしまうからかもしれません。実際私もなんだかんだで駆け込みになってしまいました。でも、ルドンは待っていてくれました。 エレベーターで展示室のある3階へ上がって、ドアが開くとそこにはいきなり最愛のひとが ![]() Odilon Redon Profil de lumière 本展観の垂れ幕的なもののなかで、楚々とした風情で、イメージガールをやっておられました。 思へば逢ひ初めし十七のころは、このひとの美しさをいくらどんだけ力説したってだぁれもわかっちゃくんなかった。哀しい青春でした。それがいつのまにかこんなにメジャーになっちゃって。だけど気持ちは十七のまんま、変わっていません。このひとの前を行きつ戻りつ、矯めつ眇めつしては、目うるませてためいきついてる私は、善男善女のみなさんのなかではやっぱりちょっと変態さんでした。 展覧会は、第1部が「ルドンの黒」、第2部が「色彩のルドン」、第3部が「ルドンの周辺──象徴主義の画家たち」という構成です。構成的にも内容的にも、「ルドンの画業集大成」的なものからははるかに遠いと思います。 まあちょっと中途半端なのです。 タイトルからして「ルドンとその周辺」なので、ルドンに交じってギュスターヴ・モロー、エドヴァルト・ムンク、ポール・ゴーギャン、マックス・クリンガーなどの作品も展示されています。どなたも普通に好きなアーティストだし、たとえばマックス・クリンガーの「手袋」シリーズのこれとか ![]() Max Klinger A Glove:Abduction だいすきなんですが。 でもルドンを観て、他の画家の作品がいくつかあって、またルドンに戻って、また他の画家の作品が──という流れは、どうもなんか、あっちこっちで気持ちがぷつぷつと跡切れてしまうのでした。 自分だけなのかしら。 自分がルドンを好きすぎて、ちょっと頭が変なせいなのかしら。 要はだいすきなアーティストさんのライヴはイベントとかフェスじゃなくてワンマンでがっつり観たいんだよと、いうことです。わがままだよと言われりゃそうなのです。オディロン・ルドンという画家は、それほどまでに私に集中とか没入とか惑溺を強いるのです。 とことん孤独かつ排他的であれ。 しんそこ愛するものならだれとも共有などせぬが良い。 といわんばかりに。 その点、ルドンは吉井和哉さんに似ているのかも。 というか自分がなにものかを本気ですきになるって、きっとそういうことなんだなと思います。 中途半端と言ってしまいましたが、三菱一号館美術館にしてみれば「グラン・ブーケ(大きな花束)」のお披露目が本展観の目的なのであるから、それ以外はさらっとでいっか、みたいなかんじなのかもな。違ってたらすいません。 そしてこれがその「グラン・ブーケ」です。 ![]() Odilon Redon Grand Bouquet ルドンの絵というのはどれもあまり大きくないのですが、「グラン・ブーケ」は頭抜けてでかい。 ちょっと、いろんなものの目安が狂うくらいでかい。 横162.9センチ×縦248.3センチ。横寸だけで私の身長ぐらいです。もともとドムシー男爵のお城の食堂を飾る壁画として制作されたのだからでかくてあたりまえなのですが、「花瓶にいけられた花」といういくらなんでもそこまででかくはないものを、本来のサイズをはるかに超越したでかさで描くというのはやっぱりなにかちょっと狂っているというか、常軌を逸している気がします。 あまりにも巨大な花瓶と、巨大な花たちに見下ろされる。 でもこわくない。 ルドンの描く花の絵が昔から私はこわかった。 不気味なものどもが跳梁する黒い絵たちのほうが、よほどあたたかく慕わしかった。 なにもない茫漠のなかに浮かぶルドンの花々は、その極彩色に反して、いえ極彩色だからこそ、不穏で不吉で邪悪なものを花弁の向こうに隠し持っているように見えて、みつめていると戻ってこれなくなってしまいそうで、こわくてたまらなかった。いまはそうでもなくなりましたが。 「グラン・ブーケ」にはそういう禍々しいものが感じられませんでした。 花瓶という青い宇宙から素直にあふれこぼれる花々、ただそれだけでした。 切りとられいけられた、根を持たない花たち。いつかは萎れ、花瓶の水はよどみ、腐る。花も私たちも命というものは刹那。それでもその刹那はこんなにあかるくて愉しい。さざめき、笑い、風が渡れば風に揺れ、雨が降れば濡れる。 そうやっていつか枯れればいいんだよなあ、と思います。 なにかこれはどっかで見た景色だなあとかんがえていて、ああ伊藤若冲の「樹花鳥獣図屏風」だった、と。 「グラン・ブーケ」は三菱一号館美術館の収蔵品になったので、本展観が終わっても、逢える機会はまたあるでしょう。いますぐお逢いしときたいという向きは、会期は明日までなのでどうぞ丸の内へダッシュしてくださいませ。 ●三菱一号館美術館公式サイト→■ 美術館を出たあとは併設の「Café 1894」でいっぷく。 明治のころの銀行の営業窓口を復元した重厚な天井をもつ吹き抜けのホールで、ルドン展限定の特別デザート「ふわふわチョコロール」というのをいただきました。 ![]() ![]() すみません……。 蜘蛛嫌いなひとは「げげ」かもしれませんがルドンらぶーなひとならばきっとおいしくいただけると思います。 あ、これも明日までのメニューなのかしら。 蜘蛛ちゃんロール食いたい向きもダッシュすべし! 【ルドンについての由無言】 ●誘惑者。 ●誘惑の、Les noirs de Redon。 ●横顔王子。 #
by red_95_virgo
| 2012-03-03 12:15
| art
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Comments(8)
2012年 02月 22日
といっても自家用車をもっていたりするわけではないのです。
コーヒーのことです。 煙草は10年くらいまえから吸わなくなったし、酒もやめろといわれればやめられる。と思う。たぶん。まあなんとなくそんな気がしないでも無い(笑)。しかしコーヒーはだめかも。 「コーヒーをおいしく飲めない」=ものすごーく体調が悪い。寝込む寸前の事態。 「コーヒーをおいしく飲める」=元気に活動ちう。 のようなバロメーターで生きています。 これすなわちカフェイン依存ではなかろうか、という気もします。 しかし「飲まないと調子悪いけど→飲めばたちまち改善」という、劇的ドラッグ的効果があるわけでもないのです。単においしいと思うから飲んでいるのです(酒もそう)。そして一定量飲めば「もう要らないや」になって、自然とストップがかかります。 なんでこんなことをいまさら書いているかといえば。 昨日、カリモク60のKチェア2シーター下見にトレッサ横浜に行って、ローズさんとランチして、ぶらぶらしてるとき、たまたま入ったコーヒー屋さんで見るともなしにコーヒー豆の値段をみていました。 「500円」と書いてありました。 あ、100グラム500円か。 とおもってよく見たら、「200グラムで500円」でした。 自分、200グラム900円超の豆を湯水の如く常飲しています。 コーヒー豆なんて、通常そんなくらいのお値段だろうと思っていました。 ローズさんに200グラム900円は贅沢だわといわれて、ちょっと目が覚めました。 海外旅行も行けない、お稽古事も出来ない、流行りのお洋服もバッグもアクセサリーも買えないびんぼう在宅職人のくせしやがって、とんだコーヒー豆セレブかと。 自分じゃあたりまえと思ってることって、あんがいあたりまえじゃないんだな、と。 でもね。 200グラム900円の豆からざっとコーヒー14〜15杯分ぐらい抽出できるわけさ。 1杯が64円くらいです。 一日4杯飲んだって250円強です。 ひきかえスタバのたいしておいしくなryドリップコーヒーがショート1杯300円。 毎日スタバでコーヒー飲んでるひとのほうがよっぽどセレブ(違 セレブはともかく、要は己という生命体を活動させる燃料として、なににお金をかけるかということでした。皆さまそれぞれおありでしょう、ここだけは譲れない、ここだけは悪いけど贅沢さしてもらいます、というアイテムが。 私の場合はコーヒーかもしれない。 たとえば安いけどおいしくないコーヒーを「おいしくないなあ」と思いながらがまんして飲んで節約したお金で海外旅行に行くとか、ブランドもののバッグを買うとか、そういうのはまずありえない。「コーヒーをおいしく飲むという日常」がちゃんと回っていない状態をつづけていては、非日常を経験したときにも、自分というものがきっちり愉しく機能しないんじゃないかという気さえする。 5年くらいまえに、「貧乏茶」ということについて書いたんですが→■ 最近、「もてなす」ということについてよく考える。他人をもてなす、愉しませることができるひとというのは、それ以前にまず自分をもてなし愉しむことに長けているひとではないかと。 もてなし上手=もてなされ上手なのかなと。 なのでまあ、不遜なことをいえば、私は私をちょっとセレブなコーヒーで以て日々もてなしている、ということなのかもな。 そしてもちろん、どなたかに淹れていただく1杯のコーヒーも、私というものの燃料になることはまちがいないのです。 #
by red_95_virgo
| 2012-02-22 11:53
| 腰巻横町便
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Comments(10)
2012年 02月 03日
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by red_95_virgo
| 2012-02-03 14:15
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