中標津の木育の取り組み
木育(もくいく)という言葉を耳にしたこと、ありますか? 木育とは北海道発の新しい教育用語で、「子どもから大人まで、木を身近に使うことを通じて、人と木(森)とのかかわりを考えられる豊かな心を育てること」を意味しています。木のぬくもりを感じ、森の豊かさを知る...。そんな木育にまちぐるみで取り組んでいるのが、 格子状防風林で知られる中標津町です。
格子状防風林と木育のコラボ。
広大な牧場や牧草地が広がる中標津町。しかし実際は町の面積の半分、およそ3万3千ヘクタールが森林で、その多くはスペースシャトルからでもはっきり確認できる「格子状防風林」となっています。その一部の管理を担当しているのが、中標津町役場の中川林務係長。
「この防風林のほとんどは風雪に強いカラマツ。その多くが伐採の時期を迎えているため、中標津町地域材利用促進協議会が中心となり、このカラマツ材の利活用に取り組んでいます。公共施設の建材やJ-クレジット制度など、すでにさまざまな利用がスタートしていますが、子どもたちを対象とした『木育』にもカラマツが利用されています」
以前から各地で注目を集めていた木育の取り組みと、地元のカラマツ材の有効活用を見事にコラボさせたのが中標津町というわけです。
「酪農のまちというイメージが先行していますが、実は林業も大切な産業なんです」
そういえば中標津空港は木目が活かされたウッディなデザイン、児童センターや体育館などマチナカの施設にも地元産カラマツが使われています。なるほど、中川係長が『中標津は木のまちでもあるんです』というのもうなずけます。
町中の子どもたちが集う「木育木工教室」
取材でお訪ねした日はラッキーなことに一年に一度の「木育木工教室」の開催日! 中標津のマチナカ、総合文化会館(しるべっと)のコミュニティホールの扉を開けた途端、子どもたちの楽しそうな歓声に包まれました。
赤ちゃんや幼稚園児、小学生、その親御さんなど、訪れている町民はざっと150名ほど。木屑で作品をつくるおがくずアート、鳥の声を奏でるバードコールづくり、東北の被災地にメッセージを送る木棒(きぼう)の制作、釣り堀りや木のおもちゃゾーンなど、会場はいくつかのコーナーに分かれており、それぞれに役場や関係機関のスタッフが付き、作り方や遊び方をやさしく指導しています。
なかでもひときわ賑わっていたのがカスタネットのコーナー。これは中標津産の材木を使った世界で一つの打楽器を創ろうというユニークな試み。木の種類で音色が変わるのも楽しく、たくさんの子どもたちが夢中になって2つの木をつなぎあわせていました。
この輪の中心で子どもたちに熱心に指導しているのが柴田智幸さん。町内で大工職を営む傍ら、この木育木工教室の校長として、子どもやその親御さんを対象に木工クラフトの楽しみや木を使ったアソビを紹介しています。実は彼こそが中標津の木育の中心人物なのです。
町が誇る木育マイスター、柴田さんの話。
柴田さんが木工の取り組みを手掛けたのは今から12年ほど前。「大工仕事のときに生じる木の切れっ端がもったいなくてね(笑)。それで名刺入れやおもちゃを作ったのが始まり。最初は全くの趣味でした」
その後、北海道が木育という教育スタイルを提言。賛同した柴田さんは木育マイスター(*)養成講座に参加し、その第一期生に認定されます。
「とはいえ木育という言葉が一般的じゃなかった頃。自分も何をしたらいいのかよくわかっていなかったんですよ」
それでも故郷の中標津に貢献したい、木を使った教育のサポートがしたいとの思いから、カスタネットのキットや木片をプールのように敷きつめた遊具「森のしずく」などを地道に制作。そのカスタネットが日本ウッドデザイン賞(林野庁主催)に輝いたことなどをきっかけに、次第に町内の幼稚園や小学校などに知れ渡り、先の木工教室やミニイベント、木育の公演などを手掛けるようになりました。とはいえ、その多くは利益など度外視、手弁当での参加です。
「それはいいんです、好きでやってることだから。でも木に触れ、木で創り、木で遊んでいる子どもたちの笑顔は本当にかわいい。その試行錯誤の中で成長しているのもリアルに伝わってきます。木や森そして子どもたちにも、自分たちが計り知ることのできない力が備わってる。それを目のあたりにしていることが、私の喜びでもあり、誇りでもあるんです」
柴田さんの将来プランは50歳で大工を辞め、木育に全力で取り組むこと。多彩な木育を通じて、故郷の森の大切さとモノづくりの楽しさを広めることが、柴田さんの今のささやかな願いです。
「そんな子どもたちの中に一人でも、将来大工になりたいという子がでてきたら... もう嬉しくて泣いちゃうかも(笑)」
大丈夫、きっとそんな子が現れるはず。木育木工教室のあの賑わいを思い出し、取材陣はそう直感したのでした。
*木育マイスター:北海道が認定する木育を普及させる専門家のこと
豊かな森と大人が描く、子どもの未来。
今年で第四回を数える木工教室のほか、多彩なワークショップ、林業体験学習や学校での植林など中標津の木育は毎年着実な広がりを見せています。
中川林務係長も、「柴田さんという北海道を代表する木育のオーソリティのほか、地域材利用促進協議会のメンバーの方々、役場や関係団体のスタッフなどなど、中標津には率先して木育に取り組む心やさしい人がたくさんいます。これが中標津の木育の支えであり礎でもあるんです」と胸を張ります。
故郷を愛し、次代を生きる生命を慈しむ。中標津に生きる子どもたちが心底羨ましくなるような、心暖まる取材でした。
- 中標津町役場
- 住所
北海道標津郡中標津町丸山2丁目22番地
- 電話
0153-73-3111
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