北海道の南部に位置し、太平洋と日高山脈に抱かれた自然豊かな町・浦河町。国内屈指の馬産地としても知られ、多くのサラブレッドが暮らす町でもあり、町内には大きな乗馬体験施設も有しています。道内でも冬は温暖なほうで雪が少なく、夏は涼しい気候なので、移住者にも人気がある町のひとつです。
そんな浦河町に、馬好きの寺浦夫妻が大阪から移住してきたのは2021年5月。移住を決断したあと、コロナ禍になるなど数年間は紆余曲折ありましたが、2022年3月にはワインバー「テラ.シャン」をオープン。町の人たちと交流を深めながら、大好きな馬がそばにいる暮らしを満喫しています。今回、寺浦夫妻に移住までの経緯や移住に関するアドバイスを伺ったほか、役場の方にも浦河町の移住に関する取り組みを伺いました。
市街地から5分ほど車を走らせると見えてくるオシャレなお店が「テラ.シャン」です
きっかけは競走馬好きの母との旅行で出会ったタクシー運転手?
ワインバーを営んでいると聞いたので、てっきり市街地にあるのかと思いきや、少し離れた「向別(むこうべつ)」というエリアに「テラ.シャン」がありました。店の周辺に住宅や大きな建物はほとんどなく、畑や牧草地など牧歌的な景色が広がっています。
「こんにちは!」と元気な大阪弁で迎えてくれたのは、夫の寺浦和也さん。「遠いところ、わざわざありがとう!何飲む?」とニコニコ。とても気さくで、取材スタッフもつられて笑顔になります。
明るく迎えて下さった寺浦和也さん
妻の左岐子さんも「カメラマンまでいるなんて、こんなに本格的だと思わなかった!」と笑いながら、「私たちの話でお役に立てるなら」と言ってくださり、2人の明るく親しみやすい人柄にスタッフもあっという間に魅了されてしまいました。
大阪出身の寺浦夫妻、移住前、和也さんは大阪で材木店の経営をしており、左岐子さんは女子プロゴルフの大会を運営する会社に勤務していました。最初に浦河を訪れたのは左岐子さんのほうだったそう。
寺浦左岐子さん。お母さんとの旅行で浦河町に訪れたのがご縁に
「うちの母が競走馬の大ファンで、馬を見るため、静内を訪れたことがあったんです。たまたま新冠の道の駅で会ったタクシーの運転手さんに、静内の桜も有名だけれど、桜なら浦河もおすすめだよと教えてもらって。それまで浦河に行こうと思ったこともなかったんですけど、今度北海道へ来るときは浦河に行ってみようと話していたんです」と左岐子さん。
30年ほど前から2、3年に一度は北海道に馬を見に通っていた左岐子さんとお母さん。せっかく地元のドライバーさんから教えてもらったからと、次に訪れたのは桜の時期の浦河でした。
「うらかわ優駿ビレッジ AERU(アエル)に2泊3日したのですが、馬もいるし、桜もきれいだし、何よりAERUのスタッフやホテルが気に入って、それからは浦河へ行くのが定番になりました」
嫌いになりかけていた北海道...だったのにドはまりしたワケ
一方、和也さんは「そのころ、北海道に興味がなかった」と振り返ります。ちょうど今から10年ほど前、あまりにも左岐子さんが北海道を推すので、「いっぺん行ってみるか」と重い腰をあげます。
「僕はもともと出不精で、旅にも行かないタイプ。それでも、北海道いいよ、いいよ〜って言うから、そこまで言うならと来てみたら、最初に寄った札幌は寒いし、余市で目当てのウイスキーは買えへんし、大雪山旭岳のロープウェイは悪天候で動かへんし、もうええわ...これやったら近場の有馬温泉で十分や!ってなってたんやけど...(苦笑)」
車で移動していた夫妻は、トマムから十勝を抜け、最後に浦河に寄って大阪へ帰る予定でした。ちょうど天馬街道から浦河に入る辺りで、車中で寝ていた和也さんは目を覚まし、突然「車停めて!!!」と叫んだそう。
「ちょうど起きたら、牧草地に生まれたての仔馬とおかあさんがいたんです。僕そんなん見るの初めてで感動してしまって、思わず車降りて、柵のところから興奮して『おいでー、おいでー』ってやってたんです。今思えば、迷惑な観光客やったと思いますけど(笑)」
なんと今ではクロムという馬をAERUの敷地内で飼っているそう!
そのとき初めて「北海道に遊びに来てよかった」と思ったそう。宿泊先の「うらかわ優駿ビレッジ AERU」でも馬と触れ合い、「このときから、馬にも、AERUにも、浦河にもハマった」と言います。それ以降、年に3回は夫婦で浦河を訪れるようになります。
遊びに来るたびにあちこちで移住情報を収集していた夫
「とにかくAERUで馬と触れ合うのが楽しくてね。最初は引馬にはまって、そしたらもっと乗ってみたくなって、5鞍(回)以上乗った経験があれば、トレッキングに行けると聞いて、大阪の乗馬クラブに行って5鞍乗って、AERUでまた乗って、速歩(はやあし)ができるようになったら、今度は駈歩(かけあし)で...。どんどん馬に乗るのが楽しくなってね。大阪でも乗れるけど、やっぱり浦河でのびのびと乗るのが良くて」と和也さん。
住宅兼お店のすぐそばには、馬を飼いながら住んでいる方もいるそう!
通い始めたころは移住について考えていなかったそうですが、浦河に滞在する日数が長くなるにつれ、左岐子さんより先に和也さんが移住を検討するようになったと言います。
浦河に通い始めて3年ほど経ったとき、生活体験住宅の存在を知ります。移住を考えている人、希望している人を対象にしている生活体験住宅は、町のいろいろなエリアに建物があり、実際に町に暮らすイメージをしやすいのが特徴。「いつもAERUに泊まってたけど、滞在日数が長くなると宿泊費もかさむし...、でも少しでも長く浦河にいて、馬に乗りたかったしね。そして何より僕は移住を視野に入れていたから、浦河のいろいろなエリアに住んでみることができるのはいいなと思って」
丘の上にある生活体験住宅にはウッドデッキが。なんと太平洋が見えます来るたびに違うエリアの生活体験住宅に泊まり、和也さんは各エリアの生活環境のチェックや空き物件がないか周辺の人たちに聞き込みをするなど、着々と移住のための下準備をしていました。
「私は最初のころ、移住なんて考えていなくて、いつかそのうちかなぁと思っていた程度でした。でも、夫はかなり真剣に考えて動いていましたね」
一筋縄ではいかなかった土地の購入、建物の建築、そしてコロナ
移住をしたら、自分で飲食店を開きたいと考えていた和也さん。亡くなったお母さんと喫茶店やお好み焼き屋をやるという夢を持っていたこともあったそう。
「店をやるにしても、市街地ではやりたくはなくてね。せっかく浦河に住むんやったら、大阪とはまったく異なる自然の中で暮らしながら、店をやりたかったんです」
お店の前の牧草地では牛がのんびり草を食んでいます
浦河へ来るたび、自分の理想の場所を探し回っていた和也さん。ちょうど店がある場所の近くの体験住宅に滞在した際、理想的な場所(今の店の場所)を見つけます。すぐに持ち主に売ってもらえないか交渉しますが、そう簡単に売買できないということが発覚。また探し直しかと思っていたところ、しばらくして状況が変わり、そこから一気に土地取得の話が進みます。
ところが、一難去ってまた一難。今度は、店舗兼住宅を建ててくれる工務店がすぐに見つからず、壁にぶち当たってしまいます。
「札幌や帯広の業者にも頼んだんですけど、どこも難しいと言われて...。ちょうど銀行に行ったら、浦河や日高エリアの工務店で建てたら、助成が出ると教えてもらったので、片っ端から町や近郊の工務店に電話をかけたんだけど、大工さんが高齢だったり、ほかが立て込んでたりで、どこもダメで...」と和也さん。
そんなとき、設計図だけ引いてもいいよという人が現れますが、現地を見た途端、「こんな場所で商売するなんてあり得ない。どうせすぐに大阪に帰ってしまうんだろう。そんな人をたくさん見てきた。すぐに帰ってしまう人のために図面は引けない」と言われてしまいます。
途方に暮れていたある日、たまたま目にした浦河町の神馬建設のホームページを見て、新千歳空港から夫妻は電話をかけます。
「その日は社長が出かけてたんやけど、お母さんみたいな方が出てくれて、とっても丁寧に対応してくれて。後日、社長と話をしたら、初めて僕の気持ちを最初から最後まで聞いてくれて、土地も一緒に見てもらったら、『いい土地ですね』と言ってくれて。やっと出会えた!とうれしくなりました」
工務店が見つかり、これから着工という段階で新型コロナウイルスが流行し始めます。大阪から浦河へ行くこともままならず、設計に関してはメールでのやり取りが中心に。いよいよ2021年から着工が始まることになり、建てている間の様子も見たかった2人は、1年間浦河町内の別のところに家を借り、まちでの暮らしがスタートすることとなりました。
移住前から地元の人たちとコミュニケーションを
これまで何年にも渡り、何度も浦河に足を運んできた寺浦夫妻。AERUのスタッフや飲食店で知り合った人など、通うたびに人脈を広げていったと言います。また、生活体験住宅を利用するようになってからは、役場へ行くことも増え、移住担当者や役場の関係者とも顔見知りになり、大阪で行われた移住フェアに顔を出すなど交流を続けていました。
「移住前から町の人たちとコミュニケーションを取ってきたのは大きいかなと思います。浦河の人は温和な人が多い。人の話を否定しないで聞くし、親身になってくれる人が多い気がする。外から来た人にも寛大な印象です」と左岐子さん。
移住してすぐ、左岐子さんは観光協会からネットの物品販売に関する仕事を手伝いませんかと声をかけられます。これも、浦河に通ううちにできた人脈から派生したものでした。ちなみに現在は、週に2、3回AERUのスタッフとして仕事をしているそう。
「移住の決め手って、もちろん町の雰囲気とか環境とかもあるし、僕らみたいに馬が好きやからとかもあるけれど、でも最後はすべて『人』じゃないかなと思う。町の人としゃべったら、その町の雰囲気とか全部分かるでしょ」と和也さんが言うと、「そうやね。体験住宅で過ごすようになってから、スーパーの商品の並び方とか、そういうちょっとしたことやけど、暮らし方が自分に合うかどうかを見るようになったかも。そういうのって毎日のことやから、大事やと思う」と左岐子さん。
「雨の降り方、雪の降り方、いろんなまちの姿を見ておいたほうがいいですよ」と左岐子さん
市街地でなくとも、町の人たちがたくさん集まるワインバーへ
2021年の年末には家が完成し、翌2022年3月にワインバー「テラ.シャン」がオープン。〆には、大阪のお好み焼きや焼きそばを食べてもらいたいと考えていた和也さんは、移住前から大阪の行きつけの店で約2年、仕事終わりや休日に修業させてもらっていたそう。麺やソースは本場大阪のものを使っています。
焼きそばをご馳走になった取材スタッフ、めちゃくちゃ美味しかったです!
市街地から離れてはいるものの、町の人たちが多く訪れます。ワインを飲みたい人は代行サービスをあらかじめ利用すると決めてから来るそう。また、隠れ家的な雰囲気を気に入り、女子会も頻繁に予約が入るほか、家族連れ、牧場関係者、役場の人などさまざまな人が足を運んでくれるそう。
「お客さんの中には、うちらの大阪弁のやり取りを聞いてて、ケンカをしてると思う人もいて(笑)。これが普通です!、ケンカちゃいます!って説明することもあります」と左岐子さんが言うと、「その逆で、僕らも浦河の人らはみんな馬に乗れるんやと思って、移住前に上手に乗れるようにならんとあかんって頑張ってたよな」と和也さんが笑います。
こうしたちょっとした勘違いを笑いながら話せるのも、寺浦夫妻が明るい人柄だからなのかもしれません。
「これからもこの場所でずっと店を続けていきたいし、町の人はもちろん、移住者の人や移住希望者の人とも交流を深めたいなと考えています。店にいろいろ情報が集まってくることも多いから、僕らが仕事のこと、住まいのことなんかも相談に乗ったりできたらいいのかなと考えています」
移住に際して、もちろん役場に頼ることも必要ですが、「すべてを役場に頼りすぎる傾向がある」と和也さんは指摘します。移住者の先輩として、自分たちもできるサポートはしたいと続け、実際、2023年春に東京から移住してきた方が移住前にネックに感じていた仕事探しのお手伝いをしたそう。
共に手を取り、浦河町のファンを増やしていきたい
浦河町役場商工観光課移住交流推進係長の谷口亮介さん
今回の取材中、隣で話を聞いていたのが役場の移住担当者である浦河町役場商工観光課移住交流推進係長の谷口亮介さんと同じ部署の主事・中村舞さん。現在の浦河の移住状況を尋ねると、「完全移住の数はなかなか伸びないのですが、ワーケーションや保育園留学(R)で滞在してくれる人は増えていて、こうした関係人口・交流人口を増やしていくためのファンづくりをしているところです」と谷口さん。
ちなみに2023年春から行っている保育園留学(R)は、東京などの首都圏を中心にシンガポールや香港といった海外から参加している人もいるそう。これらの参加者は生活体験住宅を利用していると言います。
浦河フレンド森のようちえん
「浦河の生活体験住宅の建物はほとんどが私有のもの。町の持ち物は2軒だけなんです。これはほかにはない例かもしれません。空き家の所有者に、リフォーム代金の補助を活用してリフォームしませんかと声をかけ、承諾いただいた家を直して、生活体験住宅として活用しています。現在、10軒以上が私有です」
生活体験住宅に関しては、「違う季節に違うエリアの生活体験住宅で最低1週間は生活してみるのがおすすめ。特に冬は1回体験しておいたほうがいいと思う。雪が少ないとは言っても、まったく雪のない場所から移ってきた人にとっては驚くやろうし」と和也さんが言うと、「あとはコンビニとか病院がどこにあるかなどもチェックしておいたほうがいいかもね」と左岐子さん。
「寺浦夫妻にはこれからも移住者の先輩として、移住希望者や検討中という方たちに浦河の魅力を伝えていく際、いろいろ力をお借りしたいです」と谷口さんと中村さん。経験者の生の声はとても参考になるはず。今後、道外の移住フェアで寺浦夫妻の姿を見かけることがあるかもしれませんね。
- ワインバー Terra-Cham(テラ.シャン)
寺浦和也さん・左岐子さんご夫妻 - 住所
北海道浦河郡浦河町向別303-60
- 電話
0146-26-9401
- URL
営業時間/17:30〜22:00(LO フード/21:00、ドリンク/21:30)
定休日/日曜日・月曜日
席数/カウンター6名、テーブル2名×2、テーブル4名×1、テラス席4名×1(5月頃~9月頃※冬季クローズ)