ダニエル・キイス ハヤカワ文庫
★★★★★ やはり泣いてしまった!
もう45年も前のこと。私は25歳だった。
この本の評判は聞いていたので読んでみた。
三畳の下宿で、読みながら涙が止まらなかった。
そういう記憶がある。
だからたまたま本屋で文庫を見かけた時、懐かしさのあまり買った。
ちなみに、一緒に買った本は、三浦しをんさんの『舟を編む』だ。
先に『舟を編む』を読んだ。丁度TVドラマを観ていたので♪
TVとは少し違う展開で楽しめた。
それはともかく、『アルジャーノン』である。
初読からもう半世紀近く経ったんだなぁと考え深いものがあった。
45年間、世界中で読み継がれているなんて!
そして25歳の時に読んだ感動が蘇った。
少しも色褪せることのない作品世界に引き込まれた。
世界的ロングセラーなので、読んだ方は大勢いるはずだ。
元々は中編だったものを長編に膨らませたそうだが、
よくこういうお話を思いついたなぁと感心する。
一応、SFなのだが、ロボットや宇宙船は出てこない。
出てくるのは、架空の脳外科手術である。
♥
主人公は、チャーリイ・ゴードンという32歳の知的障害者だ。
生まれつき脳に障害を持ち、いわゆる知恵遅れである。
肉体は32歳だが、精神年齢は6歳ぐらいだろうか。
文字の読み書きがうまくできないチャーリイくんである。
チャーリイはパン屋の雑用係として働きながら、
ビークマン大学の知的障害成人センターで読み書きを習っている。
そんなチャーリーに白羽の矢が立つ。
特殊な手術により、知能を高める被験者になってくれというのだ。
動物実験までは成功している。
実験動物のネズミはこの手術で知能が高まり、
その効果は今もまだ続いているという。
そのネズミの名前が『アルジャーノン』である。
そしてこの小説には面白い仕掛けがある。
本文全てがチャーリイの書いた文章で構成されているのだ。
手術を受けたチャーリイは担当の先生から経過報告を書くように言われる。
チャーリイの進歩を知るために必要なのだ。
だからこの本は、チャーリイの『けえかほおこく1』から始まる。
ストラウスはかせわぼくの考えたことや思いだしたことや
これからぼくのまわりでおこたことはぜんぶかいておきなさいといった。
(P.15)
ご覧のように、ほぼ平仮名で書かれている。
非常に読みにくい♪
ところがチャーリイの知能が上がるにつれ、
句読点の使い方が上手くなり、スペルもしっかりしてくる。
その進化の過程がチャーリイの書く文でわかるという仕掛けだ。
平仮名ばかりで初めは読みいにくいが、
だんだんと読みやすくなり、スラスラ読めるようになる快感♪
心憎い演出である。
チャーリイによる人体実験は成功した。
時間をかけてチャーリイの知能はゆっくりとだが、高まっていく。
そして、I Q70のチャーリイは、やがてI Q185に達する。
ところがここからこのドラマは深刻さを増す。
知能の高まりと同時に、
これまで認識できなかった世界をチャーリイは認識していく。
みんながチャーリイに笑いかけるのは好意からではなく、
嘲笑の笑いだということをチャーリイは理解してしまう。
今まで見えていた幸せな景色が暗転する。
知らなければよかった。
チャーリイは生まれて初めて恥ずかしさと怒りを感じる。
ここまで読んでくると、この本のテーマは明確だ。
果たして『知能』は、人間を『幸福』にするのだろうか?
知的レベルが高いということが、そのまま幸せに繋がるだろうか?
人間にとっての『幸福』とは何なのか?
そういうことを考えさせる物語である。
♥♥
平均的IQは、90から109ぐらいらしいから、
チャーリイのIQ185というのは大天才を意味する。
パン屋の同僚たちは天才チャーリイを恐れるようになり、
彼は解雇されてしまうのだ。
チャーリイがいることで同僚たちは、自らの無能ぶりを痛感する。
従業員は主人のドナーさんに抗議する。
「あいつをやめさせてくれ!」と。
ただ一人、女性従業員のファニイだけが彼の解雇に同意しなかった、
しかし彼女は言う。
あんたって昔から信頼のおけるいいひとだったーー
そりゃ目から鼻に抜けるってわけにはいかなかったけどさ、正直だったーー
いったいどうやって、そう急にお利口さんになっちまったのかしらねえー
(中略)
あんた、聖書を読んでごらんよ、チャーリイ、
人間ってもんは、主がはじめに教えてくださったこと以上のことを
知りたがっちゃいけないんだってことがわかるよ。
あの木の実は人間がとっちゃいけなかった。
(中略)
今から逃げ出してもおそくはないんじゃない。
もしかしたらまたもとのようなただのいいひとに戻れるんじゃない。
このファニイの言葉はとても印象的だ。
天才でなくてもいい、元の正直でいい人であって欲しかった。
こう言われたチャーリイは深く傷つくのだ。
同僚たちはチャーリイの手術のことを知らない。
手術のことは口外できないからだ。
チャーリイが実験台に選ばれた一番の理由は、向上心だった。
ビークマン大学の知的障害成人センターで読み書きを習いたいと
自ら大学まで出向いて「勉強したい!」と懇願した。
みんなのように賢くなりたい。
知的障害を持つチャーリイは他と違って、その意欲が抜きんでていた。
そして彼は誰よりも優しい心の持ち主でもあった。
彼が望んだ以上の成果が出たにもかかわらず、
誰よりも賢くなったチャーリイは前より孤独になった。
だいたいここら辺までで物語の半分ぐらいだ。
♥♥♥
さて、賢いどころか天才になったチャーリイを待ち受けるものは…
さらに残酷な現実だった。
何しろIQが185である。
今まで天才だと思っていた教授たちが凡人に見える。
見えるだけではない。
実際、教授たちはチャーリイほどの知識を持っていない。
チャーリイが普通に理解できることすら理解できない。
チャーリイは大きな失望を味わうのだ。
そしてチャーリイは、この手術の重大な欠陥に気づく。
教授たちの理論には重大な欠陥があることに、
天才チャーリイだけが気づいてしまう。
そして賢いアルジャーノンに異変が…
チャーリイは思い切った行動に出る。
ここからは怒涛のラストに向かって一直線だ!
だがネタバレになるので控える。
未読の方は楽しみに読んでください。
♥♥♥♥
この本が出版されてから、
世界中の読者からキイスさんにファンレターが届いた。
その中でもキイスさんを感動させたのは、日本の読者からの手紙だった。
そういうことがあり、
この日本の文庫版のためだけに、キイスさんは序文を書いている。
とても興味深い内容なので、ご興味のある方は是非読んでください。
この本は『知能』についての非常に興味深い考察本だが、
我々が生きる人生について書かれた本でもある。
チャーリイ・ゴードンがたどる道は、
まさに我々の人生そのものだからだ。
この小説は、十代から高齢者まで、幅広い読者層にアピールする。
十代には十代なりの感動があり、
私のような高齢者には高齢者なりの深い感動があった。
単に『知能』についての考察本ではなく、
人間について、愛や優しさ、思いやり、幸福、運命について、
読む人間に様々な感動を与えてくれる。
チャーリイ・ゴードンとは作者キイスさんのことであると同時に、
全ての心優しい読者のことなのだろう。
人間はどうあるべきなのか。
最後のチャーリイの言葉がその全てを表している。
タイトルに込められた作者の想いは、
世界中のチャーリイ・ゴードンの心の優しさの象徴のようだ。
やはりとても感動的な小説でした。
お勧め致します♪
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