日本で唯一の動物園ライター。千葉市動物公園勤務のかたわら全国の動物園を飛び回り、飼育員さんたちとの交流を図る。 著書に『ASAHIYAMA 動物園物語』(カドカワデジタルコミックス 本庄 敬・画)、『動物園のひみつ 展示の工夫から飼育員の仕事まで~楽しい調べ学習シリーズ』(PHP研究所)、『ひめちゃんとふたりのおかあさん~人間に育てられた子ゾウ』(フレーベル館)などがある。
- 第80回ぼぉとする動物園
- 第79回動物たちのつかみどころ
- 第78回動物園がつなぐもの
- 第77回サメのしぐさを熱く観ろ
- 第76回泳ぐものとたたずむもの、その水辺に
- 第75回ZOOMOの動物のことならおもしろい
- 第74回それぞれの暮らし、ひとつの世界
- 第73回京都市動物園はじめて物語
- 第72回ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの名にあらず
- 第71回尾張の博物学 伊藤圭介を知っていますか
第75回ZOOMOの動物のことならおもしろい
こんにちは、動物園ライターの森由民です。ただ歩くだけでも楽しい動物園や水族館。しかし、 動物のこと・展示や飼育の方法など、少し知識を持つだけで、さらに豊かな世界が広がります。そんな体験に向けて、ささやかなヒントをご提供できればと思います。
●今回ご紹介する動物:ニホンツキノワグマ、ホンドタヌキ、アカネズミ、ムササビ、ニホンイヌワシ、ダチョウ、グラントシマウマ、シタツンガ、キリン、アカカンガルー、エミュー、アメリカバイソン、カナダカワウソ、オオツノヒツジ、ピューマ、ニホンカナヘビ(野生個体)
●訪れた施設:盛岡市動物公園ZOOMO
岩手が生んだ童話作家・宮澤賢治には「なめとこ山の熊」という作品があります。そこでは、山に深くなじみ、ふと熊たちのことばさえも聞き取れると感じ、それゆえにしばしば熊を狩ることに悩みも感じる名人猟師・淵沢小十郎が登場します。
小十郎は本当に熊と対等に心を通わせているように映ります。ある時出逢った熊は小十郎に「やり残していることがあるから二年待て」と言い、実際に二年後に小十郎の家の前で死んでいるのが見つかります。熊は小十郎との約束を守って毛皮や熊の胆(い)(胆のう)などを与えたと思われます。
しかし、そうやって熊との対等なやりとりのようにして毛皮などを手に入れても、小十郎はそれを町で売らなければ、家族に米を食べさせることさえできません。そういう弱みを見透かすように、町の商人は小十郎の持ち込む熊からの産物を安く買いたたきます。
そんな中、ついに小十郎は熊に返り討ちに合うようにして山中で死にます。しかし、それは狩りの失敗というよりは、熊と人の対等ないのちのやりとりの中で、たまたま人の番が回ってきたように描かれているようです。そして、栗の木と白い雪の峯々にかこまれた山の上の平らな場所に、うずくまるように死んでいる小十郎の周りで、月明かりの中、熊たちと思しい黒い大きなものたちが祈るようにひれ伏しているところで物語は終わります。
語り手(ひとまずは賢治に重なるように思われます)は、時代が進めば、前記の町の商人のようなずるい者たちはいなくなるだろうと、祈りを込めるように記しますが、実際には、小十郎のようなもののみがいなくなり、かつての動物と人の関わりのありようが見失われてきたように思われます。
そして、いまやあらためて、北海道ではエゾヒグマ、本州ではニホンツキノワグマと人の衝突のニュースが、日常的に報じられるようになっています。岩手県によれば、今年(2023年)の4月1日から11月8日までに、43件46名のクマによる人身被害が発生しているとのことです(※1)。ここでは細かな分析は割愛しますが、戦争中から戦後にかけての山の大規模な開発(広葉樹の伐採や針葉樹の植林)を曲がり角にして、クマはどんぐりなどが実る豊かな山に住み人は里に住んで互いに距離を保つといった関係は困難になり、小十郎のようではない一般的な人びとが山に入り込んだり、植林された針葉樹中心の森の食べものの乏しさからクマが人間社会に近づき、しばしば人間の出すごみ(残飯)などを餌と認識するようになってトラブルが増えたりといった事態が、引き返しようなく広がっているものと考えられます。
※1.令和5年度ツキノワグマ情報(岩手県)
もとより、過去には過去の困難があり、今に至る歴史にもそれ相応のなりゆきがあり、過去を美化しても始まりません。ましてや、いのちのやりとりまで含めての動物と人の対等さというのは、そもそも宮澤賢治の中で純化された、ひとつの理想なのではないかと思われます。
しかし、そうであるなら、過去に頼ることも現在に落ち着くこともできない中で、わたしたちはいっそうしっかりと、いまも昔もそのようではなかった新しい未来としての、動物と人が適正な距離で生きていく世界を思い描かなければなりません。そしてその時、ほかならぬ「生きた野生動物を飼育展示する」動物園は、そのような問いに向き合う大切な場となるように思われます。
以前にも、わたしは「動物園の野生動物」というタイトルで盛岡市動物公園をご紹介しました(※2)。今回は、1989年の開園から30年の2019年に新たな運営組織として「株式会社もりおかパークマネジメント」を設立、翌年4月から「盛岡市動物公園 ZOOMO」(以下、ZOOMO)として再スタートを切り、長期のリニューアル休園を経て今年(2023年)の4月に再開園した同園を再び訪れ(※3)、その新しい息吹と、変わらず受け継がれていくものの一端を覗かせていただきます(取材は2023/9/15に行いました)。
※2.こちらをご覧ください。
※3.詳しい経緯はこちらをご覧ください。
先ほどの山の草むらを思わせる展示場のほか、泳ぐことも生態の一部であるツキノワグマの日常を間近で観察できるスポットも設けられています。
こちらの写真では、画面中央の岩の上につややかな毛皮の後ろ姿が見えています。こうしてツキノワグマをめぐるさまざまな環境要素の複合が、コンパクトにまとめられています。ツキノワグマはがっしりとした爪を活かして、垂直面でも登れるとされ、この展示場でもしばしば木登り姿が観察できるとのことです。
こちらは笹に埋もれるホンドタヌキ。わたしたちの多くは「あぁ、タヌキね」と反射のように口にしてしまうかもしれませんが、ふと立ち止まって考えれば、街なかにも適応して暮らすというタヌキについて、わたしたちはその実態をほとんど知らないようにも思われます。動物園展示は、そんな気づきから学びへの手がかりを与えてくれます。
夜を活動の中心とする小さきものたち。齧歯類もまた、目を向けるべきお隣さんというべきでしょう。アカネズミは頭胴長が8~15㎝程度、尾も同じくらいの長さがありますが、樹上よりは地上で活動します。リスなどが埋めたどんぐりを掘り出すといった行動も知られています。
こちらも齧歯類ながら夜の森を滑空するリス類(※4)であるムササビ。この個体は右目が悪いようで、解説サインによれば2016年に盛岡市内で保護されたムムタ(オス)のようです。
※4.そして、そんな齧歯類たちの中、対照的に昼行性なのがニホンリスです。この園でのニホンリスの飼育展示については前記の拙記事をご覧ください。
次はこちらです。リニューアルされた施設のひとつで、既に静かな人気を博しつつあるようです。
先ほどの写真から回り込んだところにある大きなエリア。矢印の2か所に動物がいます。
ニホンイヌワシです。このケージにはメスの空とオスの翁がいます。空は、秋田市大森山動物園の生まれです。翁は宮城県内で保護され、仙台市八木山動物公園を経て来園しました。大森山動物園には、全国の動物園のニホンイヌワシの飼育下繁殖計画をコーディネートする種別調整者がいますが、空と翁も期待されるペアです。ツキノワグマと同様、ニホンイヌワシも日本全国で遠い昔から人間と隣り合った生活を送ってきましたが、生息環境である森や野原の開発や、その後の手入れの不足などで個体数を大きく減らしてきた経緯があります。1970年から飼育繁殖に取り組んでいる大森山動物園の技術や経験の蓄積をベースとしつつ、各地の動物園が連携して飼育下での増殖に努め、また展示を通して、ニホンイヌワシと人が共存できる環境づくりへの促しが続けられています。ZOOMOもそのネットワークの要のひとつと言えるでしょう。
ウォークインスペースを持つ隣のケージ。ここには、多摩動物公園生まれのオス・出羽がいます。まずはきりりとした姿。
折々には羽づくろいにも余念がありません。飼育下とはいえ、これらのケージはイヌワシたちの世界であり、わたしたちはそこをひととき訪れているのだ、そんな想いを新たにします。
ZOOMOが盛岡市動物公園として創設されたとき、そこにはひとつのコンセプトがありました。大枠の施設構成は多摩動物公園、しかし、動物コレクションの主眼としては日本産、ことには岩手の動物たちを飼育展示していこうというものです。
サバンナエリアは、そんな多摩動物公園へのオマージュを感じさせるものですが、こちらも大きくリニューアルされました。何よりも変わったのは、これまで広々としてはいたもののピット状の展示を見下ろすかたちであったものが、動物たちと同じ位置まで下りていけるようになったことです。ZOOMOのサバンナエリアの魅力のひとつは湿原要素を醸し出す水場ですが、植物の種子などを漁る習性を持つダチョウは、しばしば石垣をも啄む様子です(何かを食べているのでしょうか)。
サバンナといえば、シマウマ。グラントシマウマたちは折々に軽快な足取りを見せてくれます(よく見ると、ここでも背景にダチョウがいます)。
そして、シタツンガ。シタツンガをはじめとするアンテロープ類とまとめられるウシ科動物たちは、ことにシカ科動物のいないアフリカ(北部の限られた地域を除く)で、他の地域ならシカ科が占めるような生態的地位を含めて、多様な適応と進化を遂げています。その中で、シタツンガは湿地帯を好む生態を持ちます。シタツンガの蹄は体の大きさに対して長く幅広いので、地面を踏む圧力を分散させることで湿地や沼地での生活にも適応しています。ピット形式のみの展示時にも、水場を歩くシタツンガの姿は観察できましたが、こうして同じ平面まで下りてくると、蹄を含め、さらに細やかな観察が可能になるでしょう。この2頭は母(ニーナ)と娘(コニーナ)で、ニーナは左耳についた青いタグで見分けられます(ここではかがんでいる方がニーナです)。
こちらはサブパドック(予備展示場)のキリンのユン(メス)です。2021年8月にオスのリンタが死亡し、この取材時には単頭飼育でしたが、11/14にかねてからの計画によって、よこはま動物園ズーラシアから2歳のオス・カナトが来園しました。現在、展示場に馴らしつつユンとも「お見合い」を進めており、やがては2頭での暮らし、そして繁殖が期待されます(ユンは2019年生まれ、カナトは2021年生まれです)。
そんなユンの傍らにもシタツンガの姿があります。メスのリンは2022年に東武動物公園から来園しましたが、今年の3月にチャチャマルを生み、いまは母子で過ごしています。
サバンナエリアではバックヤードも公開されています。オスのシタツンガのブンタロウ。成熟したオスは濃い体色と角が特徴です(シタツンガはウシ科ですが、オスのみに角があります)。ブンタロウはリンと一緒に東武動物公園から来園しましたが、いまはリン母子と交代でサブパドックに出ているとのことです。
バックヤードには、他にグレビーシマウマもおり、こちらはキリンと交代にサブパドックに出ています。
さらに目玉というべきリニューアル施設を見ていきましょう。広々とした草原を囲い込んだカンガルーヒル。
主役はアカカンガルーたち。思い思いに。
時には重い重い?
カンガルーたちはカンガルーヒル全体を自由に使いますが、人には文字通りの守るべき一線があります。それによって、カンガルーたちにも「外に出ても別に危険はないが、いやならこの中に」という安心感が生まれているのであろうと考えられます。
さらに奥には「走鳥類」(地上性に特化した鳥類)のエミューが。サバンナエリアのダチョウと比較してみるのもよいでしょう。
アフリカのサバンナ、オーストラリアの草原と来て、こちらは北アメリカの草原を代表するアメリカバイソンです。オスのタイソンは豪快に泥浴び。こうやって皮膚の健康を保ちます。
タイソンと隣り合う展示場には、アメリとリカ(2019年生まれ)の母子がいます。柵越しの父子、佇む母(アメリは左の角が小さいのが特徴です)。
ちょっと園外の光景へ。盛岡城跡公園の芝生広場にはトーテムポールが立てられています。盛岡市とカナダ・ブリティッシュ・コロンビア州ビクトリア市の姉妹都市提携10周年記念として1995年に送られたものです(※5)。
※5. 国際連盟事務次長も務め、世界平和の実現に努めたことで知られる新渡戸稲造は盛岡市の出身ですが、国際会議の日本代表団団長として渡航したカナダで倒れ、ビクトリア市で亡くなりました。盛岡市とビクトリア市の友好はそんな新渡戸を機縁に続けられてきました。
ほかならぬ盛岡市の動物公園であるZOOMOにも友好記念に贈られた動物たちを基にした「ビクトリアエリア」があります。記念プレートや、地元の国際交流団体が管理する、美しい花壇。
水を湛えたプールの畔。茂みの中で昼寝をする動物。
カナダカワウソのメス・カエデは2009年にカナダで生まれて来日しました。ZOOMOでは展示場に砂を入れるなど飼育環境を整備しながら、カエデのゆったりとした生活を支え、カナダカワウソという動物の魅力を伝えています。
詳しくはこちら
代わって、カナダの山岳部に生息するオオツノヒツジです。オオツノヒツジは北アメリカを代表する野生動物として絵画などのモチーフにもなり、現地の人びとが守るべきものと観念している「ウィルダネス(原生自然)」のシンボルとなっています。撮影時には夏毛から冬毛への移行期でしたが、いまはすっかり整っているでしょうか。
2頭のピューマ、ニーナ(メス、静岡市立日本平動物園生まれ)とタフ(オス、愛媛県立とべ動物園生まれ)は繁殖を目指しての同居中です。タフは距離をとりながらもニーナへのアプローチを繰り返します。後は彼女次第というところでしょうか。
ピューマの展示場の前にはニーナを送り出した静岡のファンのお手製のアルバムが置かれています。ZOOMOの一角、カナダと日本の懸け橋と言うべきエリアで、各地の動物園の協力による未来への営みが続けられています。
ZOOMOは、飼育動物の心身の健康を守る動物福祉を動物園の本分として明確に掲げています。科学的かつそれぞれの個体の特性まで考慮した細やかな対応が、それぞれの動物本来の魅力を引き出し、わたしたちがそれらの動物たちの特質を尊重しながら共に生きていくにはどうしたらよいかという問いに導いてくれます。
現在、広く寄付を募っているZOOMO WILDLIFE HEALTH CENTER(動物病院)の建設予定地です。
人の健康は動物たちの健康とひとつことであり、それらのまとまりこそが地球レベルでの健全な環境にほかならない。ZOOMOの営みの全体は、このような主旨での”One World-One Health”の理念に基づいています。その意味で最新のかたちでの動物病院は単なる「裏方施設」ではなく、ZOOMOが自らの理想を実現するべく実践を積み重ねていることの証しになるはずなのです(※6)。
※6. ZOOMO WILDLIFE HEALTH CENTERは、飼育動物の健康管理のみならず、傷ついた野生鳥獣の救護と野生復帰にも取り組むことを企図しています。新施設の一部はガラス張りになって、獣医師が治療や検査を行っている様子を公開する予定とのことです。
詳しくは、こちらをご覧ください。
園内で出逢ったニホンカナヘビ。ZOOMOそのものが恵まれた自然の賜物であることが思い返されます。
園内に設けられた自然遊歩道としての”NATURE LOOP”。秋の水辺を静かに飾るミソハギにも出逢えました。
盛岡はいよいよ雪の季節を迎えますが、ZOOMOは、2023年11月からウインターシーズンとして営業しています。通年開園として営業するのは平成元年の開園から初めての試みとなります。キャッチフレーズは「冬ならではの動物たちの姿を見に行こう」です。
詳しくはコチラ
タイミングによっては、既にご紹介したキリンのユンとカナトの姿も見られるかもしれません。
動物も人も地域の、そして地球の環境に包み込まれ、互いにいのちの営みを循環(ループ)させて生きています。ZOOMOのポスターは、そんな世界像を体現しようという想いの現われと言えるでしょう。
「なめとこ山の熊のことならおもしろい」
重い主題を孕みながらも、宮澤賢治は「なめとこ山の熊」をそう書き出しています。ZOOMOでの動物たちとの出逢いを楽しみながら、わたしたちも賢治が描き出そうとしたのであろう、動物と人がつながり、大きな世界に包まれるありさま、その可能性に想いを馳せてみるべきなのだろうと思います。
動物園に包まれましょう。
写真提供:森由民
◎盛岡市動物公園ZOOMO
前の記事:第74回それぞれの暮らし、ひとつの世界
次の記事:第76回泳ぐものとたたずむもの、その水辺に