夏の夜の夢 : Koko Uozumi Ceramic
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夏の夜の夢




『夏の夜の夢』といえば、シェークスピアだが、そのシェークスピアの『十二夜』を歌舞伎座で観劇したのはある夏の夜のこと。歌舞伎に3次元を持ち込んだと、話題になった蜷川幸雄演出は鏡張りの舞台背景を使ったもので、幕が開いた一瞬、背景全面に舞台を見つめる客席全体が映し出されて、どよめいた。何百本もの帯状ハーフミラーを使う演出は蜷川の得意とするものらしいが、その夜は観劇中に地震があり、背景がきらきら揺れ動くというハプニングも加わった。



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歌舞伎を見に行くのは日ごろの憂さ晴らし、人々は楽しい夢のひと時を求めてそこにいるのだと思う。その昔々は一日中の興行だったというから、ひと時の夢どころか、観客は根性入れて座り続けていたのか、と想像するとおかしくなる。しかし私が歌舞伎に足を運んだきっかけは、ある人の夢が終わる時だった。とんぼを切りたくて歌舞伎界に入ったというその男性はまだ20代だったが、義経千本桜でとんぼを切る鼠の役を最後に引退することになった。家筋が問われる梨園の世界ゆえ、他所から入った人間はよっぽどのことが無い限り、潮時を考えるしかない。その男性は自分の花道として何人かの友人たちに、千秋楽のチケットを配り、公演後の食事会を用意した。若者の付き合いだったので、あきらめとか挫折感はなく、みんなで新しい門出を祝うように集い、日頃テレビの歌舞伎中継を退屈そうだと思っていた私などは、彼の最後の日に初めて実際の舞台を目にして、すっかり魅せられてしまった。

トンボを切るようなアクロバット芸もある歌舞伎は、そのようにけれんみ(当て字では外連味)が大衆をひきつけてきただろう。けれんは宙吊りや早変わりなどの奇抜な演出のことで、舞台における邪道な表現という意味があるようだが、私のようにそれが見たくて行く人も多いはず。学生時代に始めて足を運んだ時から、なぜか観劇の機会はいつも夏。その時期かかる納涼歌舞伎は怪談物が多く、まったくのところ、けれんみたっぷりの演出で、玉三郎が怖くなったり、美しくなったり、猿之助(三代目)が狐になって空を飛びはじめたり、舞台がはねて外に出ると、周りの都会風景がむしろ奇怪に見える中、家路につくことになる。夏の出し物は素人受けするものが用意されているようで、演劇にもシェークスピアにも心得が無くても、NINAGAWA十二夜が歌舞伎座にかかれば、びっくりしながら夢を見るしかないというもの。

けれんみの一役として、歌舞伎からはずせないものにツケ(附け)がある。歌舞伎役者独特の表現、飛び六方や大見得などの動作に附ける音だから、ツケという。拍子木とは別もので、舞台の袖に置かれた木板の上を2本の木切れを持った附け打ち人が叩き、音を出すらしい。役者の動作だけではなく、舞台上では役者や裏方へ場面変化を知らせる合図ともなるらしい。居眠りをしている観客に見所の始まりを知らせるかもしれないし。

今の流行り役者、成田屋海老蔵が在命中の父、 團十郎とパリ・オペラ座公演の際、出し物の勧進帳では父と子が交代で弁慶役を演じた。この芝居は弁慶が六方(ろっぽう)を踏んで花道を去るのが最後の見せ場だが、もとより花道なぞないオペラザ舞台には、客席へ向かって降りる急斜面の花道が仮設され、息子海老蔵の弁慶はそこを駆け降りた。その時の附け打ち人は、どれだけ冷や汗ものだったろう、と想像する。舞台の袖に去ることを選択した團十郎には附けが追いかけ、花道を降りる海老蔵のときは・・・
その違いを見たい方は



▶ 勧進帳 -團十郎弁慶 



▶ 「勧進帳」海老蔵弁慶 





人々が憂さを晴らし、一夜の夢を見る。そのことを作り出す役者とその周りで支える人々の、熟練の職人技がまた夢見心地にさせる。




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附けの音とともに、なにやら飛び出してきそうな納屋





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by kokouozumi | 2013-08-10 07:06 | オイラー | Comments(0)

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