雲海で一面が真っ白だった。飛行機は雲の少し上を滑るようにして進んでいた。台風が近づいてきているという話だった。ぎりぎり、直撃を避けるかたちで、出国することができた。圧倒的に運がよかった。太陽は台風なんて関係ないからね、とでも言うように力強く照っていた。
雲の切れ間から、時々海が見える。太陽を照り返しているのか、不思議な色をしている。ちょっとしたオーロラを見ているようである。
飛行機はロシアはウラジオストクへと向かっている。日本から一番近いヨーロッパいわれているらしい。意外と知られていないことだが、ウラジオストクはちょっとびっくりするくらいに近いところにある。台湾、ソウル、そして、なんと沖縄よりも近いというのだから驚きである。昨今、ビザの取得が簡易化されて、にわかに注目を集めているようである。
本当であれば、夏にウラジオストクへ行こうと思っていたのだが、航空券が6万円くらいしてやたらと高かったのであきらめた。サイトをチラチラ見ていたら、3万円をきっていたので、これは行くしかない!と思い立ち、航空券を購入した。
しかし、なんとぼやぼやとしている間にメイビーという雑誌で玉城ティナさんがウラジオストクに行くという企画がどどんと表紙掲載されてしまったのである。しかもこれがどうやらそこそこ話題になっていたらしいのである。
これでは、まるで玉城ティナフォロワーのようであるなあ。すこしばかりはずかしい、よく見ると、それらしき女の子も機内にのっているではないかなどと思いながら、ウラジオストクへと向かっていた。
隣の席にすわる、トムヨークに似た物憂げなおじさんが、たどたどしい日本語で話しかけてくる。
「ロシアへ来るの、はじめてですか?」
「はじめてなんですよね~」
「そなんですね~」
「わたしは東京は2回目でした」
「そうなんですね。日本語上手ですね」
トムヨーク似のおじさんは、なぜか、自分の分の飲み物を頼むついてでに、毎回、僕にオレンジジュースを頼んでくれる。有難迷惑であるなあとおもいつつも、断れずにもらってしまう。窓からは、太陽が、雲海のなかへどーんと沈んでいくのが見える。
軽食として出てきたのはチキンのサンドイッチ。パサパサしているがけっこう美味しい。トムヨークにのおじさんが4杯目のオレンジジュースをくれた。きっと、日本語をしゃべりたいのだろうなあ。
おじさんの軽快なトークをかわして、ひと眠りしていると、あっという間に、ウラジオストクまであと少しの距離になっていた。本当に、近い。感覚的には、東京から熱海へ行くくらいの感覚である。いや、なんだったら、寝ていたことも考えれば、横浜くらいの距離ともいえるかもしれない。
一気に陽が落ちて、ぶどう色の空が広がっていた。
陽はいつでもどこでもちゃんと沈んでいくのだからすごい。
極東ロシア、ウラジオストクに到着した。台風の影響は軽微で、美しい夕暮れを見ることができたので、大変ラッキーだった。
電子ビザを入国管理官にみせ、さっと入国ができた。本当に便利である。自撮り写真を撮らなければならないという虚無的行為を乗り越えれば、ネットでぴっと申請するだけで、無料で早急にビザが手に入る。ウラジオストクにみんないこう。
ロビーに出ると、10月ともなれば、なかなか肌寒い気温であった。東の果てとはいえ、ロシアに来たのだなあと感慨深かった。こじんまりとした空港であった。
空港から市内への移動法には、電車、タクシー、乗合バスの三つがあるらしい。電車は、入国した時間が19時45分過ぎだったため、残念なことに利用できず、タクシーは高いため、乗合バスに乗ることにした。
空港の外観は、ライトアップされていてなかなかかっこいい。
空港を出てすぐ、目の前にバス停がある。黄色い看板が目印だ。時刻表も黄色い看板ににのっている。ちょうど20時のバスが止まっていた。
小太りの老人が近づいてきた。枯れた声でステーション?とたずねてくる。多分ウラジオストク駅へ行くのかときいているのだろうなあと思い、そうだとこたえると、バスのカギを開けて乗せてくれた。小太りの老人は、まさにドストエフスキーの小説に出てきそうな風貌をしており、粗雑な手つきでけだるそうに煙草を吸っていた。スキットルでも持っていれば、完璧な小説的人物である。
この107というバスに乗る。かなりぼろい。ウラジオストクで走っている車は、古いものがとても多い。日本の中古車がたくさん走っていた。
バスはパッキンが緩く、外気がはいってくるため、走行中はさーっという音が響いていた。張り紙で330ルーブルと書いてある。大体600円くらい。とてもやすい。ウラジオストクはだいたい、日本よりきもち物価が安い。
空港からウラジオストクの中心地までは、おおよそ1時間ほどだ。あたりにはぽつりぽつりと街の灯りが散らばっているものの、道中は、基本的に真っ暗だ。ロシアは土地がやたらと広いから、人がだれも住んでいない場所が圧倒的に多いのだろうとおもう。さびしい光景だなあと思った。小太りな運転手がカサカサのステレオで、ロシアの音楽を薄く流している。腹が減ったなあと思った。
道がガラガラだったので、50分ほどでウラジオストク駅に到着した。バスからおりると、すこしひんやりとした風が体にさっと吹き付けた。異国の地にきたのだなあと思った。ウラジオストク駅はシベリア鉄道の執着駅である。キリル文字の赤いネオンが怪しげに輝いている。ここから、たくさんの人々がモスクワへむけて運ばれていくのだなあ。
趣深い。この駅舎は100年を超える歴史があるらしい。
ここから、モスクワまで9288キロだそうだ。果てしなく遠い。東京とウラジオストクの距離がおよそ1000キロである。なんと4往復半の距離である。遠い…遠すぎる……しかし、ロマンがあるといえば、たまらないロマンがあるような気もする。広大な荒地をかたかたかたかたと、何をするでもなく暇をもてあそびながら、車窓を眺めたり、昼寝したり、本を読んだりして、果てなく続いていく線路を人生の行く末に重ね、なにごとかに思いをはせたりはせなかったりするのだろう……いつか乗ってみたいなあとおもう。
中はこんなかんじ。内装がおしゃれ。みんなだるそうに電車を待っている。この中にも、モスクワまで行く人がいたりするのだろうか。
ホーム
駅の裏には金角湾がひろがっている。静かな海だ。
駅を出ると、目の前にレーニン像があるのを発見した。首発前にキリル文字の勉強をしてきたため、レーニンと読み取ることができた。どこを指さしているのだろう。