2019年 06月 02日
R元.5.15 久留米市篠山城

久留米城は、筑後川沿いの小高い山に築かれた平山城で、天正15年、豊臣秀吉の「九州国割」により、毛利秀包が入城しました。これが近世大名の居城としての始まりです。
慶長6(1601)年、田中吉政が関ヶ原の戦いの功績で毛利家の後をうけ、筑後一国の大名となり、久留米城には二男則政が藩主となりました。
元和7(1621)年、有馬豊氏が田中家の断絶をうけて筑後五城(榎津、城島、福島、黒木、明司)の大名となり、篠山城と改称し、幕末まで治世の中心となりました。全国でも珍しい天守閣を持たない兵学士にいう平山城多聞櫓が特徴です。天守閣の代わりに3層の巽櫓、本丸の周辺に7つ櫓が並んでいました。
by k-dantyan
| 2019-06-02 17:10
| 城跡巡り
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