MIHO MUSEUMで観る奈良の仏教美術 - 第二遊歩道ノート

MIHO MUSEUMで観る奈良の仏教美術

 

奈良大和路のみほとけ ー令和古寺巡礼ー

■2024年7月6日〜9月1日
MIHO MUSEUM

 

法隆寺の「夢違観音」に代表される超有名像から、いまだに盗難された像本体が発見されていない新薬師寺の「香薬師像の右手」といった美しくも悲しい遺産まで、奈良に在する古刹名刹所縁の至宝が集められた特別展です。

50点に満たない規模ではありますが、その分、展示スペースに余裕があり、ゆったり鑑賞できると思います。
夏休みが本格化する前の平日、目立った混雑はありませんでした。

www.miho.jp

 

この「奈良大和路のみほとけ」展は、山口県立美術館(会期4月30日〜6月9日)、ミホミュージアム山梨県立博物館(9月28日〜11月25日)の3館を会場とした巡回展です。

全体の企画と運営はテレビ西日本(フジテレビ系列)の関連企業、(株)TNCプロジェクトが担当。
関根俊一(帝塚山大学客員教授)を監修者としつつ各館のキュレーターたちが作品解説を分担するというフォーメーションがとられています。
TNCプロジェクト社は、放送や広告代理関連の業務に加え、商業面を意識した美術展等のイベント事業を積極的に手がています。
この展覧会でも公的なミュージアムが主導した硬い企画とは一味違った趣向がみられました。

錚々たる名刹から寺宝が出展されているのですが、その大部分が中小規模の彫像や絵画です。
いくつかの例外はあるものの、各寺院を代表するような巨仏等は登場していません。
それをカバーするためなのでしょう。
この展覧会では奈良高畑町にある「入江泰吉記念奈良市写真美術館」から入江泰吉(1905-1992)が写した寺々の風景や大型仏、有名彫像等の写真を展示しながら各寺社の紹介コーナーを手際良く組み込んでいます。
「令和古寺巡礼」という副題をイメージ的に補完する工夫といったところでしょうか。

 

 

法隆寺法起寺、岡寺、薬師寺、法徳寺、霊山寺唐招提寺東大寺西大寺、大安寺、當麻寺法華寺長谷寺、新薬師寺等からの出展品に加え、ここMIHO MUSEUM龍谷ミュージアム、個人蔵の仏像等までもが集められています。
飛鳥時代から江戸時代まで、1000年を超える時の流れを伴った多彩な仏教美術の数々が展開されていました。
結果としてやや散らかった構成という印象も受けるのですが、とにかく出展されている仏像の一つ一つがあまりにも個性的な美しさをもっているので、ぐるぐると見回すだけでも強烈に面白い展覧会だと思います。

こうした巡回企画展においては珍しいことではありまんが、山口、滋賀、山梨の3会場で展示品が微妙に異なっています。
例えば「夢違観音」は山口と滋賀(前期展示)には登場するものの山梨には出展されません。
逆に善円作とされる薬師寺の「地蔵菩薩立像」(重要文化財)は山梨会場のみです。

また、これも薬師寺の国宝「聖観世音菩薩立像」は、和辻哲郎が『古寺巡礼』の中で「世界に比類のない偉大な観音」と絶賛したことでも有名な像ですけれども、MIHO MUSEUMのみの出展となっています。

www.tnc-project.co.jp

 

TNCプロジェクト社のブログをみると、薬師寺側は聖観世音立像について、他会場への出展も申し出たそうなのですが、例の文化庁による重要文化財保護指針を意識してここ滋賀会場のみの展示となったようです。
他方で、個人的に一度是非とも観てみたいと思っていた霊山寺の「十一面観音菩薩立像」は残念ながら山口会場のみの展示となっていました。
さすがにこの像のためだけに山口まで足を運ぶわけにもいきません。
霊山寺の観音様はまた別の機会に御尊顔を拝したいと思います。

さて、その霊山寺「十一面観音菩薩立像」と共通点があるともいわれる、非常にユニークな仏像が出展されています。
東大寺の「弥勒仏坐像」です。
比較的最近である2015年に醍醐寺虚空蔵菩薩と一緒に国宝指定されています。
しかしこの像はその極めて特異な様式が注目され、指定以前から仏教美術関連のテキスト等でもよくとり上げられてきた彫像です。

 

www.art-annual.jp

 

像の高さは39センチです。
それほど大きな仏像ではありません。
しかし、やや顔を前に突き出したようなずんぐりむっくりした姿勢や、異様にくっきりした目鼻立ちをもったこの像からは実際の大きさ以上の存在感を覚えます。
写真等でみていると、この弥勒仏が実は40センチにも満たない彫像であることが信じられないくらい「大きさ」を感じます。
ですから実物を観ると、一瞬、その「小ささ」に逆に驚くことになります。
今回は像の大きさにピタリとあった反射がほとんどない独立型ガラスケース内で展示されていることもあって、間近でその魅力をたっぷり味わうことができました。

平安時代前期、9世紀頃の制作と推定されていますが、弘仁期彫像がもつ重厚さとは違った迫力があります。
かつて東大寺大仏殿盧舎那仏のミニチュア試作品として「試みの大仏」と呼ばれたこともある彫像です。
様式的に異質にも関わらずこのように考えられてきた背景にはこの「弥勒仏」がもつ独特の超越性に人々が惹き込まれてしまってきた歴史があるのかもしれません。
なお、MIHO MUSEUMにおける東大寺弥勒仏坐像の展示は7月6日〜21日まで、2週間の限定公開です(山梨会場での展示はありません)。

著名な仏像は各寺社の境内でも鑑賞する機会がありますけれど、この展覧会では先述の薬師寺聖観世音や興福寺持国天(現在はMIHO MUSEUMの所蔵)などが360度、ぐるりと鑑賞できるように陳列されています。
多くの仏堂空間において彫像は祈りの対象でもありますから、基本的に正面からしか鑑賞することができません。
しかし人体がもつプロポーションの美しさを尊んだ奈良時代の彫像は「背中」に独特の美しさが出ます。
貴重な鑑賞機会だと思います。

メジャーな仏像だけではなく、地味ながら強く印象に残った彫像もありました。
南明寺は771(宝亀2)年の創建とされる柳生街道沿いの古刹ですが、現在は運営が厳しいらしく、檀家以外の拝観は停止されてしまっているそうです。
ここからは「僧形坐像」という一躯が出展されていました。
とても素朴に彫られた老僧の像です。
笑っているのか瞑想の中に深沈しているのか、なんとも言えないその表情が非常に魅力的です。
10世紀から11世紀、平安の中期から後期にかけての制作とされています。

また、天理市合場町が所有する「薬師如来坐像」は、これも平安中期から後期の作とされているものの、京都系とは違ったふっくらとした優美さが特徴的です。
もともとは石上神社系の神宮寺にあった像だそうです。
廃仏毀釈の影響で寺はなくなってしまいましたが、町自体が守り伝えている貴重な彫像です。
「なら歴史芸術文化村」が本像をとりあげたページがありましたのでリンクを貼って起きます。

 www3.pref.nara.jp

 

この展覧会では当然ながら写真撮影が全面的に禁止されています。

前期(〜8月4日)と後期(8月6日〜会期末)で若干の入れ替えがあります。
詳細はMIHO MUSEUMのHPでご確認ください。
なお、メインビジュアルの一つとして会場入り口を飾っている大安寺の「馬頭観音菩薩立像」は後期からのお出ましです。