皆さんは、海藻おしばってご存知ですか?

海藻おしば、

私がそれを知ったのは、長女の授業参観の時だった。


小学校生活最後の授業参観のお知らせを見た時、

私は少しドキリとした。


あたし・主婦の頭の中


どうしよう・・・。頭の中には早くもこんなシーンが・・・。

先生が言うわ。


あたし・主婦の頭の中


なんてことになって・・・


あたし・主婦の頭の中


私はビクビクして下を向いて避けているんだけど、

ふっと先生の視線が気になって・・・

顔を上げたその瞬間、先生と目が合って・・・


あたし・主婦の頭の中


いやよ! イヤ!

私は長女にこう言ったわ。


あたし・主婦の頭の中


すると、長女は呆れた様子でこう言ったのよね~。


あたし・主婦の頭の中


『だって・・・ママ、理科って苦手なんだもん・・・』

とは長女の前では言えるわけはなく・・・。


3月1日、最後の授業参観の日、

重い足取りで、集合場所である学校の体育館に向かった私。


あたし・主婦の頭の中

体育館には各クラスごとにテーブルと椅子が並べてあり、

そこに親子並んで座るように言われる。


テーブルの上には

水の張った容器とピンセット、はさみ、爪楊枝が置いてあり・・・


あたし・主婦の頭の中

早くも嫌な予感。実験だわ。

難しいこと聞かれやしないかしら・・・?


理科の担当の先生が話し始めた。


「小学校生活最後の授業参観をするにあたって

何か皆さんの心に残る授業をと思った時、

それなら、親子で何か体験できる授業をしたいと思いました。

そうして、今回は特別に講師をお招きしました」


あたし・主婦の頭の中

8時間! 

それを聞いただけですでに涙がこぼれてきた私。


あたし・主婦の頭の中


信じてもらえないかもしれないけど、

ホントに涙が溢れてきて・・・横にいた長女に怒られた。


そうして、講師の方にマイクが渡された。


あたし・主婦の頭の中


先生は地図やスライドを見せてくれながら、

太平洋に面している海と山に囲まれた

自然に恵まれた南三陸町について説明して下さった。


あたし・主婦の頭の中


そして、南三陸町の紹介が終わると、


あたし・主婦の頭の中


海藻おしば?

初めて聞く言葉だった。


「海藻おしばと聞いて、なんだ?と思われた方も多いですよね?

では、まずはこれを観て下さい」


あたし・主婦の頭の中


鮮やかな絵や文字が描かれていた。

「こんな感じに、海藻おしばというのは、

様々な種類の海藻を使って作る押し葉のことです」


そして、なぜ海藻はこのような色をしているのか、

光合成色素の話をしてくださった。


そのお話が終わると、

実際に海藻おしばを作ってみることになった。


用意して下さったたくさんの種類の海藻を

ピンセットでつまみ、

水の張られた容器の中で台紙の上に広げていく。

あたし・主婦の頭の中


細かい作業は爪楊枝を使って形を整えていく。


あたし・主婦の頭の中


簡単に模様やデザインが作れると思っていた私は、

超アートっぽい大作を思い描いていたんだけど、

これが案外難しい。


あたし・主婦の頭の中


配られた台紙は、しおりとハガキの二枚。

でも、先生は

「時間がある人は、もっとたくさんやっても構いませんよ」

とおっしゃって下さり、もう1枚、もう1枚と

作品を作り上げている生徒もたくさんいた。


さっきまで当てられるんじゃないかと、

ビクビクして気が重かった私だったけど、

そんな気持ちはどこへ?

夢中になって作っていたら(もしかしたら、長女よりも?)

あっという間に終了の時間。

もー!あと2枚くらい作りたかったのに、残念!!


最後に先生はこうおっしゃった。


あたし・主婦の頭の中


どんな作品に仕上がってくるのか楽しみだわ!

小学校時代の親子の良い思い出にもなるわ。


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それが3月1日のこと。


東日本大震災が起こったには、

あの日から、たった10日後のことだった。


テレビで東北地方の津波の惨状を見るたび、

南三陸町の名前を耳にするたび、思っていた。


あたし・主婦の頭の中


「卒業までに皆さんの元に届けますからね。

楽しみにしていてください」

そう笑顔でおっしゃっていた先生やスタッフの方は

無事だろうか?


それから、十日余りが経って・・・

卒業式はないままに、小学校最後の登校日を迎えた。

その日、学校から帰ると、長女が私に差し出した。


あたし・主婦の頭の中


手には見覚えのある・・・そう・・・


あたし・主婦の頭の中


海藻おしばのしおりとハガキ。


あたし・主婦の頭の中

あの時、長女と一緒に作った海藻おしばだ。


あたし・主婦の頭の中


私はあの日からずっとこう思っていたのだ。

あの授業から10日後にあんなことが起こって、

今、現地は大変なことになっていて・・・

海藻おしばどころじゃないんだって。


でも、今、

私はあの時作った海藻おしばを手にしている。


すると、長女が1枚の紙を私に差し出した。


あたし・主婦の頭の中


その手紙にはこう書かれていた。


津波の被害を伝えるニュースに頻繁に登場している場所に、

宮城県南三陸町があります。

町の人口の半分以上が行方不明となり、

町役場をはじめほとんどの家が流されてしまいました。

ご心配下さっている方も多いと思いますが、

さる3月1日の特別授業「海藻おしば」にきてくれた

スタッフの方々の住む町です。


幸いにも5名のスタッフの先生方は全員無事です。

地震が来たらすぐに高台に逃げろ、という津波教育を

たたき込まれているため、命は守られました。

いまこの瞬間も避難所などで被災した方々のお手伝いを

しているのではないかと思います。

家族の安否が確認できない人もいます。


活動の拠点である南三陸町環境活用センターも

津波に飲まれてしまいました。

あの時、体育館で観たきれいな海藻おしばの見本も、

飼っていたクチバシカジカも、撮りためた貴重な写真も、

すべてなくなってしまいました。


皆さんの作品は、特別授業後、大急ぎで仕上げてもらい

東京へ発送済みでしたので難を逃れ、

今日お手元に届いていると思います。


あたし・主婦の頭の中


涙が止まらなかった。


100人を超える6年生が最低1人2枚作った作品を

3月1日に南三陸町に持ち帰り、

3月11日の震災前には発送して下さった・・・

スタッフの方々は、

どれだけ大変な思いで作業して下さったことだろう。

私たちのために、

一所懸命急いで作り上げて下さったに違いない。


そんなスタッフの方々のことを思うと、

胸がいっぱいになった。

海藻おしばのしおりとハガキを手にしながら、

私は思った。

何か南三陸町の人たちの力になりたい、

今度はこちらから返すことはできないだろうか?


そう考えていた時だった。

南三陸町でネット検索をしていた時に、

このプロジェクトを見つけたのだ。


あたし・主婦の頭の中


早稲田大学の大学院の講師である

西條剛央先生と北川貴英さんが作られたプロジェクトで、

現地で避難生活を送っている「さかなのみうら」さんから

「今、現地で何が必要か?」を聞いて、行政を通さずに、

南三陸町で唯一営業しているヤマト運輸の営業所に

直接、物資を送るとプロジェクトだった。


私が見た2011年4月2日の

『送って下さい最新情報』にはこう書いてあった。


・缶詰、真空パックなど常温保存のできる食品。

 おかずとなるようなもの


・カップラーメン


・お酒、たばこ(銘柄不問)


・野菜ジュース


・文具(ペン、ノート、メモ帳)



それを見て、私はこれだ!と思った。

今、南三陸町で必要とされているものを送ろう!


カップラーメンをスーパーで買って、

段ボールに詰め、コンビニから宅急便で送る?

それとも、100円ショップに行って、

文具を買って、送るべきか・・・


そんなことを考えているうちにどんどん時間が過ぎて行った。

そうなると、今度はこんなことを思い出した。


あたし・主婦の頭の中


避難所に有り余るほどの救援物資が

届けられる様子を新聞やテレビで見ることもある。


具体的にカップラーメンとか文具とか記されているのは

送る側としては助かるが、

でも、今、どれだけの人がこのサイトを見て、

その物資を避難所に送られたのかも知りたい・・・


まだ間に合うだろうか?出遅れてしまったか?

と考えているうちにまた時間が経っていった。


自分の行動力にヤキモキしていたそんな時、

このプロジェクトに新たな動きがあった。


あたし・主婦の頭の中


ふんばろう南三陸町プロジェクトが

西條先生とたくさんの協力したいという方たちの

ツイッターなどの呼び掛けによって、

『ふんばろう 東日本支援プロジェクト』 と名前を変え、

南三陸町だけではなく、もっと広範囲の避難所へ

物資を届けるプロジェクトになっていたのだ。


それに伴い、アマゾンに

欲しいものリストから直接被災地へ支援と

いうページが設置された。


ボランティアの方が避難所で今必要なものを聞いて、

アマゾンの欲しいものリストに載せる。


支援したい側は、

買いに行ったり、パッキングしたり、

避難所の住所を自分で入力する必要もなく、

自分たちが普段アマゾンで買い物をするように、

ボタンを押して、購入すれば、

直接避難所に物資が届けられるというサービスだ。


また個数も表示されていて、誰かが購入した段階で

個数の残数がわかったり、個数が達成できれば

欲しいものリストからその品物が消えるので

必要以上の物資が現地に届くという心配もない。


物資もテレビなどの少し値の張るものから、

ハンガーや靴下など、小額でも買える品物と様々なので、

自分ができる範囲で支援することができる。


このサ―ビスのお陰で、今まで思い悩んでいたことが

一気に解決した。


このプロジェクトは、

その後、徐々にツイッターなどで広がり、

マスコミでも取り上げられ、

私が記事に書くまでもなく、ご存知な方も多いと思いながらも、

今日、記事に書いたのは、

私が友達にこのプロジェクトのことを話すと

「そんな支援の仕方があるなんて知らなかった」という人も多く、


あたし・主婦の頭の中

とすごく喜ばれるからだ。


支援する方法は人それぞれ様々、

ただこういう方法もありますということで書いてみました。


ご興味のある方は・・・


ふんばろう東日本支援プロジェクトのHPこちら から。

西條先生のツイッターこちら

ぶんばろう東日本支援プロジェクトツイッターこちら



理科の先生の手紙には続きがある。


いつまた海藻おしば講座が開けるようになるか分かりません。

私たちの学校がこのセンター最後の講座だったねと

言われることのないよう、精一杯応援していきたいと思います。


今夜のニュースを見ながら南三陸町のこと、ワカメのこと、

光合成色素のこと、様々な色をした海藻に触れたときの感触とにおい、

指導して下さったスタッフの方の顔などを思い出してみてください。

物はなくなっても、思い出はずっと心の中に残っていくことができますから。


親子で参加した理科の特別授業。

私も娘と一緒に作った海藻おしばを眺めながら、

またどこかの学校で、

私たち親子が楽しく学んだ海藻おしばの特別授業が行われる日

を願ってやみません。


そうして、そのために自分ができることをしていきたいと思います。

私がアマゾンで購入した物資が、

被災地の皆さんの役に立ている様子を思い浮かべながら、

これからも、継続的に協力して行こうと思ってます。




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お世話になった理科のM先生、もしこれを御覧になっていたら、お手紙の一部を掲載させて頂いたこと、お断りもせず申し訳ございません。何度か連絡をしようと思ったのですが、ブログをしていることから話さなければならず、躊躇ってしまいました。海藻おしばと先生から頂いたお手紙がきっかけで『ふんばろう東日本支援プロジェクト』ことを知ることができました。先生の書いてくださったお手紙なしには書けず、先生ならご理解して下さる頂けると願いながら・・・。