リレーエッセイNo.6 「乳幼児の保湿に思うこと 樺島重憲先生」

日本子ども健康科学会事務局でございます。平素より当学会にご高配賜りありがとうございます。

リレーエッセイ第6回目は、川崎市高津区溝口の小児科・アレルギー科  えがおの森こどもアレルギークリニック 院長 樺島重憲先生です。

「保湿剤をできるだけたくさん処方してください。」小児科の外来をやっていて、ここ10年ほどで乳幼児の保護者からよく聞かれるようになった台詞です。時には、「出せるだけたくさん出してください。」と言われることもあります。そのたびに、もやもやとした複雑な思いにとらわれます。というのも、ここにいくつかの問題が重畳しているからです。

  • 全ての乳幼児に保湿が必要か?

10年ほど前まで、今ほど多くの乳幼児が保湿されていませんでした。熱心に保湿されるようになったのは、2014年に「新生児期から保湿をするとアトピー性皮膚炎の発症を予防できる」という2本の論文が日本と欧州から発表されてからのことだと思います。この情報は多くの育児情報誌やインターネットで拡散され、今や「赤ちゃんの保湿」は育児の常識となった感があります。しかし、2020年に、より大規模に行われた追加研究の結果が発表され、そこでは「新生児期から保湿をしても、アトピー性皮膚炎は予防できない」と結論されてしまいました。相反する研究結果が出てきたのはなぜか・・・?現在のところ、すべての乳児に保湿が必要なのではなく、家族にアトピー性皮膚炎の人がいるような発症リスクが高い乳児に限って、適切なスキンケアをすることでアトピー性皮膚炎を減らせるのではないか、と推測されています。保湿剤に含まれる防腐剤に、わずかながら有害な作用があるとも言われており、健康な乳幼児にいったいどこまで保湿が必要なのか、と考えさせられます。

  • 「予防」は健康保険の対象ではない

アトピー性皮膚炎の発症リスクが高い乳児については、保湿が有用であると考えられるわけですが、それでも「発症予防」に保険適応はありません。健康保険の対象は、原則疾病の治療です。ですから、皮脂欠乏症(乾燥肌)で困っているのであれば、保険で保湿剤を処方できますが、アトピー性皮膚炎の予防のために保湿をするのであれば、自費で保湿剤を購入し使用してもらうのが本来のあり方です。しかし、時間が限られる外来で保湿に関わる諸々の話をして、挙句に処方を断れば、保護者との信頼関係が損なわれるのは目に見えています。処方で保湿剤を貰えれば、多くの自治体では乳幼児医療で無料ということもありますし・・・。結局、「保湿しないとカサカサするんですね(皮脂欠乏症ですね)?」と最低限の確認をして、処方することになります。

  • 不適切な処方薬の使用

処方薬の保湿剤にはいくつか種類がありますが、現在小児科の外来で「保湿剤」と言えば、ほぼ100%「ヘパリン類似物質」を指します。2017年に、ヘパリン類似物質が美容によいという情報がインターネットに流れ、美容目的と思われる処方希望が、皮膚科や小児科の外来で増えたことがありました。このため一時は保湿剤を健康保険の対象から外そうか、という議論が出たほどです。ただ、それでは本当に保湿剤を必要とする患者さんが困る、ということで関連学会から反対意見が出て、医師が保湿剤の適正な処方に努めるということで落ち着きました。その影響で、今も保湿剤を思うように処方しづらい状況が続いています。重症のアトピー性皮膚炎の患者さんに、毎日全身にしっかり塗れるだけの保湿剤を処方しようとすると、保険で許される量を超えてしまう、ということが起きています。一部の心ない人たちのふるまいのせいで、本当に薬を必要としている人たちが不便な思いをしていることに、割り切れない思いがします。

・・・と、他にも書き出せばきりがないのですが、保湿剤をめぐっては、何かとすっきりしない問題がまとわりついているのです。すべての人に適切な情報を届けることの難しさ、一部の不適切な行動を取る人たちのためにルールがどんどん増えていく息苦しい世相、小児医療費の無償化に関する議論、などなど、解決の難しい問題が頭に去来する中、今日も「保湿剤多めにください」と言われて、処方箋を出したのでした。

えがおの森こどもアレルギークリニック 樺島重憲

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