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本当に最善の方法なのか? 検証で「旧態依然」を変えていく

山口 誠 Yamaguchi Makoto

Yamaguchi Makoto 千葉市消防局 緑消防署消防第一課長 消防司令長

Interview

本当に最善の方法なのか? 検証で「旧態依然」を変えていく

職人気質でエキスパートとなれる職業に就きたかった。
そんな考えで選んだ職業は消防。そして、救急のエキスパートとなった。
大規模災害で消防の組織力の凄さを感じ、組織力を磨き、人助けに貢献できる組織を作ろうと、若手育成や医療関係との懸け橋になるため奮闘する。

文◎新井千佳子
Jレスキュー2018年1月号掲載記事

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現場経験の少ない若手に実践的な訓練を実施
若手の能力向上とともにベテランの技を伝承する

実践的訓練で「経験」と「技」を若手に伝授

消防の最も基本的活動ともいえる消火活動は、火災種別により戦術は違えども今も昔も燃焼物体に対し放水し、火災を鎮圧、鎮火させるというスタンスに変わりはない。しかし近年、消防の現場は変容を遂げている。救急・PA出動は増加しているが、火災出動は住宅用火災警報器の普及などによりおおむね減少しており、火災現場の経験が不足している隊員が増加しているという。

まさに今、若い消防隊員に圧倒的に足りないのが「現場経験」だ。

消防活動は、特に消火活動や人命救助活動において危険が伴うなかで、迅速かつ確実な活動が求められる。そのためには、経験に裏打ちされた高度な技術や知識、判断が必要となる。こうした経験や技術を、火災現場での経験に乏しい若手にどう伝えていくか。どの消防本部でも悩ましい問題だと聞く。

そうした現状を打破すべく、千葉市消防局緑消防署は平成28年1月より、火災防ぎょの実践的訓練に特化した「警防活動訓練」を定期的に実施している(この訓練の模様は本誌2016年5月号にて紹介)。この訓練を企画したのが、千葉市消防局緑消防署消防第一課課長の山口誠だ。

「緑消防署の管轄エリア内には当局の消防学校がある。初任科生の授業がない期間、若手の訓練に利用できるのではないか」

管内であれば訓練参加隊の警防態勢に支障がない状態での実施が可能であり、地の利を活用しない手はない。さっそく訓練項目を洗い出し、訓練内容を作成、実施に至った。

訓練ではベテラン隊員が指導役に回り、たとえば車両の部署位置、ホース延長、ポンプ操作、管鎗の持ち方などまで、気付いたところを片っ端から指摘していく。

この「警防活動訓練」によって、実践的な訓練による現場対応力アップのほかに、ベテラン隊員が若手隊員の技術レベルを把握できたのも大きな成果だったという。各隊員ができることを把握しておくことは安全管理の面でも非常に重要だからだ。

またこの訓練を通して山口は、若手にとってわかりにくい操法・活動基準、応用的な部分について洗い出し、「緑消防署火災現場活動基本ガイド」を作成した。ガイドブックは、写真が多く取り入れられ、文章はポイントを絞り簡潔に記載されたもので、ビジュアルで確認できるわかりやすい資料となった。

今回の取材時には、3~4年目の若手を対象にした「屋内進入」の個別訓練を行っていた。こうしたある程度の経験を重ねてきた隊員たちの訓練の場合、命の危険があるとき以外はたとえ間違っていたとしても山口は訓練を止めることはしない。訓練終了後、若手たちが訓練を振り返り問題点を見つけ、それをどう修正するか話し合うのを見守りつつ、具体的なアドバイスをする。

「こうした訓練を重ねることで若手が自分たちで自身の力量、隊の力量を把握し、積極的に意見や話し合いを行って問題点を見つけ、自分たちで潰していくようになった」

訓練を続けることによって、若手は実践力を身につけ、ベテラン職員は若手に「技」を伝授できる。

「災害が減少傾向にある現在は、どれだけ実践的な訓練を重ねるかが重要になる。実践的な訓練を経験することで、現場でどう動くのが最善か、感覚的に体で覚えていってほしい」

実践的な訓練を実施し、若手の能力向上とともにベテランの技を伝承する
実践的な訓練を実施し、若手の能力向上とともにベテランの技を伝承する
救急現場で活躍後、救急業務畑で尽力

山口は消防の世界に入ってからほとんどを救急隊で活動してきた。平成3年に救急救命士法が制定され、平成4年4月に第一回の国家試験が行われ救急救命士が誕生したが、山口は救急振興財団が東京に救急救命士の養成研修所(東京研修所)を開設して2期目の研修生であり、平成6年に行われた6回目の国家試験の合格者(当時国家試験は4月と9月の年2回行われていた。平成18年度から年1回)だ。救急救命士の創生期を支える1人となった。

「救急隊は消防の中では特異な立ち位置だと感じている。消防は基本的に組織力で活動していくものだが、救急隊は手技や知識が豊富で優秀な救急救命士が一人いれば助かる命が多くなる、とてもシビアな世界だ。だから自身の手技や知識を高めるため、学べることは貪欲に学んだ」

救急隊の救急救命士として現場で20年、特定行為が増えるごとに認定を受け、また積極的に各種様々な講習会、研修会に参加するなど、救急救命士としての技量、知識を蓄え、自身の能力の向上を図った。ベテランとなってからは、JPTEC、ICLSのインストラクターの資格も取得し、後進の育成にも力を注いだ。

平成21年に本部の警防部救急課に配属となってからも、「ひとりでも多くの命を救う救急とは」という命題の下に、救急業務に取り組んだ。

たとえば「指導救命士制度」。平成26年5月に消防庁から、救急業務の質の向上のために、指導救命士を中心とした教育指導体制の構築のための必要な取り組みを図るよう周知された(『救急業務に携わる職員の生涯教育のあり方について』平成26年5月23日・消防救第103号)が、その4年前となる平成22年4月からすでに千葉市消防局では、消防救急業務規程で「指導救命士」を位置づけ、運用要綱を設けて教育体制を構築していた。

ほかには千葉市消防局では千葉大学付属病院と連携して、消防ヘリによるドクターピックアップ方式の救急活動を平成24年1月から開始している。これは、重症傷病者が発生し119番通報を受けた場合に、救急車と消防ヘリを同時に出動させ、救急車は傷病者を運び、消防ヘリは救急医をピックアップし救急車とドッキングさせ、傷病者をいち早く医師の管理下に置くことで救命率の向上を図る取り組みだ。市内には公園などの緊急時離着陸場(ランデブーポイント)が64か所あり、救急車と消防ヘリは現場近くのポイントで合流し、早急な治療が必要な場合などは、医師が傷病者の処置をしながら消防ヘリで病院に搬送する。

いずれも実現・実施に向けて山口らが尽力し、千葉市消防局が実施した先進的な取り組みである。

消防の組織力の凄さを目のあたりに

山口が消防人生のほとんどを救急隊として活動してきたのは前述の通りだ。救急隊は大抵3人のユニットで動き、3人で最善を尽くすという意識が強く、消防といってもあまり大きな組織として動く活動を経験してこなかった。

しかし現場を離れ本部の救急課勤務となってから緊急消防援助隊など、組織としての消防を動かす取り組みに関わることが多くなった。本部要員は緊急消防援助隊の指揮支援隊として派遣される。東日本大震災の際には千葉県市原市のコスモ石油LPGタンク火災・爆発現場に4日間派遣され、その後、指揮支援隊として福島県消防応援活動調整本部に派遣された。福島県内の緊急消防援助隊救急部隊は、一時は最大で10都県からなる140台もの救急隊で搬送活動に従事したという。100名を超える救急搬送オーダーや、長距離搬送、給油場所などのバックアップ体制確保など、各関係機関の協力を受けての大規模な活動を経験した。

「東日本大震災の経験を通し、消防の活動は一人のスーパースターがいても駄目で、人命を救うためには大きな組織力が必要であり、それが有効なのだと感じるようになった。こんな話をすると、いまさらか山口、30年以上も経ってから気づいたのかと言われそうだが(笑)。自分をはじめ救急救命士は大部隊で活動することが少なく、組織で動くという意識が少ない。しかし、日常の現場を離れ多くの隊を指揮する立場になった際に、部隊で助けるという意識がないと部隊も動かせないし、効率的に人助けもできない。自分の経験を踏まえ、救急隊の隊員には『消防は組織力で助ける』のだ、ということを意識的に話している」

屋内進入訓練。筒先担当員1名、検索員1名、活動監理員1名の3名による最少人数による検索活動を行う。
屋内進入訓練。筒先担当員1名、検索員1名、活動監理員1名の3名による最少人数による検索活動を行う。

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