救急救命士は、現場や救急車内で傷病者を救護する職業です。高齢化の進展で救急搬送者が増加すれば、救急救命士のニーズも右肩上がりに増すでしょう。救急隊員との違いや働き方の特徴、特定行為の内容について詳しく解説します。
救急救命士とはどんな職業?
人の命を救う職業の1つとして、救急救命士が挙げられます。救急医療のスペシャリストであり、国家資格がない人は業務に従事できません。救急救命士の役割や、救急隊員および看護師との違いについて理解を深めましょう。
救急車内や現場で病院前救護を行う
救急救命士は、現場や救急車内で「病院前救護(プレホスピタルケア)」を担当する職業です。病院前救護とは、医療機関に搬送するまでの間、傷病者に対して適切な応急処置や救急救命処置を施すことを指します。
業務に従事できるのは、救急救命士の国家資格を取得した人だけです。消防署に勤務するケースが多く、救急車の出動要請があれば、救急隊員とともに救急車に乗り込みます。
病院到着後は、医療関係者に傷病者を引き継ぎ、医師に状況や処置の内容を報告します。出動要請がないときは、シミュレーション訓練や救急講習の準備、救急用機材類の点検確認、最新の医療情報の確認などを通して、知識と技術の向上に努めるのが一般的です。
参考:救急救命士 - 職業詳細 | job tag(職業情報提供サイト(日本版O-NET))
救急隊員や看護師との違い
救急隊員は3名1組で動くのが基本で、うち1人は救急救命士でなければなりません。救急救命士法第2条第2項において、救急救命士は以下のように定義されています。
厚生労働大臣の免許を受けて、救急救命士の名称を用いて、医師の指示の下に、救急救命処置を行うことを業とする者
救急隊員が行えるのは応急処置のみですが、救急救命士は重度傷病者に対する「救急救命処置」を施せます。
また、救急救命士と看護師は傷病者を救う点では共通していますが、役割・仕事内容・必要な資格が異なります。
救急救命士の主な役割は「病院前救護」ですが、看護師の役割は、医療機関で傷病者の世話や医師の補助をすることです。「現場に医師がいるかいないか」という点も、両者の大きな違いでしょう。
救急救命士に認められた「特定行為」とは?
救急救命処置とは、重度傷病者に対して行う処置です。中でも、医師の具体的な指示を受けるものは「特定行為」と呼ばれ、「指示に必要な情報が医師に伝えられていること」「医師と救急救命士が常に連携を保っていること」を前提に行われます。
従来の特定行為は、心肺停止状態の傷病者が対象でした。しかし、救急救命士法施行規則の改正(2014年4月1日施行)以降は、心肺機能停止前の傷病者に対する特定行為が認められています。特定行為の種類は以下の通りです。
<心肺停止の傷病者への特定行為>
- 乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保のための輸液
- 器具を用いた気道確保
- アドレナリンの投与
<心肺機能停止前の傷病者への特定行為>
- 乳酸リンゲル液を用いた静脈路確保および輸液
- ブドウ糖溶液の投与
参考:救急救命士法施行規則の一部を改正する省令等の施行について|厚生労働省
救急救命士の有資格者数
救急救命士になるには、国家試験に合格した上で、厚生労働大臣の免許を受ける必要があります。2022年3月31日時点における、免許登録者数は6万6,899人です。
「令和4年版 消防白書」によると、救急救命士を運用している消防本部は、全国723消防本部のうち722本部で、運用率は99.9%に達している状況です(2022年4月1日時点)。
救急救命士の資格を持つ消防職員は4万2,495人おり、うち2万9,389人が救急救命士として活躍しています。
救急車の救急出動件数は、2021年の1年間で619万3,581件(対前年比26万304件増)でした。高齢化の進展を受け救急搬送の需要が増しており、「救急救命士の資格を有する消防職員」や「救急救命士として運用される救急隊員」は今後も増えると予想されます。
参考:令和4年版 消防白書
救急救命士の勤務先
救急救命士の資格を取得した人は、消防署をはじめとするさまざまな職場で活躍できます。代表的な勤務先を確認しましょう。
消防署
救急救命士の勤務先で最も多いのが、消防署です。厚生労働省の資料によると、救急救命士免許登録者の66%が、消防職員として勤務しています(2018年3月末時点)。
救急救命士は、主に現場と救急車内で救護を行います。救急車は消防署が所有しているため、救急救命士の資格を生かすのであれば、消防職員を目指すのが一般的です。
消防職員になるには、各自治体が実施する消防官採用試験(公務員試験)に合格しなければなりません。消防職員として採用された後は、消防学校で訓練を受けます。
病院
本来、救急救命士の業務範囲は「傷病者を医療機関に搬送するまで」とされており、医療機関での救急救命処置は認められていませんでした。しかし、2021年に救急救命士法が改正・施行され、救急救命処置の範囲が「救急外来まで」に延長されています。
救急救命士の活躍の場は病院内にまで広がりましたが、対象となる傷病者や処置の実施場所、実施者については、さまざまな規定があります。以下は、救急外来で働く上での規定の一例です。
- 対象となる傷病者:救急診療を要する重度傷病者
- 救急救命処置を実施する場所:救急外来・救急初療室・各種検査室・待合室・トイレ・廊下など
- 実施者:事前に一定の研修を修了していること
参考:医療機関に勤務する救急救命士の救急救命処置実施についてのガイドライン
海上保安庁・自衛隊
数は少ないものの、海上保安庁や自衛隊で活躍する救急救命士も存在します。海上では、海上保安庁の船舶が救急車の役割を担います。海難事故での傷病者を救うため、機動救難士や潜水士との兼任を求められるケースもあるでしょう。
自衛隊に所属する場合、衛生員として勤務するのが通例です。人的戦力の維持・向上に向け、診療の補助や看護、隊員の健康管理などに携わります。
衛生員として従事すれば、準看護師や診療放射線技師、臨床検査技師などの資格も取得できます。
民間救急
近年は、消防署以外で活躍する救急救命士も増えています。消防の施設が整っていない地方部では、民間救急が傷病者を病院に搬送する役割を担うのが実情です。救急車の出動時と同様、救急救命士は医師の指示の下で特定行為を行わなければなりません。
また、遊園地・空港・スポーツ大会といった、多くの人が集まる場所では緊急事態が発生しやすく、民間救急搬送会社や警備保障会社などが救急救命士を確保するケースも多く見受けられます。
介護福祉関連の資格を取得すれば、介護タクシーの乗務員としても働けます。
労働環境の特徴と収入
救急救命士を目指す人は、労働環境の特徴や年収を把握し、自分に向いている職業かどうか判断しましょう。勤務先はさまざまですが、ここでは消防署に勤務するケースについて解説します。
交替制の24時間勤務が基本
救急車の出動要請があれば、すぐに現場に駆けつける必要があるため、消防署では交替制(2交代制・3交代制)の24時間勤務が基本です。土日・祝日に必ず休みが取れるとは限りません。
当番日・非番日・公休を繰り返すパターンで、当番日の翌日は非番日です。非番日は仕事のない1日ですが、緊急の呼び出しには応じる必要があります。
昼夜を問わず出動しなければならず、生活リズムは不規則になりがちです。疲労がたまりやすく、肉体的・精神的にタフな人でなければ務まらない職種といえるでしょう。
平均年収は600万円以上
総務省の「令和4年地方公務員給与の実態」より、消防職の平均年収を算出してみましょう。
- 諸手当を含む給与月額合計:40万3,520円
- 平均基本給月額(給料月額に扶養手当・地域手当のみを含む金額):33万7,309円
- 期末手当と勤勉手当の合計:152万1,164円
平均基本給月額は約33万円ですが、時間外勤務手当や夜間勤勤務手当、休日勤務手当などの各種手当が加わり、給与月額合計は40万円以上になる計算です。
給与月額に期末手当および勤勉手当の額を加算すると、平均年収は636万3,404円(40万3,520円×12カ月+152万1,164円)と算出できます。
救急救命士に向いている人は?
どの職業にも向き・不向きがあります。救急救命士に向いているのは、どのような資質やスキルを持った人なのでしょうか?適性をチェックしましょう。
冷静な判断ができる人
重篤化した傷病者を救う上では、冷静さが求められます。特定行為は医師の指示の下で行いますが、冷静な判断力と処置を的確に行えるスキルがなければ、傷病者の命が助からない可能性もあります。
救急の現場では、いつ何が起こるか分かりません。過去に経験のない事態が発生するケースも多く、いかに的確かつ素早い状況判断ができるかが試されます。傷病者を見てパニックに陥るような人には、任務は務まらないでしょう。
人命救助への強い使命感がある人
救急救命士には、人命救助への使命感が求められます。前述の通り、職場は24時間体制が基本で、昼夜を問わず出動する必要があります。気持ちの切り替えが早く、自分のやるべき仕事を粛々とこなせる人に向いているでしょう。
人の死に直面するのも日常茶飯事で、「将来性があるから」「収入が安定しているから」といった理由ではなかなか続けられません。「1人でも多くの命を救いたい」という強い気持ちがある人は、過酷な現場やハードなトレーニングを乗り越えていけます。
救急救命士になるまでのルート
社会人が救急救命士を目指すには、どのようなルートをたどればよいのでしょうか?救急救命士国家試験を受ける前に、自分が希望する働き方や勤務先を明確にしておきましょう。
救急救命士国家試験の合格が必須
救急救命士になるルートは1つだけではありません。どのルートをたどるにしても、救急救命士国家試験への合格は必須です。
国家試験を受けるには、国が定めた受験要件をクリアしなければなりません。実務経験がない人の場合、文部科学大臣指定の大学や厚生労働大臣指定の救急救命士養成校で専門教育を受け、受験資格を得るのが一般的です。
消防署での勤務を希望する場合、国家試験の合格後に各自治体の消防官採用試験を受験します。自治体によっては、消防官採用試験に年齢制限を設けている点に留意しましょう。
実務経験を積んでから受験する人が多い
消防法に定める講習を修了し、かつ5年以上の救急業務に従事した人(もしくは救急活動に従事した時間が2,000時間に至った場合)は、指定の救急救命士養成所での教育を受けることで、国家試験の受験資格が得られます。
この場合、最初に消防官採用試験を受けて消防署に勤務し、救急業務の実務経験を積んでから、国家試験を受験する流れです。「現場経験の中で学びたい人」や「既に消防署で救急隊員として勤務している人」におすすめのルートといえるでしょう。
ただし、人によっては7年以上の年月を要するため、最短で救急救命士を目指すのであれば、2年制の専門学校に通うのが賢明です。
救急医療のスペシャリストを目指そう
救急救命士として活躍するには、国家試験に合格する必要があります。消防署で働く場合は、消防官採用試験にも合格しなければならず、その道のりは長く険しいものとなるでしょう。
「1人でも多くの命を救いたい」という熱い気持ちがある人は、救急医療のスペシャリストを目指してみてはいかがでしょうか?
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