脱炭素へ向けて、軽いパニック状態にある
――コロナ禍では様々な場面で転換期を迎えていますが、2021年春の状況をどう捉えていますか?
北村:世界中の人が自分自身のアイデンティティや生活スタイルを見直す機会になりましたよね。それが結構いろんなことにリンクしていて、ひいては気候変動や脱炭素というようなところへの意識にもつながってきたんじゃないかと思っています。
新型コロナによって、厄災っていうのは決して夢物語ではなく、自分の身にもふりかかるということを実感しました。“天災”という考え方があるように、日本人は今起こっている災いと原因の部分をあまりリンクして考えないところがありますよね。でも実際のところ、近年増加している災害も温暖化によっておきている可能性は高い。じわじわと自然と共存することができなくなってきていて、今ちょうどその端境期にいるんじゃないかなと思います。人は自分事になって初めて本気で考えるようになる。そういう意味では、コロナが人々の環境意識を高めるきっかけになるだろうと信じています。
藤田:僕も原発の事故がおきて原発のこと考えさせられるようになりましたし、コロナによるライフシフトによって、脱炭素などが現実味を帯びてきたというのはその通りだなと思いますね。
――昨年政府は2050年までに「脱炭素社会」を実現することを所信表明しました。北村さんは再エネや脱炭素に向けたコンサルティングを仕事にされていますが、この脱炭素宣言に対して周囲の反応はどうでしたか?
北村:多くの企業さんが軽いパニック状態にありますね。どうやったら脱炭素まで辿りつけるんだと。一方、私を含め一般の人たちは、まだ危機感を持ちきれていないのではないでしょうか。
藤田:僕も脱炭素化という指針をどう解釈して活動していくのがいいのかと自問自答している最中です。一般的にもこのままいくと大変なことになるよっていうことは認識しつつ、実際のところわからないことも多くて「それってほんと?」っていう疑問を持っている人も多いかもしれません。
北村:脱炭素を考えるときに、できるだけ化石燃料を使わずにエネルギーを生み出す、これが前提となります。みなさん再エネっていうと電気のことだと思っちゃうんですが、熱も交通(移動)エネルギーもあります。なので、電気、熱、交通(移動)すべてを再エネ化、脱炭素するというのが基本の指針になります。ただそれはすごく難しい。熱って灯油や重油といった化石燃料のほうが安くて、扱いやすいんですね。交通(移動)エネルギーにしても、EV車を使ったところで、給電するおおもとの電気が化石燃料で作られた電気であれば二酸化炭素が減らないということになる。
環境に対して、all or nothingというやり方は現実的ではない
――前編にもでてくるのですが、藤田さんも僕も燃費の悪いクルマに乗っているんですよね。それってダメだよなと分かっていながらも、雪国に住んでいると災害時は完全電気もまだこわいとか、単純に古いクルマ好きだとか、個々それぞれの事情があると思うんです。北村さんが今おっしゃったように、EV車にするにしても、充電は再エネであるべきだとか、日常には矛盾や疑問がいっぱいあります。そんな中で、環境に良い選択はなるべくしていきたいという問題意識は一部の人たちにははっきりと芽生え始めているなという感覚はあって
北村:では、燃費が悪いクルマを別のクルマに乗り換えるとしましょう。クルマを廃棄すれば、当然無駄になるエネルギーや物質がでて、環境的にはマイナスのアクションになります。ですから、all or nothingというやり方は現実的ではないんです。今古いクルマに乗っているなら、次はどういうクルマを選ぼうか、電気は再エネに切り替えようかなど自分の中でビジョンを持つことです。目標をたてて、2年後に変えろということではなくて、2050年に向かって着実に変えていこうという話です。そこに向けて、どのルートでどんなふうに進んでいくかというのは個人で決めればいい。まずは意識を変えること。そしてできる範囲内で少しずつ行動を変えていくことがいいと思います。
藤田:僕はあらゆる雪を求めては日本全国、世界中に冒険に出かけているんですけれど、活動にはまず二酸化炭素を排出する移動が伴ってきます。クルマで移動することもそうですし、スノーモービルを使って山に入ることもそうです。活動のために妥協できないことと、環境への意識を向けること。この矛盾したふたつをどうしていったら、腑に落とせるのかなと。僕は長野県の白馬に住んでいるんですが、僕にできそうなことがあればアドバイス伺いたいです。
北村:目標達成に向けては、モチベーションを持つことがすごく大事になってきます。ですので、まず今抱えている問題を藤田さんなりに地域のみなさんに知ってもらう努力をするというのは非常に重要な役割になります。例えば温暖化が自分にとってどういうマイナスがあるのかを考えてみる。白馬であれば、雪が少なくなって自然とのふれあいが減っていく可能性がでてくるであるとか、そうなれば地元で仕事をして生活する人にとっては稼ぎに直接響いてくるというような話がたくさんでてくるはずです。
――まずは多くの人に伝えて、個々が環境問題を自分ごととして捉えていくということですね。
北村:そういう意識の人を一人でも多く増やすことが先決だと思います。脱炭素と温暖化を防ぐことっていうのは地域の中でやることです。個人だけではなく、企業であっても地域との連携が必須なんですね。地域の中で環境意識を高めていけば、その中で必ず何かが起きてきますし、やるべきことが共通化していくんです。
具体的に暮らしに取り入れられる、低炭素なアクションとは
――脱炭素化にむけて一人ひとりがアクションしていかないことには達成しないということでしたけれども、取り入れやすい暮らし方であったり、アクションを挙げるならば?
北村:以前2年ほどドイツに住んでいたのですが、ドイツの人たちの考え方でなるほどなって思うところはたくさんありました。まずは物を大切にするということ。例えば、サンダルであっても底を張替えしてずっと履くんです。物を捨てないんですよね。電化製品や粗大ゴミも外に出しておくとたいてい誰かが持って帰ってくれる。決して新しいものを買うなってことではないのですが、物を大事に、長く使うというのは限られた資源の中でとても有意義なことだと思います。
藤田:僕は仕事上、新しい商品をプロモーションするんですけれど、そこが難しいところでもあります。新しい製品を買うのも楽しいですし、一方でいいものを長く使うっていうのもかっこいいんだよっていうことを素直にもっと発信するべきだと思ってます。
――ノースフェイスでは不要になった服を店頭で回収して、それを原料にまた新たな服を生産するという循環型リサイクルの取り組みをされていますよね。
藤田:「GREEN CYCLE」というリサイクルシステムですね。直営店にボックスがあって、どのブランドの服でも回収しているんです。でも、どうやらノースフェイスの商品っていざ回収しようと思ってもなかなかできないみたいで、ボックスの蓋をあけると他社の製品がほとんどみたいなんです。いい意味ではノースフェイスって長く着てもらえているんでしょうね。最近は消費者も環境に対して配慮しているブランドを選ぶ時代になってきましたよね。
北村:製品の質が良くて、消費者が長く使いたいと思うものを作っているっていうこと自体がある意味、脱炭素、温暖化防止につながっているというように考えられますよね。あとは、生産過程はどうなっているのか、その原材料がどこからきていて、環境への負荷がどれぐらいかかっているのか。環境っていうのは、単純に二酸化炭素の排出量だけではなくて、労働に対する人権問題なども含めた総体的なことです。これからの時代、商品の価値はそういった背景までが関わってきますし、意識したモノづくりをしていかないと企業としてだんだん厳しくなっていくと思います。
それから有効なアクションとして、断熱性能を上げることもひとつです。日本の家屋の断熱って世界の中でも最低レベルなんですよ。家の熱は窓と扉から抜けていくんですが、アルミサッシは熱の約8割を逃してしまうんです。日本の家ではよく使われていますが、ヨーロッパにいくとアルミサッシは建築基準法違反です。ドイツの窓の枠はだいたい木ですね。木製だと熱は逃げませんし、ガラスはペアガラスだったりトリプルになっていることもあります。いくら再エネを使った電気でエアコンだったり他の暖房器具を使用していようと、せっかくいいエネルギーで作った熱を外に逃してしまっては意味がない。なので断熱性能を高めることは、エネルギーを無駄に消費しないということでもあるんです。
藤田:脱炭素するにあたって、例えばクルマを買い換えるとか、再エネを導入するにしても個人レベルではすごくお金がかかるのかなっていうイメージがありました。でも断熱だったり、物を大切にするっていうことは取り入れやすいですよね。新しく行動を起こすことも大切ですけど、これまでの行動をエネルギー消費という視点で見直すことで、目の前のできることを自覚できたので、とても参考になりました。
二酸化炭素の排出量に課金する“カーボンプライシング”という発想
――さきほど商品の価値という話がでましたが、今後は二酸化炭素の排出量をはじめ、環境や人権のことも含めて複合的に評価されていくと思うんです。たとえば、「カーボンフットプリント」(二酸化炭素排出量)を表示している商品もいくつか出始めましたよね。2050年に向けて、他にもこういった動きはでてきそうでしょうか。
北村:今脱炭素にむけて二酸化炭素をカウントしようという「カーボンプライシング」という動きがあります。製品を生産したときに出る二酸化炭素分を金額化し、商品価格に上乗せしましょうというものです。要するに二酸化炭素の排出量に課金するわけですね。100円で作ったけれども、二酸化炭素排出量として10円分を乗せて商品価格は110円にしましょうっていうのがカーボンプライシングです。これが国際取引になると、国境炭素税というものもありますが、要するに二酸化炭素に値段をつけて可視化しようっていうのが今どんどんでてきています。カーボンフットプリントもある意味ではそのうちのひとつですね。この動きはすごく早く話が進んでいますし、そんな遠くないうちに実現していくと思います。
あと値段の可視化というところでもうひとつ、これはドイツから日本に取り入れられようとしている仕組みです。マンションに部屋を借りることとしましょう。10万円の家賃、12万円の家賃のところがあると、12万円の家賃のほうが高いと思うのがあたりまえですね。ところが10万円の家は断熱がしっかりしていなくて月の光熱費が5万円もかかる。一方、12万円の家では光熱費が2万円ですむ。そうするとトータルコストは逆転するわけです。
極端な例ですが、光熱費込み、エネルギー込みでの家賃設定をしなさいっていうことを国土交通省が言っています。この考えもカーボンプライシングに通じるところで、炭素やエネルギーに対して値段をつけて、見える化し、消費者のみなさんに選択してもらおうというものですね。お金っていうもので一般の人も分かりやすい判断基準ができ、結果的に二酸化炭素を減らす動きに持っていこうというのはこれから盛んになってくるでしょう。
――ドイツはエネルギーへのリテラシーが高いですね。
北村:ドイツ人って基本的に自然が大好きなんですよ。休みになると周りの公園であったり、山歩きばかりしています。なので自然が破壊されることにものすごく敏感です。自分の家の庭の木を切るのにも許可がいるんです。この木1本切りたいってなると、その分あそこの山に4本植えてくださいってなりますから。勝手に切ると罰金です。それが当たり前なんです。
移動距離計算してオフセットする。有効なアクションは植林
藤田:お話を聞きながら、僕はアスリートとして何ができるのかなって考えていたんですけれど。今のドイツのお話は、自然が大好きっていう国民性があって、みなさんが自然にコミットすることで再生エネルギーなどにもつながっているということですよね。僕も自然が好きなので、自然の楽しさを伝える活動をまずやっていきたいなと思いましたね。あとは太陽熱、断熱のお話しありましたけれど、キャンプしていると熱ってすごく大事じゃないですか。例えば、寝てちょっと湿った寝袋を太陽熱にあてて乾かすとか、そういった自然のなかでやっていることをもっと伝えることで、みなさんが普段の生活の中でも置き換えてできるっていうことがあるかなと感じました。そういうできることからコツコツとやっていくのがいいのかなって今回腑に落ちた感じがあります。
北村:私は小学校の2年生のときに岐阜県の関ヶ原っていうところに住んでいたんですが、とにかく自然だらけでとにかく楽しくて楽しくて。あの体験っていうのが今も強く残っているんですね。そういった自然をちゃんと残していって人が体験できるようにしてあげる、そこに連れてくるっていうのはものすごく有効です。急に二酸化炭素減らしましょうと言われてピンとこなくても、自然の素晴らしさと楽しさを知ることがいつか必ず役にたつと思います。アスリートの方々もそういうことに自分の力を使っていただくと、ゆくゆくは温暖化防止にも繋げられる話になるのではないでしょうか。
藤田:コロナの中で色々と考える時間も増えたりして、雪山を滑ったり、波に乗ったり、人や自然に会いに行くという活動をするためには移動っていうのが欠かせないことだな、っていうことに改めて気づきました。だけれど、移動を過度にするのもどうなんだろうって思ったりもしていてモヤモヤとしていたんですね。北村さんのお話を聞いていて、矛盾を抱えた中でも自分ができることって、訪れて自然の素晴らしかったところや、再エネのいい取り組みをされているようなところがあればそれを世の中に紹介したりとか、自然を大切にするっていうことを伝えるのが僕にできることだなってよく分かりました。今後力をいれてやっていこう思います。今回はそういう気づきを与えていただいてありがとうございました。
――移動で排出した分の二酸化炭素をどうオフセットするかというのは課題ですよね。
藤田:そうですね。次は電気自動車かなと思っているので、それに向けても色々やっていきたいですし、移動距離計算してオフセットしていくというアクションも、気になっています。実は、ノースフェイスの社内でも、出張などで移動して排出した二酸化炭素の量を計算して、木を植えるとか、色々とやっていこうという話が出ているみたいなんです。どうカーボンをオフセットするのが一番有効的でしょうか?
北村:べたですけれど、やっぱり木を植えるのが一番いいんですよ。再エネを作り出す、木を植える、つまり新たに作り出すっていう部分にどこまで参加できるか。細かいところまで計算しなくても、1万km走ったら木を1本、みたいなことで十分ですよね。そういう誰にでもわかりやすいことをやっていると周囲にも響いてくるのかなって思いますね。
アスリートとクロストークをしてくれた先生を紹介
北村和也(きたむら・かずや)
日本再生可能エネルギー総合研究所 代表、株式会社日本再生エネリンク 代表取締役。 1979年、民間放送テレビキー局勤務。ニュース、報道でエネルギー、環境関連番組など多数制作。番組「環境パノラマ図鑑」で科学技術映像祭科学技術長官賞など受賞。
1999年にドイツへ留学。環境工学を学ぶ。2001年建設会社入社。環境・再生可能エネルギー事業、海外事業、PFI事業などを行う。2009年、 再生エネ技術保有ベンチャー会社にて木質バイオマスエネルギー事業に携わる。 2011年より日本再生可能エネルギー総合研究所代表。2013年より株式会社日本再生エネリンク代表取締役。2019年4月より地域活性エネルギーリンク協議会、代表理事。
現在の主な活動は、再生エネの普及のための情報の収集と発信(特にドイツを中心とした欧州情報)。再生エネ、地域の活性化の講演、執筆、エネルギー関係のテレビ番組の構成、制作。再生エネ関係の民間企業へのコンサルティング、自治体のアドバイザー。地域エネルギー会社(地域新電力、自治体新電力含む)の立ち上げ、事業支援。
藤田一茂
日本三景・天橋立で有名な京都県宮津市で生まれ、日本海と山に挟まれた小さな町で育った藤田一茂は、15歳でスノーボードと出会い、20歳からプロスノーボーダーのキャリアを開始。ビッグエアーなどのコンテストでの活躍を経て、現在ではバックカントリーでの撮影を中心にスノーボードの魅力を創造する活動を行っている。自らも撮影や映像制作、プロデュースを手掛け、国内外問わず旅へ出ては、スノーボードの魅力を発信している。また、雪のない時期は映像制作やクリエイティブなワークの傍、自宅の畑での家庭菜園やスケートボード、波乗り、四季を通して自然のリズムを追いかけた生活を送っている。
HP:https://www.forestlog.net
Instagram:@forestlogd
photo by Eriko Nemoto text by Ryo Muramatsu supported by The North Face