筆者がインターネットを使い始めた頃、ウェブはなかった。インターネットを使用していたのは、コンピューターサイエンティストやマニアだけだった。その後、ウェブが登場して、誰でも使えるようになった。もっとも、「Trumpet Winsock」と「Mosaic」を使いこなせる人なら、という話だが。実際にほとんどの人にウェブへの扉を開いたのは、「Netscape Navigator」だった。これは、30年前に登場し、初めて一般的に利用されるようになった使いやすいウェブブラウザーだ。
1994年、Marc Andreessen氏とJim Clark氏がMosaic Communications Corporationを創設し、すぐに社名をNetscape Communicationsに変更した。同社の主力製品であるNetscape Navigatorは1994年12月にリリースされ、瞬く間に1990年代半ばを代表するウェブブラウザーになった。
Netscapeは驚異的なテクノロジーであると同時に、文化的な現象でもあった。そのユーザーフレンドリーなインターフェースと画期的な機能が、何千万人ものユーザーをウェブに招き入れた。Netscapeは、インターネットを技術者のお気に入りのおもちゃから主流のメディアへと変えた。インターネットの普及前に大人になった人でも、インターネットのない世界を想像するのは難しい。筆者は先頃、ハリケーン「ヘレーネ」によって1960年代の暮らしを余儀なくされ、そのことに気づいた。
では、Netscapeを知らない人が多いのはなぜかというと、Microsoftのせいだ。
Microsoftはインターネットの普及を予期していなかったため、追いつこうと必死だった。同社初のウェブブラウザー「Internet Explorer 1.0」(IE 1.0)では対抗できなかった。1990年代半ばのウェブブラウザー市場は、Netscapeが80%のシェアを握っていた。
次に、Microsoftは「Windows 95」向けの「Microsoft Plus! for Windows 95」というアドオンプログラムで、IEを無料で提供した。その後、新しいOSであるWindows 95にIEを統合した。MicrosoftはPCベンダーに対し、同社の新OSを搭載するとともに、すべてのPCでIEをデフォルトにするよう迫った。
その目的は、他のPC OSベンダーの排除というわけではない。「OS/2」は失速しつつあったし、登場したばかりの「Linux」を使用していた人はほんの一握りだった。Windows 95の最大の使命は、インターネットの支配権をNetscapeから奪い取ることだった。
Netscapeは、Microsoftの行為が違法な独占にあたるとして同社を提訴し、勝訴したが、その勝利に大きな意味はなかった。控訴審が終わる頃のNetscapeは倒産寸前の状態で、2008年3月1日にはNetscapeのサポートがついに終了した。しかし、Netscapeの物語はそれで終わりではなかった。
Netscapeとテクノロジー
Netscapeの影響は生き続けている。まず、ウェブテクノロジーへの貢献は非常に多く、広範囲に及ぶ。例えば、好き嫌いは別として、Netscapeはプログラミング言語「JavaScript」が生まれた場所だ。同言語は今もウェブ開発の基盤であり続けている。
Netscapeは暗号化プロトコル「Secure Sockets Layer」(SSL)も開発した。SSLの派生技術が、あらゆるウェブセキュリティとオンライントランザクションを支えている。SSLがなければ、AmazonやeBay、PayPalは存在しなかっただろう。
こちらも賛否両論あるが、クッキーを生み出したのもNetscapeだ。この小さなデータパケットは、ユーザー追跡とパーソナライゼーションを大きく変えた。現在も地球上のほぼすべてのウェブサイトで使用されている。Netscapeが普及させて、今では当たり前になっている機能は、戻るボタンやアニメーションGIFのサポートなど、数多くある。
Netscapeとオープンソース
市場シェアが縮小し、先行きに危機感を抱いたNetscapeは、窮余の策を講じた。Navigatorのコードのオープンソース化だ。現在の企業は毎日のように自社プログラムをオープンソース化しているが、当時はプロプライエタリーなコードをオープンソース化する企業はほとんどなかった。つまり、Netscapeは1998年、ソースコードを公開した最初の企業の1社となった。そのコードが最終的に「Firefox」になる。
Mozillaの初期のコードベースは、Netscapeのブラウザーコードから直接得たものだった。このコードは最終的に大部分が書き直されたが、Mozillaの開発の取り組みの出発点となった。
例えば、元々Netscapeが開発したレンダリングエンジン「Gecko」は、今もFirefoxで使用されている。GeckoはMozillaのテクノロジーのコアコンポーネントとなり、メールクライアント「Thunderbird」など、他のインターネットプログラムでも使われている。
コードだけではなく、初期のMozilla開発者も、共同創設者のMitchell Baker氏やBrendan Eich氏など、Netscape出身者が多かった。彼らの経験とビジョンが、Firefox開発の具現化に役立った。
Firefoxは苦境に立たされている。現在の市場シェアは3%未満で、最盛期だった2010年の34.1%から大幅に低下した。それでも、Firefoxはマスマーケットにおけるオープンソース初の成功例の1つであり、影響力を維持している。