2022年12月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

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2022年12月

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特措法を適用する根拠を失った新型コロナウイルス感染症

 12月21日に、COVID-19を新型インフルエンザ等対策特別措置法の対象とする(政府対策本部を設置する)根拠が消えた。以下は、全体像の説明である。

 感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症法)では、新型コロナウイルス感染症は、
「新たに人から人に伝染する能力を有することとなったコロナウイルスを病原体とする感染症であって、一般に国民が当該感染症に対する免疫を獲得していないことから、当該感染症の全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの」(第6条第7項3)
と定義され、特措法の対象となるのは、
「国民の大部分が現在その免疫を獲得していないこと等から、新型インフルエンザ等が全国的かつ急速にまん延し、かつ、これにかかった場合の病状の程度が重篤となるおそれがあり、また、国民生活及び国民経済に重大な影響を及ぼすおそれがあること」(強調は引用者。第1条)
とされている。現在は感染症法上の位置づけと特措法上の位置づけが同時に議論されていて混乱を招きやすいが、特措法が適用される条件となるのは、両法の差である「かかった場合の病状の程度が重篤」である。
 病状の程度については具体的に季節性インフルエンザとの比較が求められており、第15条第1項では、
「かかった場合の病状の程度が、季節性インフルエンザにかかった場合の病状の程度に比しておおむね同程度以下であると認められる場合を除き、政府対策本部を設置するものとする」
とされている。そもそも異なる感染症の間で比較することは難しいとの専門家の意見もあるが、法令で示されている以上、比較せざるを得ない。

 法令の要件を満たすように、現在の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(2022年11月25日変更)では、特措法が適用される根拠を以下のように説明している。
「重症化する人の割合や死亡する人の割合は年齢によって異なり、高齢者は高く、若者は低い傾向にある。令和4年3月から4月までに診断された人においては、重症化する人の割合は 50 歳代以下で0.03%、60歳代以上で1.50%、死亡する人の割合は、50 歳代以下で 0.01%、60歳代以上で1.13%となっている。なお、季節性インフルエンザの国内における致死率は50歳代以下で0.01%、60歳代以上で0.55%と報告されており、新型コロナウイルス感染症は、季節性インフルエンザにかかった場合に比して、60 歳代以上では致死率が相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある。ただし、オミクロン株が流行の主体であり、重症化する割合や死亡する割合は以前と比べ低下している。」(強調は引用者。4-5頁)
 これを裏付けるのは厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボードの評価であり、12月14日までは、
「オミクロン株による感染はデルタ株に比べて相対的に入院のリスク、重症化のリスクが低いことが示されているが、現時点で分析されたオミクロン株による感染の致命率は、季節性インフルエンザの致命率よりも高いと考えられる。また、肺炎の発症率についても季節性インフルエンザよりも高いことが示唆されているが、限られたデータであること等を踏まえると、今後もさまざまな分析による検討が必要。」(強調は引用者。4頁)
とされていた。この評価の根拠は、9月7日のアドバイザリーボードに提出された「第6波における重症化率・致死率について(暫定版)」と、3月2日のアドバイザリーボードに提出された専門家14名の連名資料「オミクロン株による新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの比較に関する見解」である。基本的対処方針に引用されている前者のデータが最新のものに更新されないことが、11月24日持ち回り開催の基本的対処方針分科会で指摘されていた(その問題点については、「第7波のデータが公表されない問題点」を参照)。

 12月21日のアドバイザリーボードの評価では、季節性インフルエンザと比較する記述が消えた。これは、12月14日のアドバイザリーボードに提出された、押谷仁、鈴木基、西浦博、脇田隆字氏による「新型コロナウイルス感染症の特徴と中・長期的リスクの考え方」に基づいていると考えられる。また、12月21日のアドバイザリーボードにやっと提出された、第7波のデータは、12月14日時点の評価を支持するものではない。

 これまではデータに基づく分析によって特措法の適用の根拠が基本的対処方針に示されていたが、その土台が変化して、根拠が失われたことになる。
 これを承けて、昨日にも政府対策本部の廃止の公示があるかと思ったが、動きはなかった。政府が状況の変化に機敏に対応していく能力を見せなければ、政府への信頼をなくした個人や事業者の協力が得られず、感染症対策の実効性を損なう事態になる。何をしているのだろうか。

(参考資料)
「オミクロン株による新型コロナウイルス感染症と季節性インフルエンザの比較に関する見解」(2022年3月2日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第74回)提出資料)

「第6波における重症化率・致死率について(暫定版)」(2022年9月7日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第98回)提出資料)

「直近の感染状況の評価等」(2022年12月14日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第110回)提出資料)

「直近の感染状況の評価等」(2022年12月21日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第111回)提出資料)

「新型コロナの重症化率・致死率とその解釈に関する留意点について」(2022年12月21日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第111回)提出資料)

(関係する過去記事)
「季節性インフルエンザの致死率」

「新型コロナウイルス感染症対策本部の廃止」

「新型コロナウイルス感染症対策本部はいつ廃止できるのか」

「第6波後半の致死率(そして馬はいつまでも幸せに暮らしました)」

「第7波のデータが公表されない問題点」
https://iwmtyss.blog.jp/archives/1081317484.html

第7波のデータが公表されない問題点

 弱毒化したCOVID-19が新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下、特措法)の対象となるのかについて議論が起きている。こうした状況での運用が恣意的とならないように、特措法の対象となる条件はある程度明示的にあらかじめ法律に記されている。そして、「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」(以下、基本的対処方針)では、条件が満たされることがデータに基づいて記載されてきた。
 11月24日に持ち回りで開催された新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会(以下、分科会)の議題である基本的対処方針の変更に対し、大竹文雄委員と小林慶一郎委員の意見書では、基本的対処方針の記述が第6波のデータのままで第7波に更新しておらず、それを更新すれば特措法の適用対象でなくなるのではないか、という意見が出された。

「現在、新型コロナ感染症が特措法の対象であるという根拠は「新型コロナウイルス感染症は、季節性インフルエンザにかかった場合に比して、60歳代以上では致死率が相当程度高く、国民の生命及び健康に著しく重大な被害を与えるおそれがある」ことである。他の年齢層では季節性インフルエンザと比べて新型コロナウイルス感染症の重症化・死亡リスクは既に相当程度高くないことは明らかである。そして上記したように、第7波においては60歳代以上の致死率に限っても季節性インフルエンザと比べて「相当程度高いとは言い難い」と判断するのが自然である。
基本的対処方針の新型コロナウイルス感染症の重症化率・致死率の情報は、第7波の重症化率・致死率のデータに速やかに変更すべきである。法律に基づいて人権制限を行う国であれば、最新データへの数字の変更に伴って、新型コロナウイルス感染症は特措法の対象から外れ、政府対策本部は廃止されることになる。その後、もし重症化率・致死率が上昇することがあれば、その時点で速やかに特措法の対象に戻し、政府対策本部を新たに立ち上げれば良い。」

 データが更新されないことについての政府の回答が、議事録に記載されている。

「・ 対処方針P4の重症化する人の割合・死亡する人の割合に関するデータについては、現時点で、厚生労働省において、ADB・専門家との間で調整中と承知しており、今回の基本的対処方針の改正で更新することが難しいと考えております。できる限り速やかにデータを公表し、公表され次第対処方針にも反映するようにいたします。
・ なお、ADB等で提出されていた自治体のデータについては、厚労省によれば、重症化を判断するに当たっての十分な観察期間を設けられているか等の一定の課題があるデータとされており、こうした点にも対応したデータとして、3自治体協力のもと算出した重症化率・致死率を公表しているとのことです。(※石川県、茨城県、広島県の協力を得て算出した重症化率・致死率。別添資料)
・ ただ、上記(3自治体協力のもと算出した重症化率・致死率)についても信頼区間が記載されていない点をADBにおいて課題として指摘されているため、最新データについてはADB・専門家と調整中という状況とのことです。」

「調整」だと政策に合わせて分析を調整する(evidence-based policy makingならぬpolicy-based evidence making)ニュアンスが出てしまうが、そのような印象を避けるには「精査」とか適当な表現があるのではないのかとは思うが、それは措いて、他にも以下の4つの重要な問題がある。

①政府の回答の問題点
 第6波のデータは前半と後半の2回出されたが、その公表タイミングから見て、従来と同様の形式であれば、もう公表できるはずである(なお、第6波後半のデータの公表も遅れていて、筆者は「第6波後半の致死率(そして馬はいつまでも幸せに暮らしました)」で問題視している)。公表が遅れていることの政府の説明は、説得力がない。信頼区間が記載されていないことが課題として指摘されていることが理由のようであるが、過去のデータにも信頼区間は示されていないので、なぜ今回、信頼区間を記載するまで待つことになるのか、判然としない。
 また、信頼区間の計算は、時間を要する仕事ではない。一番簡単な方法としては、死亡の事象を二項分布と置けば、公表分の資料から簡単に信頼区間が計算できる。例えば、第6波後半の70代では感染者3,711人のうち死亡者35人(公表されている致死率は0.94%)なので、統計ソフトウエアRを使えば、「binom.test(35, 3711)」のコマンドで、致死率の95%信頼区間が[0.006577874, 0.013092627]とすぐに結果が返ってくる(もちろんR以外の統計ソフトウェアも使える)。日本疫学会サイトにある「新型コロナウイルス感染症の致命率の推計について」で紹介されているVerity et al. (2020)の単純な推定値がこの方法に一致する。これが唯一の方法ではなく、色々と方法がある。時間がかかっているとすれば、どの方法で計算するのかでもめているのかもしれないが、そのことの遅延もつぎの理由で非常に問題である。

②データ公表が遅れることの問題点
 政府の回答によれば、第7波の重症化率・致死率が第6波より低下していることを示すデータには課題があるので採用しないという態度だが、そのことによって政府の見解は第7波の状態はわからない、という事態になる。
 特措法では、特措法の対象とならなくなる条件は「病状の程度が、季節性インフルエンザにかかった場合の病状の程度に比しておおむね同程度以下であることが明らかとなったとき」(第21条第1項の抜粋。強調は引用者)であり、わからない状態では特措法は適用されたままとなる。したがって、基本的対処方針が第6波のデータに基づくことが問題であるとの指摘に対して、第7波の状況を「明らかでない」と基本的対処方針に書いて、特措法を適用したままにすることは合法的である。
 しかし、これは好ましくない対応である。こうしたデータへのアクセスは制限されていて、行政(国と地方)のみしか利用できない(回りくどい書き方となるのは、1次情報は地方にあるが、国がアクセスできる情報はそのごく一部だからである)。情報を独占する行政が公開を制限することで、私権制限を可能にする状態を維持することができてしまうことは好ましくない。幸い政府の回答からは情報を速やかに公開すべきであるとの認識が読み取れるが、データの公開が遅れていることの理由の政府の説明ははなはだ不十分であり、詳細に説明すべきである。

③統計的検定と見ることの問題点
 政府の回答が重症化率・致死率の信頼区間まで及んでいるため、あたかも統計的検定によって判定が下されるようにも見えるが、これは妥当な考え方ではない。どの程度の感染症対策を講じるかを感染症の深刻度に応じて判断するときに、感染症の病状の程度を統計学的に推測しているのが現在の状況だ。これは、統計学的に推定するパラメータ(病状の程度)に依存する利得関数(社会の厚生)を最大化する「統計的決定」の問題であって、統計的推定・検定とは別の種類の問題である(定評ある教科書である竹村彰通『新装改訂版 現代数理統計学』(学術図書出版社)には統計的決定の詳しい解説がある)。かりに豊富なデータによって信頼区間が狭くなって、COVID-19と季節性インフルエンザの指標が非常に近いが信統計的に有意に異なる結論となっても(実際はこの資料の標本サイズではこうはなりそうにないのでこれは仮想例である)、非常に近いことが確かめられたことの方が統計的決定では重要になる。
 また、統計的推定・検定は科学的根拠としては重要なものの、もともと病原体が違い、病状の程度も多様である感染症を比較するのは簡単な話ではないし、統計的検定での判断を左右する「有意水準」に盤石の理論的根拠があるわけでもないことにも留意しなければならない。

④法令遵守の観点
 別の方向に向かって妥当でない意見が、同じ議事録の委員の発言に見られる。
議事録では、鈴木基委員(国立感染症研究所感染症疫学センター長)が大竹・小林意見書に対する意見をのべている。

「他委員から、インフルエンザの致死率と比較して、対策本部を立ち上げるかどうかを判断すべきだという意見がございました。しかし、法の条文を盾に議論すべき内容ではなく、法の趣旨に照らした議論をすべきだと思います。特措法は、「感染者・接触者以外の人に対して社会的制限をかける正当性意義がある疾患か」という点で議論すべきだと思います。」

 大竹・小林意見書は特措法の条文に即して特措法の適用に疑問を呈しているのだが、それを「法律の条文を盾に議論すべき内容ではなく、法の趣旨に照らした議論をすべき」と否定する。しかし、条文を遵守しなくていいという法律の趣旨はありえない。もし特措法を適用する根拠が条文を遵守しなくてもいいということしかなければ、もはや特措法の適用は正当化できるものではない。
 厚生労働省の組織である国立感染症研究所の幹部職員は国家公務員である。国家公務員の立場で「法令を遵守しなくていい」旨の発言をすることはあり得ないはずなので、国立感染症研究所と鈴木氏は、これが国家公務員の立場を離れての個人の見解なのかどうかを明確にした方がいいだろう。
 法令の見直しを議論する審議会ならば、現行法の条文には縛られないで法の趣旨を議論することはあり得る。しかし、今回の議題は特措法に基づく基本的対処方針であり、法令遵守が当然の前提であろう。そのため、この鈴木委員の発言は異様である。

[[2022年12月25日追記:文中の「国会」の誤記を「国家」に修正しました。]

(参考資料)
「2022年11月24日新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会の政府提案への意見書」

新型インフルエンザ等対策推進会議基本的対処方針分科会(第30回持ち回り開催)議事録(2022年11月24日)

「第6波における重症化率・致死率について(暫定版)」(2022年9月7日、厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード(第98回)提出資料)

「新型コロナウイルス感染症の致命率の推計について」

Robert Verity et al. (2020), “Estimates of the severity of coronavirus disease 2019: a model-based analysis,” THE LANCET Infectious Disease, Volume 20, Issue 6, June, pp. 669-677

(関係する過去記事)
「新型コロナウイルス感染症対策本部はいつ廃止できるのか」

「第6波後半の致死率(そして馬はいつまでも幸せに暮らしました)」

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