2022年02月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2022年02月

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自粛と補償のあり方(まん延防止等重点措置をめぐって)

 新型インフルエンザ等対策推進会議の基本的対処方針分科会で大竹文雄委員(大阪大学特任教授)はまん延防止等重点措置の延長に反対したが、「2022年2月18日基本的対処方針分科会での発言」で、その理由が説明されている。その第2の理由のなかに、「飲食店の利用者を減らしてクラスターの発生を抑えるための協力金というよりも、飲食店利用者が減ったことに対する補助金政策になっているのが実態ではないでしょうか。実際、まんえん防止等重点措置を出していない自治体で、飲食店から蔓延防止重点措置への要請が出ているという報道があります。」という一節がある。ここには、経済政策にとっての本質的な問題がある。

 新型コロナウイルス感染症の流行によって、飲食店に客が居ない理由は、3つある。

① コロナに感染したか、濃厚接触者となって外食できない
② まん延防止等重点措置ないし緊急事態措置(以下、「諸措置」)が実施されなくても、自分の判断で感染リスクを避け、外食しなかった
③ 諸措置が実施されたので、外食しなかった・できなかった

 最初の緊急事態措置が実施された時期(2020年4月~5月)では、①はほぼ見られず、②は目立つほどではなく、③による影響がほとんどだった。そこで生じる飲食店の営業不振にどう対応するかが問題になるときに最も重視しなければいけないのは、財産権(営業の自由)を保護することである。これは、円滑な経済活動が営むための当然の前提である。当時(2020年4月)に「自粛要請に関連する補償のあり方」でくわしく論じたが、補償が必要かどうかは、感染症対策として営業自粛を要請したり、営業を制限することが、飲食店の営業リスクとして事前に織り込まれていたのか、織り込まれていなかったのかで決まる。前者であれば政府が補償する理由はないし、後者であれば補償すべきである。それぞれに逆の対応をとれば、財産権が不安定化する。
 営業の継続を脅かすほどの制限を課すことは、事前には(飲食店だけではなく政府ですら)予測できていなったことであり、政府の介入によって財産権が不安定化することを避けるために、補償をおこなうと位置づけることができる。しかし、丁寧な議論の積み重ねが必要なため、多くの人は短絡的に「諸措置と補償がセット」と受け止めているきらいがある。そのなかに政策担当者も入っていると問題だ。

 流行の波が繰り返され、人々が飲食店でのリスクを認知するようになってからは、いまの流行のように②による影響が大きくなって、そこで飲食店での感染リスク対策がかなり果たされてしまっている。したがって、①と②の理由による営業不振を政府が補償するかどうか、に問題設定が大きく変わっている。
 社会主義か共産主義経済で企業が国有なら、どんな理由で客が来なくても業績不振は政府の負担になる。一方、財産権を確立して運営されている経済では、民間の事業のリスクは民間が負い、政府が負担しないのが原則であり、①と②もまずこの原則から出発する。ただし一般的には、様々な理由で産業や家計に補助・支援がおこなわれている。なかには利益誘導で特定の業界に便宜を図るような首をかしげるものもあるが、理由次第では現状の飲食店への支援も正当化されるだろう。
 新型コロナウイルス感染症とその対策の影響は一部の個人や事業者に負担が集中しており、その負担を広く分散させて、社会全体の負担を軽減することには大きな意義がある。これは、疫学上の対策による経済への影響を、経済政策によって緩和する意味をもつ。そして、支援の理由が諸措置にあるとは限らないので、その対策は諸措置とは切り離して別の枠組みでおこなうべきである。また、新型コロナウイルス感染症の影響は飲食店の空席だけでないので、特定の業種や労働者を対象にした支援よりは、困窮度に応じた普遍的な支援が望ましい。それらが十分にされていて諸措置の事業への影響が軽微であれば、③の理由による補償も必要でなくなり(あるいは軽微な形ですみ)、営業制限と補償は切り離される。
 しかし、このような対策が不十分なまま、「諸措置と補償がセット」の考え方が今に至るまで引き継がれているため、諸措置が実施されなくても飲食店に大きな影響がおよぶ現実にそぐわなくなった。そのため、売上の落ちた飲食店を支援するためまん延防止等重点措置を実施するという考えが生まれてしまう。しかし、2年前の状況での補償は、あくまで感染症対策として私権の制限が必要との判断のもとで、そのなかでも私権をできる限り保護するための措置であった。飲食店支援のための諸措置という本末転倒な考えでは、財産権を侵害することが優先されてしまう。これは、私権の制限は必要最小限にするという、新型インフルエンザ等対策特別措置法(ひいては憲法)の精神に反する。このような経済政策の基本中の基本に反してしまうようなことが堂々とまかり通ってはならない。

参考文献
大竹文雄「2022年2月18日基本的対処方針分科会での発言」

関係する過去記事
自粛要請に関連する補償のあり方

「新型コロナウイルス感染症に関する研究」文献リスト(第6版)更新

 日本経済学会新型コロナウイルス感染症ワーキンググループ(以下、WG)による「新型コロナウイルス感染症に関する研究」サイトの文献リストを8日に、更新しました。これで5回目の更新になり、前回より専門論文が36本増え、合計211本が掲載されています(前回リストで重複していた文献を整理したため、新しく追加された文献は36本を超えます)。他に更新を停止した一般記事55本も掲載されています。
 このサイトは、新型コロナウイルス感染症に関する経済学的研究について日本経済学会員の研究成果を紹介し、経済学の知見を新型コロナウイルス感染症対策に活かすための活動をすることを目的としています。一般記事の扱いについては、「『新型コロナウイルス感染症に関する研究』文献リスト(第4版)更新」の説明をご覧ください。
 WGの人力による情報収集では手に負えず、学会員からの情報提供に多くを依存しています。今回も多数の情報を提供いただいたことを感謝いたします。

(関係する過去記事)
「日本経済学会『新型コロナウイルス感染症に関する研究』サイトを開設しました」

「『新型コロナウイルス感染症に関する研究』文献リスト(第4版)更新」

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