2013年10月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2013年10月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

物価目標と免責条項

 日本銀行は4月4日に「量的・質的金融緩和」を導入して,消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を,2年程度の期間を念頭に置いて,できるだけ早期に実現することを約束した。この約束が果たせない場合,岩田規久男日銀副総裁は辞職することになっていた。
 岩田副総裁が就任前の3月5日に国会で所信聴取を受けた模様を伝える記事がこちら。
岩田日銀副総裁候補:2年で達成できなければ辞職-物価目標2% (1)

2年以内に目標が達成できなければ、「責任は自分たちにあると思う」とし、「最高の責任の取り方は辞職するということだと認識している」と言明。2年後の消費者物価上昇率が2%に達しない場合は職を賭すということかとの再度の問いに「それで結構だ」と述べた。

 岩田副総裁は10月18日に,中央大学で講演をおこなった。その模様を伝える記事がこちら。
岩田日銀副総裁:2年で物価2%未達なら見直す-量的・質的緩和

「2年くらいで、なかなか達成できないなら、どこに問題があるかを見直す」と語った。

 2%の目標を果たせなくても辞職しない,というのがニュースである。上記記事から引用する。

岩田氏はその上で、「2%のインフレが今の金融政策だけでは不十分ということになるのは、海外のリスク要因が一番大きい。そういうことがあれば、日銀はまた何らかの対応を当然する」と言明。「それは逐次投入でなく、中長期的に見て、日本経済がやはり2%インフレに到達することが無理だということになれば、また新しい手段を考える余地はある」と語った。

 記事だけから推測すると,2%の目標が果たせないのは海外のリスク要因なので,それに対して辞職という形で責任をとる必要はない,という理屈になるのだろうか。
 金融政策の範囲外の大きな出来事によって物価目標が達成できない場合に,中央銀行に強く責任を求めないことは常識的な対応であり,現実にもよく用いられている。物価目標と免責条項が同時に明確化されるものは,免責条項付きインフレーション・ターゲティングとして知られている。
 ただし免責条項は後出しするのではなく,目標と同時に設定するのがよい。後出しでは責任逃れと見られても仕方がない。

(注) 日本銀行のサイトに掲載された講演原稿とブルームバーグの記事ではトーンが大きく異なる。記事では2%目標が達成できないときの対応に焦点が当てられているが,講演原稿は「海外要因など下振れリスクは存在しますが、『量的・質的金融緩和』を継続していくことにより、2年程度で15年近く続いたデフレから脱却し、賃金の上昇を伴った2%の物価安定目標を達成できると考えます。」で結ばれている。
 トーンのずれの詳細は記事だけからは不明であるが,リスク要因で目標が達成できない場合には講演で表明している見通しが間違ったことになるものの,見通しを誤ったことの責任はとらない,という立場のように見受けられる。

(参考)
【講演】岩田副総裁「『量的・質的金融緩和』の目的とその達成のメカニズム」(2013年10月18日)
http://www.boj.or.jp/announcements/press/koen_2013/data/ko131018a1.pdf

FamaとShillerの対立点

(Twitterに書くには長すぎて,いつものブログよりは短いので,Facebookに書き込んだのですが,気が変わって諸事雑感として,こちらに転写します。)

 FamaとShillerの対立を煽る向きがあるようだが,将来の資産価格の収益率を予測できるか,についてFamaは短期で見るとできない,Shillerは長期で見るとできる,という実証をしたということで,どちらかが誤っているということではない。単純なモデルでは短期的に予測できなければ長期的にもできないので,FamaとShillerの発見を同時に説明するにはどうすればいいのかという大きな問題が,その後の資産価格の研究を動機づけた。...ということはノーベル財団の一般向け発表に,しっかり書かれている。

(参考)
Trendspotting in asset markets
http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/economic-sciences/laureates/2013/popular-economicsciences2013.pdf

(注)
 Facebookでは今のところ,知っている方も知らない方も友達にしていませんので,友達リクエストはしないでいただくようにお願いします。

日本経済新聞・経済教室「財政再建,いまだ道半ば」

 消費税が8%に上がることが本決まりになってわが家も支出の切り詰めを思案しているときですが,10月10日の日本経済新聞朝刊の経済教室欄に拙稿「財政再建,いまだ道半ば」が掲載されました。
 執筆時の世論調査では来年4月の増税への賛否が拮抗していたので,8%に上げなければいけない根拠を解説するようにしました。学術的に高度な議論をしているわけではなく,広く言われていることが中心です。高齢化による社会保障費の伸びにどう対応するかが財政運営の課題で,団塊の世代の退職によって年金給付が今大きく伸びてきているのですが,10年前にはこのことを予測してそれまでに財政健全化(国・地方の基礎的財政収支の黒字化)を達成しておこうという思惑だったことを紹介しています。
 ただし,多くの人の目に触れる文章では尾ひれに注目が集まりがちなので,拙稿の末尾に書かれた「歳出増に応じて自動的に増税する」について,紙面では書ききれなかったことを以下で補足しておきます。

 国会は国の活動を決める。国の活動は複雑なので,全体を一度に決めるのではなく,案件を切り分けて,部分ごとで意思決定をしている。支出を増やすのは国民へのサービスの向上につながるので国民からは歓迎されるが,収入を増やす(増税する)のは国民の可処分所得を減らすので国民には好まれない。国民に好まれることだけしか決めない政治家に国をまかせれば,財政はおかしなことになる。政治家には,国民には好まれないことでも大事なことは決める覚悟をもってもらわなければならない。
 と,きれいにまとまったように見えるが,本題はこれからである。
 拙稿の問題意識の一つは,財政支出は高齢化によって自動的に増えるのに,収入は自動的に増えない,ことにある。他の支出を増やす余地もないので,政治家が決めることは国民に好まれないことだけになる。ときには国民に嫌われる覚悟を決めた政治家でも,嫌われることだけしか決められなければ,やっていられなくなるだろう。すると,増収の意思決定が遅れて,財政状況が悪化する。
 政治的意思決定が十分に合理的におこなわれるならば,政府の複雑な活動を切り分けて意思決定しても,切り分け方で結果が変わることはないだろう。しかし,実際には政策議題の設定の仕方で意思決定の結果が変わってくると考えられる。増税という,それだけでは好まれない選択肢を国民に納得してもらうには,説明を工夫する必要がある。税を使って支出する,と一括しての意思決定であれば,税がなければ公共サービスは受けられない,という理解が広がって,増税は受容されやすくなるだろう。今回の消費税増税が社会保障と税の「一体改革」の一部であるのは,支出と収入(国民から見れば受益と負担)を同時に議題とすることで,支持を得るねらいがあった。しかし,社会保障費の自動的な増加だけを増税と合わせることはせずに,制度改革による社会保障費の拡大も抱き合わせにした。さらに見直し時の決定でも,経済対策と抱き合わせにしており,国民に好まれないこと「だけ」を決められない構造がつきまとう。
 こうした問題を認識してもらうために拙稿では,国民に好まれない決定を自動的に決めることにして,政治への批判を減らして財政状況の悪化を防ぐ案を提示してみた。
 しかし,それは無茶だ,できるわけがない,という声が実務家から出てしかるべきである。国家権力によって強制的に財産を移転させられる税が勝手に決まっては困る,ということだ。この理由で,憲法第84条は「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と規定している。法律で税を決めることは当然のこととして,歳出の増加に合わせて自動的に増税できる法律を作ることができるか,を少し考えてみよう。
 まず,今回の消費税8%への増税がどのように決まっているのかを確認しておこう。昨年8月10日に成立した「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律」の第2条で,消費税法第29条の消費税の税率「100分の4」(注)を「100分の6.3」に改める。第3条で,同じ個所の「100分の6.3」を「100分の8」に改める。そして附則で,第2条は2014年4月1日から施行し,第3条は2015年10月1日から施行する,と決められている。
 同様の書き方をすれば,より長い将来まで消費税率を上げていくことができるし,他の税でも同じことができる。最初に法律を成立させる必要があるが,それ以降は自動的に増税がおこなわれる。不都合が生じるのは,増税時期を後から調節できないことである。予定された増税時期に景気が非常に悪いと,増税の実行はためらわれる。今回の増税では法律に「景気弾力条項」がついていたので,今の時期に増税の見極めがおこなわれたが,安倍首相が当初,白紙で判断するかのような姿勢を示したため,事前に決めている意味がだいぶ失われ,1回の増税のために国民に好まれないことを2回決断するような事態になった。これでは弾力条項も逆効果かもしれない。この問題を回避するには,法律の施行時期をx年間の範囲内で政令で指定する,という形で附則に書き,増税の是非の判断ではなく,実施時期の微調整の形式にするのがよいだろう。当事者も淡々と法律で決められたことを実行する姿勢で臨む必要がある。
 増税時期を後から調整できないときに生じるもうひとつの不都合は,社会保障費の増加ペースが最初に法律に書いたペースとずれる可能性があることだ。附則の書き方を「法律の施行時期を社会保障関係費が基準年度のy倍になった後のx年間の範囲内で政令で指定する」とすれば,社会保障費の増加ペースに増税のペースを合わせることは可能になる。しかし,社会保障費は高齢化によって自動的に決まる部分と政策判断で決まる部分がある。財源が自動的に調達されることになれば,社会保障費を必要以上に増やす政策判断を誘発することになり,問題である。増税のペースは高齢化に連動させる必要がある。したがって,附則の書き方は「法律の施行時期を高齢化率がy%を超えた後のx年間の範囲内で政令で指定する」という形が考えられる。これで一応,当初の意図は達成されるが,このため,高齢化と社会保障費の動きがずれると問題が生じるので,調整のための増税は別に必要になる可能性は排除できない。しかし,いちいち新しく増税を決めていくよりは回数の節約にはなっている。
 以上は一案であり,他にも方法は考えられるだろう。あるいは,このような手段には無理があって実現可能性はないと考える人がいるだろう。しかし,その場合には,支出増は自動的に決まるのに収入増は自動的に決まらないという構造には別の形で立ち向かわなければいけない。拙稿の意図は直ちに提案の導入を主張するのではなく,現状の構造を認識してもらうための問題提起にある。

(注)
 現在の消費税率5%は正確には,国税である消費税率4%と地方税である地方消費税率1%の合計である。ここでは国税の税率を規定している。

(訂正)
 日本経済新聞掲載の拙稿「財政再建,いまだ道半ば」で,現在の財政健全化目標での2015年度の国と地方の基礎的財政赤字はGDPの「3.1%」とする,は「3.3%」の誤りでした。

(参考)
「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法等の一部を改正する等の法律案」(衆議院)
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/g18005072.htm
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