東日本大震災で被害に遭われた方へのお見舞いを申し上げます。
東京電力の一時国有化を政府が検討しているとの報道がされたが,枝野官房長官はこれを否定した。現在上場されている企業の処遇について政府が公に認めるわけはないが,原発事故と電力供給の今後を考える上で,これは当然に考えておかなければならない選択肢である。
福島第一原発の情勢はまだ予断を許さないが,最終的には相当の被害が出る可能性がある。東京電力には,その被害の補償と福島第一原発に代わる電力供給のための設備投資という2つの支出需要が生じる。
前者については,原子力損害賠償法では,原子力事業者(今回の場合,東京電力)が無過失・無限の賠償責任を負うとされる。一般的には加害者の支払能力を超えた賠償は不可能であるが,原子力施設の事故では被害者が確実に救済されるように国が関与することになる。今回の事故に関係する制度を簡単にまとめると,地震・噴火・津波による事故の場合は,事業者と国が結んだ原子力損害賠償補償契約によって1200億円までの賠償がなされる。それを超える部分については,原子力損害賠償法16条で,政府は「この法律の目的を達するため必要があると認めるときは,原子力事業者に対し,原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なう」ものとされている(注)。
国の支援が入る場合には,支援が多ければ東京電力の賠償責任額は軽くなり,国の支援が少なければ東京電力の賠償責任額は重くなる。すなわち,東京電力が民間企業のままあったとしても財政的には国と東京電力は連動することになる。この事実を押さえておくことは重要である。
法律は国と東京電力の負担割合を明確に定めていない。今回の被害は「想定外」の災害に起因するものであり,負担割合の決定に紛糾する可能性がある。政府には復興のためにやらなければいけない仕事はたくさんあり,このことだけに没頭する余裕はなく,可能な限り簡明かつ迅速に処理すべきである。
東京電力による補償原資はまずは自己資本であるが,賠償責任額が自己資本を上回ったからといって操業停止するわけにはいかないので,そうなった場合は国が出資して国有化が図られることになるだろう。
原発事故が収拾していない段階でずいぶん「気の早い話」をしているようであるが,早急に意思決定しなければいけない問題に影響を与えるので,東京電力の姿について現在の時点で暗黙の合意を形成しておくのが望ましい。賠償負担のルールは,具体的には以下のような意思決定の問題に影響を与える。
第1に,国と東京電力が独立した主体として賠償をめぐって交渉する取引費用が節約できる。第2に,原発事故の賠償責任が新規の資金供給者にまで回るのではないかとの懸念が生じると,今後の設備投資の資金調達に支障をきたす。第3に,今回の事故の責任をとって経営トップは近々辞任することになるだろうが,後の会社がどうなるかは新経営陣がどう選ばれるかに大きく影響する。最後に,電力需給のバランスを回復する短期的措置の考え方の整理に役立つ。
最後の点をくわしく見てみよう。需要を抑制する応急措置には,税か料金引き上げがある。前者では国の収入増,後者では東京電力の収入増となるが,国と東京電力が財政的に連結していれば,どちらが収入増になるかの違いは消滅する。つまり,料金引き上げだと国の収入増にはならないというわけではなく,その分東京電力の賠償負担能力が上がり,国による賠償額が少なくなるという意味で,国の税収増と実質的に同じ効果が生じるのである。一時国有化されると,この事実が表面に出ることで,需要調節のために価格メカニズムを用いるときの考え方が整理しやすくなる。
なお,政治家が誤解しやすいところであるが,国有化の根拠は,国の方がうまく経営できる,といった経営能力の問題にあるのではない。個人的能力で見れば,国にも東京電力にもそこそこ優秀な人材が入っているはずである。人的能力の優劣ではなく,制度的な問題として国有化の是非を考えることが,政策立案の基本になる。
(注)
原子力損害賠償法3条では,「異常に巨大な天災地変」の場合には原子力事業者は免責され,国が賠償することになるが,枝野官房長官はこの条文の適用を否定した。
(資料)
原子力損害の賠償に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO147.html
原子力損害賠償制度(電気事業連合会)
http://www.fepc.or.jp/present/safety/saigai/songaibaishou/index.html
東京電力の一時国有化を政府が検討しているとの報道がされたが,枝野官房長官はこれを否定した。現在上場されている企業の処遇について政府が公に認めるわけはないが,原発事故と電力供給の今後を考える上で,これは当然に考えておかなければならない選択肢である。
福島第一原発の情勢はまだ予断を許さないが,最終的には相当の被害が出る可能性がある。東京電力には,その被害の補償と福島第一原発に代わる電力供給のための設備投資という2つの支出需要が生じる。
前者については,原子力損害賠償法では,原子力事業者(今回の場合,東京電力)が無過失・無限の賠償責任を負うとされる。一般的には加害者の支払能力を超えた賠償は不可能であるが,原子力施設の事故では被害者が確実に救済されるように国が関与することになる。今回の事故に関係する制度を簡単にまとめると,地震・噴火・津波による事故の場合は,事業者と国が結んだ原子力損害賠償補償契約によって1200億円までの賠償がなされる。それを超える部分については,原子力損害賠償法16条で,政府は「この法律の目的を達するため必要があると認めるときは,原子力事業者に対し,原子力事業者が損害を賠償するために必要な援助を行なう」ものとされている(注)。
国の支援が入る場合には,支援が多ければ東京電力の賠償責任額は軽くなり,国の支援が少なければ東京電力の賠償責任額は重くなる。すなわち,東京電力が民間企業のままあったとしても財政的には国と東京電力は連動することになる。この事実を押さえておくことは重要である。
法律は国と東京電力の負担割合を明確に定めていない。今回の被害は「想定外」の災害に起因するものであり,負担割合の決定に紛糾する可能性がある。政府には復興のためにやらなければいけない仕事はたくさんあり,このことだけに没頭する余裕はなく,可能な限り簡明かつ迅速に処理すべきである。
東京電力による補償原資はまずは自己資本であるが,賠償責任額が自己資本を上回ったからといって操業停止するわけにはいかないので,そうなった場合は国が出資して国有化が図られることになるだろう。
原発事故が収拾していない段階でずいぶん「気の早い話」をしているようであるが,早急に意思決定しなければいけない問題に影響を与えるので,東京電力の姿について現在の時点で暗黙の合意を形成しておくのが望ましい。賠償負担のルールは,具体的には以下のような意思決定の問題に影響を与える。
第1に,国と東京電力が独立した主体として賠償をめぐって交渉する取引費用が節約できる。第2に,原発事故の賠償責任が新規の資金供給者にまで回るのではないかとの懸念が生じると,今後の設備投資の資金調達に支障をきたす。第3に,今回の事故の責任をとって経営トップは近々辞任することになるだろうが,後の会社がどうなるかは新経営陣がどう選ばれるかに大きく影響する。最後に,電力需給のバランスを回復する短期的措置の考え方の整理に役立つ。
最後の点をくわしく見てみよう。需要を抑制する応急措置には,税か料金引き上げがある。前者では国の収入増,後者では東京電力の収入増となるが,国と東京電力が財政的に連結していれば,どちらが収入増になるかの違いは消滅する。つまり,料金引き上げだと国の収入増にはならないというわけではなく,その分東京電力の賠償負担能力が上がり,国による賠償額が少なくなるという意味で,国の税収増と実質的に同じ効果が生じるのである。一時国有化されると,この事実が表面に出ることで,需要調節のために価格メカニズムを用いるときの考え方が整理しやすくなる。
なお,政治家が誤解しやすいところであるが,国有化の根拠は,国の方がうまく経営できる,といった経営能力の問題にあるのではない。個人的能力で見れば,国にも東京電力にもそこそこ優秀な人材が入っているはずである。人的能力の優劣ではなく,制度的な問題として国有化の是非を考えることが,政策立案の基本になる。
(注)
原子力損害賠償法3条では,「異常に巨大な天災地変」の場合には原子力事業者は免責され,国が賠償することになるが,枝野官房長官はこの条文の適用を否定した。
(資料)
原子力損害の賠償に関する法律
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S36/S36HO147.html
原子力損害賠償制度(電気事業連合会)
http://www.fepc.or.jp/present/safety/saigai/songaibaishou/index.html