2010年07月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2010年07月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

『マクロ経済学(New Liberal Arts Selection)』訂正情報

 4月に有斐閣から刊行された,齊藤誠・岩本康志・太田聡一・柴田章久著『マクロ経済学』の誤植の訂正情報が,有斐閣のブログに掲載されました。
 念入りに校正しましたが,わずかにミスが出ました。今のところ私の担当章は無傷ですが,お詫びして訂正します。


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マクロ経済学 (New Liberal Arts Selection)

2011年度予算概算要求基準

 野党は予算を作らない。予算を作るのは,政権党の責任である。
 民主党政権が最初から携わるものとして初めて概算要求基準が26日,閣議決定された。
 昨年までとは予算編成のプロセスが大きく変わった。経済財政諮問会議で「骨太の方針」が作られた時期には,政府が何をしたいのかが首相主導により「骨太の方針」で示されてから,概算要求基準が決められていた。今回の概算要求基準では,「元気な日本復活特別枠」は,マニフェストの実現,デフレ脱却・経済成長に特に資する事業,雇用拡大に特に資する事業,人材育成、国民生活の安定・安全に資する事業と何でもあり。予算の削減は一律1割と,政権が何をやりたいのかがまったく見えてこない。
 経済財政諮問会議は,いまも内閣府設置法で設置することとされている組織である。諮問会議は違法に廃止され,予算編成は密室で決められている。概算要求基準では,特別枠が「1兆円を相当程度に超える」等,多くの懸案が玉虫色の決着となっており,密室でも決められてない状態となっている。いかに議論が詰められていないかは,昨年の自公政権時の概算要求基準の文尾と比較してみればわかる。昨年は「行う」,「実現する」という表現が目につくが,今年は「全力で取り組む」,「全力をあげる」だ。

 昨年の衆院選マニフェストには,新規施策の財源の確保策についても記されていた。「【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源」で指摘したような問題点はあったが,一応は政権を担当する責任を示したものであった。予算はつけるよりも削ることがはるかに難しい。既存の歳出削減による財源の確保がなければ,マニフェストの新規施策は実現できない。ところが,概算要求基準には,歳出削減の具体策はない。各大臣が「査定大臣」になって歳出削減に取り組むそうだが,マニフェストでの歳出削減を実現する責任者は誰なのだろうか? 結局,マニフェストは単なる机上の空論だったことが露呈した形だ。例えば人件費は,衆院選マニフェストでは2割削減としていたが,概算要求に具体的な数値目標はない。「各大臣において抑制・削減に取り組むと同時に、政府全体でも抑制・削減に全力で取り組む」とだけ書かれている。

 復活した民主党政策調査会は,特別枠を2兆円とするよう要求するなど,歳出削減は「査定大臣」に任せ,族議員化する兆しを見せている。官邸は官邸主導の「演出」に腐心していることが意味するように,実際に主導するのは財務省になるだろう。かつての,族議員対財務省,という図式が復活しそうだ。
 自民党の族議員は長年の政権経験で,落とし所をわきまえていた。それは傍目には官僚依存とも見える。民主党の「政治主導」による予算編成は,懸案が決められなかった昨年末の混乱が再現しそうな予感を抱かせる。財務省主導がせめてもの幸い,というのは不幸な状態である。
 政治家個人は,自分の思う政策を実現させたい,という熱い思いで動いているのだろう。だが,一般会計・特別会計合わせての業務費用124兆円(2008年度,『国の財務書類』)になる巨大組織にはさまざまな思惑が働く。それを整理して,予算に落とし込むまでの様々な工夫が長年にわたって積み重ねられている。政治主導で簡単に予算が組める,とそれらを安易に取り除いたことで,結果的に退行した予算編成プロセスが進行している。

(参考)
「平成23 年度予算の概算要求組替え基準について」(2010年7月27日閣議決定)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/h23/sy220727.pdf

「平成20年度 国の財務書類」(財務省)
http://www.mof.go.jp/jouhou/syukei/fs/2010.htm

(関係する過去記事)
【政権選択選挙】民主党マニフェストの財源

『ままごと』と『まつりごと』の間

「単位労働コスト」と「潜在成長率」を正しく理解しよう

 24日の私の記事「『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』」では,21日のバーナンキ米連邦準備理事会議長の議会証言の報道を題材に,「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」の違いに注意を喚起した。その趣旨は,「生産性の低下はインフレ圧力」,「生産性成長率の低下はデフレ圧力」と経済への影響が違うので注意が必要,ということである。
 残念ながら,同じ題材をもとに両者を混同し,「生産性成長率の低下もインフレ圧力」とした記事が現れた。高橋洋一氏の「バーナンキFRB議長の発言を『誤読』する日経新聞の『クオリティ』なぜか、いつも日銀寄りに誤解」である。高橋氏は,

 バーナンキ議長は、市場から観測される予想インフレ率が回復しつつあると言った後、こう答えた。
「日本と米国には重要な違いがある。日本は生産性が低く、労働力も減少しているので、潜在成長率が低下している。また、日本は銀行部門で長い間、問題があったが、米国では抜本改革に早期に踏み出した。・・・最後に、FRBはデフレにさせない政策手段をもっていることをいいたい。それで、米国では当面デフレのリスクはないと思う。」
 ここで、日本の生産性が低いことに言及されているが、米国の話はない。
 しかし同日、この質問の前、米国経済について、「労働・財市場で需給がゆるみ、賃金と物価が低下している。生産性の向上によって、さらに賃金が下がっている」と答えているのである。

という。
 最後の,生産性の向上が賃金を低下させる,の件が当初理解できなかったが,この発言は公聴会のために準備された原稿に記載されたもので,原文は,”rapid increases in productivity have further reduced producers' unit labor costs”である。正確には,賃金ではなく「単位労働コスト」が低下している,といっている。
 単位労働コストは物価の動向を判断するために重視されている指標であり,賃金を労働生産性で割ったものになる(注1,注2)。バーナンキ氏の言及した「生産性」は単位労働コストのなかの労働生産性の動きに反映されるので,ここでいっていることは,賃金の低下が単位労働コストを低下させ,生産性の上昇がさらに単位労働コストを減少させた,である。生産性の上昇が賃金を低下させた,ではない。
 単位労働コストの低下は,企業の生産費用の低下なので,価格の低下圧力になる。価格が少し遅れて調整されると考えると,過去の単位労働コストの動向が将来の価格に影響するだろう。したがって,バーナンキ氏は,米国のインフレ率の低下の要因の説明に,最近の単位労働コストの経緯とそれの原因である生産性の上昇,をもちだしている。
 さて,このことの理論的な背景であるが,
(1) 価格が伸縮的に調整されるとすれば同時に起こる現象に着目している
(2) 過去の動向を見ており,将来の動向は見ていない
ことから,過去から現在に生産性が一時的に上昇したらどうなるか,を考えており,それがデフレ圧力になる,と考えていることになる(注3)。
 高橋氏の議論は途中経過が不正確だが,「高生産性でデフレ圧力」という結論は結果的には正しい。

 さて生産性については,高橋氏は「日本の生産性が低いことに言及されているが、米国の話はない」といっているが,もとのバーナンキ氏の発言は,”relatively low productivity in recent years … so its potential growth rate is lower than the US”なので,生産性と潜在成長率は明確に日米を比較している。発言の趣旨で重要なのは潜在成長率であり,それに影響を与えるのも生産性の成長率である。
 高橋氏は,ここを成長率とはとらず,上の「高生産性でデフレ圧力」を裏返して,「低生産性でインフレ圧力」と解釈している。そのため,高橋氏は,

 同じ日に、バーナンキが、米国では高い生産性によってデフレになるといいながら、日本では低い生産性のためにデフレになるなどと説明するわけがない。これは日銀をバカにして、皮肉をいっているのだ。
 要するに、米国では高い生産性でデフレになっても不思議でないが、FRBはしっかり金融政策をやるから大丈夫だと言っているのである。逆に、日本では低い生産性のためデフレになりにくいのに、日銀がヘタなためにデフレになっている。これが、バーナンキ議長の証言だ。

とバーナンキ氏の発言を謎解きすることになった。
 この高橋氏の見立てでは,現在の立場上「日銀がヘタなためにデフレになっている」と公言できないため,デフレになった日本は米国よりもデフレになりにくい,までで発言を止めたことになる。この発言が「米国よりもデフレになりにくい日本でさえデフレになった。いわんや米国も」と聞き手に解釈されると,バーナンキ氏の意図に反する。正しく解釈してもらうためには,「日銀がヘタ」というのが,あえて口に出すまでもない常識として,経済学者,エコノミストのみならず,議員,議会傍聴者,メディア,一般米国国民に共有されている必要がある。これは本当だろうか。

 Los Angels Timesは26日,バーナンキ氏の発言を引きながらも,「U.S. may face deflation, a problem Japan understands too well」と題した記事を配信した。


(注1) 単位労働コストについては,人件費を生産量で割ったもの,という説明だけ与えられることもあるが,両者を総労働時間で割ると,
(人件費/総労働時間)/(生産量/総労働時間)=賃金/労働生産性
になる。

(注2) 経済協力開発機構(OECD)では,加盟国の単位労働費用が四半期ベースで推計されている。

(注3) 「News-driven business cycle」で説明したような,将来に生産性が上昇するという「予想」が作り出す影響と大きく違う。

(参考)
「バーナンキFRB議長の発言を「誤読」する日経新聞の「クオリティ」なぜか、いつも日銀寄りに誤解」(高橋洋一)
http://gendai.ismedia.jp/articles/-/910

Testimony by Chairman Bernanke on the Semiannual Monetary Policy Report to the Congress (July 21, 2010)
http://www.federalreserve.gov/newsevents/testimony/bernanke20100721a.htm

System of quarterly unit labour cost indexes, OECD - Updated: May 2010
http://www.oecd.org/document/50/0,3343,en_2649_33715_45262898_1_1_1_1,00.html

U.S. may face deflation, a problem Japan understands too well (Los Angels Times)
http://www.latimes.com/business/la-fi-0726-deflation-economy-20100726,0,1020949.story

News-driven business cycle

 過去2回の記事(「『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』」 ,「『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』:補足説明」 )では,「生産性の上昇はデフレ圧力」と「生産性成長率の上昇はインフレ圧力」について,技術的な説明に終始したので,ニュー・ケインジアン・モデルになじんでいない読者には納得してもらえなかったかもしれない。もう少し噛み砕いて,直観的な説明をしてみたい。
 まず,「生産性の上昇はデフレ圧力」の方は,理解しやすいだろう。例えば,サンマが豊漁だったとしよう(水産業の生産性が上昇する。また来年はサンマが豊漁かどうかはわからない)。市場(いちば)にいつもより大量のサンマが運ばれるが,供給に見合う需要が自動的に生まれるわけではない。皆にサンマをたくさん食べてもらうためには,サンマの価格は下がらなければいけない。こうした現象が経済で幅広く見られれば,一般物価が下落する。
 今度は,「生産性成長率の上昇はインフレ圧力になる」と聞くと,このサンマの例と同じようなことが起こりはしないか,と考えて,すぐには納得できない読者もいると思う。前回の記事で引用したhimaginaryさんの「生産性と自然利子率」(http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest )の疑問もこうしたものだ(以下に再掲)。

「生産性成長率が低いために自然利子率が低くなってデフレに陥りやすくなるのだとしても、生産性を上げればデフレからそれほど簡単に脱却できるのだろうか? 単純に考えれば、仮に生産性上昇によって自然利子率が上昇したとしても、潜在成長率も上がっているわけだから、需給ギャップへの影響は一意ではない。もしその場合に需給ギャップが縮小するのであれば、需要の成長率が、一時的にせよ、潜在成長率の上昇以上に上昇する必要がある。つまり、供給力の上昇によって需要が需要を呼ぶような展開がもたらされることが必須となるわけだ。いわば、経済のこの段階においてセーの法則(ないしはそれ以上の供給から需要への効果)が働くことが求められるわけである。」(「himaginaryの日記」より引用)

 こうした疑問について,前回の記事では,ニュー・ケインジアン・モデルの技術的な説明だけで回答してしまったので,今回は別の説明をする。
 例えば,「東京は世界の金融センターになる」と皆が思ったとしよう。つまり,将来に東京の経済活動が活発になり,将来の皆の生産性が上昇するとの予想が形成される。すると,将来の活況を見越して,現在から投資が活発になるだろう。ところが,現在はまだ生産性が上昇していないから,需要が増えたほどには,供給は増えない。したがって,現在にインフレ圧力が発生する。将来が皆の予想通りなら,経済活動は活発で,総供給も総需要も増えている。この例を言い換えると,皆の経済の見通しが強気になることで,経済が活況を呈し,インフレ圧力になる,ということである。強気の見通しに基づき需要が増えているので,供給が増えた将来にも需要不足を心配する必要はない。
 逆に,生産性成長率の低下は,経済の将来の見通しを弱気にさせ,現在の活動を萎縮させる。これは,現在のデフレ圧力になる。
 最初のサンマの例では,誰も予想しないで突然にサンマが豊漁になる。つまり,需要の変化(需要曲線のシフト)がなく,突然に供給が増える。つぎの金融センターの例は,皆が将来に経済が好調になると予想して,それに基づく行動を起こす。つまり,供給の変化は,需要の増加に裏打ちされている。なので,金融センターの例の将来の状況はサンマの例と同じように考えなくていい,ということである。
「生産性成長率の上昇=将来の生産性の増加」の経済への影響は,強気の見通しによる需要増加によって何が経済に起こるか,という視点から考えた方が適切である。生産性の変化が供給だけの要因,という観念が誤解を招きやすい。経済学者は「生産性の成長」を何気なく使っているが,今回の記事を書いてみて,一般の方の受け取り方との間に相当の幅があることに気づかされた。その意味では,今回の記事は私にも勉強になった。

 ここで,「東京は世界の金融センターになる」という例を使ったのには,理由がある。ご承知の通り,これはわが国がバブルで賑わっていた頃にいわれていた話で,実際には「世界の金融センター」は幻で,バブルは崩壊した。
 そこで,私が上に説明した筋書きをもう一度見てもらいたいのだが,最初に,「東京は世界の金融センターになる」と皆が予想するところから,現在の需要が増えるところまでは,「予想」だけで動いている。つまり,将来にこの「予想」が実現せずに幻に終わったとしても,現在の需要は増加する。労働供給が動けば,現在の生産も増加するだろう。逆に,予想が裏切られた将来では,予想に基づいた行動が裏目に出て,経済が縮小するのではないか。こうした筋書きを表現しようしたのが,今回の記事の題名とした「news-driven business cycle」と呼ばれるモデルである。これは,将来に経済に好調になるという予想ができるが,後でそれが実現しないという現象によって,景気循環が生じるという考え方である。日本のバブル景気とその後の低迷を説明する仮説としても注目されている。
 予想された経済の好調は実際には実現されていないので,事後的な産出量を見ているだけでは,news-driven business cycleはとらえられない。それで,将来の経済状況に関する予想が株価に含まれているのではないか,と考えて,株価が推定されるモデルに加えられている。
 じつは,実物的景気循環モデルや標準的なニュー・ケインジアン・モデルに基づく初期の研究では,このアイデアでは,実際の景気循環の様子をうまく説明できなかった。しかし,Jaimovich and Rebelo (2009)の工夫によって,大きな問題が解消して,現在は多くの研究者によって精力的に研究が進められている。日本経済に適用した研究には,例えばFujiwara, Hirose and Shintani (2008)がある。

「生産性成長率の上昇」が意味するところは,もう少し現実感覚に合う言葉に言い換えると,「経済の将来に明るい見通しをもって皆が行動し始める」ということである。政策当局は,それをバブルに終わらせずに,実際に実るものにしなければいけない。生産性を高める成長戦略が目指すものは,そうした経済の姿のはずである。
 これなら,デフレ圧力にはならないだろう。

 さて,新サンマ食べよう。

(参考文献)
Ippei Fujiwara, Yasuo Hirose, and Mototsugu Shintani (2008), “Can News Be a Major Source of Aggregate Fluctuations? A Bayesian DSGE Approach,” IMES Discussion Paper Series 2008-E-16.
http://www.imes.boj.or.jp/english/publication/edps/2008/08-E-16.pdf

Nir Jaimovich and Sergio Rebelo (2009), “Can News about the Future Drive the Business Cycle?” American Economic Review, Vol. 99, No. 4, September, pp. 1097-1118.

(参考)
「生産性と自然利子率」(himaginaryの日記)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest

(関係する過去記事)
『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』

『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』:補足説明

「生産性の低下」と「生産性成長率の低下」:補足説明

 昨日の記事「『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』」に,himaginaryさんからトラックバックを頂いた(「生産性と自然利子率」,http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest )。頂いたご意見に即して,先の記事の補足説明をしたい。

1.
 私が生産性成長率と生産性の違いを強調したことに対して,以下のようなご意見を頂いた。

「岩本氏が生産性成長率と生産性の違いにこだわる点には少し違和感を抱いた。普通に考えれば、低い生産性成長率が続けば水準としての生産性も低くなり、高い生産性成長率が続けば水準としての生産性も高くなるので、両者を同義に使ってもさほど問題は生じないように思われるからである。」(「himaginaryの日記」より引用)

 私が違いにこだわったのは,「低生産性でインフレになる」と主張される方がおられるからである。低生産性でインフレになる,の論理を簡単に言い表すと,生産性が低いと財の供給が減少して,需給が逼迫して物価が上がる,というものである。現在の中央銀行家とマクロ経済学者の念頭にあるニュー・ケインジアン・モデルは動学的設定になっており,こうした簡単な議論はそのままでは成立しない。
 「低生産性でインフレになる」という議論と「生産性成長率が低いとデフレになる」(正確にはかならずデフレになるではなく,デフレになる危険が高まる,だが)という議論がならんでいるときに,どう考えるか。両者の顔を立てるとすれば,標準的なニュー・ケインジアン・モデルの考え方に沿って,前者は一時的な生産性の低下を考えていると解釈すればいいのではないか,というのが私の提案である(注)。

 また,私が一時的な生産性の低下を議論したことに対して,以下のようなご意見を頂いた。

「注意すべきは、岩本氏がここで暗に生産性についてトレンド定常性を仮定している点である。しかし、かつてクルーグマンとマンキューが激しくやり合ったように、この仮定を置くのには相当の慎重さを要する。例えば現在の日本の生産性の低さが将来の生産性成長率の高さを約束している、と信じるのは相当の楽観論者に限られるのではないだろうか。」(「himaginaryの日記」より引用)

 私は,デフレ懸念の論理的な可能性を検討しているので,経験的事実は別の話である。
 しかし,himaginaryさんが指摘したような経験的事実を根拠に,「低生産性」が恒久的な生産性成長率の低さを含意するという合意ができて,「低生産性はデフレ圧力」なり「低生産性で流動性の罠に陥って,デフレになる危険が高まる」という言い方が定着するならば,私はそれでも構わない。それまでは,意味を取り違えないように注意を払うのが大事,というのが私の趣旨である。

2.
 私が,「生産性成長率が高まると,自然利子率が高まり,政策金利(ゼロ金利)との差が縮小して,デフレが弱まるか,デフレから脱却できる」と書いたことに対して,以下のようなご意見を頂いた。

「生産性成長率が低いために自然利子率が低くなってデフレに陥りやすくなるのだとしても、生産性を上げればデフレからそれほど簡単に脱却できるのだろうか? 単純に考えれば、仮に生産性上昇によって自然利子率が上昇したとしても、潜在成長率も上がっているわけだから、需給ギャップへの影響は一意ではない。もしその場合に需給ギャップが縮小するのであれば、需要の成長率が、一時的にせよ、潜在成長率の上昇以上に上昇する必要がある。つまり、供給力の上昇によって需要が需要を呼ぶような展開がもたらされることが必須となるわけだ。いわば、経済のこの段階においてセーの法則(ないしはそれ以上の供給から需要への効果)が働くことが求められるわけである。」(「himaginaryの日記」より引用)

 端的にいうと,ニュー・ケインジアン・モデルでは,セー法則が働く。実物的景気循環モデルに物価の硬直性を導入したのがニュー・ケインジアン・モデルなので,技術的ショックの影響は実物的景気循環モデルでの含意を引き継いでいる。技術的ショックによって潜在GDPが増えたとき,政策金利と自然利子率が一致している限り,それに応じた現実GDPの増加が生じて,GDPギャップは変化しない。したがって,GDPギャップの動きを見るには,政策金利と自然利子率の差に注目していればいいことになる。
 ニュー・ケインジアン・モデル自体が正しいかという議論は別にあり得るだろうし,その議論も興味深い。しかし,先の記事での私の説明は,コンセンサスのある議論として,標準的なニュー・ケインジアン・モデルにしたがったものである。

(注)
 Benigno (2009)は,ニュー・ケインジアン・モデルをできる限り総需要・総供給分析に近づけて説明しているが,その6節「Productivity shocks」は,
6.1 A temporary productivity shock
6.2 A permanent productivity shock
6.3 Optimism or pessimism on future productivity
で構成されている。この節の末尾には,
「Regardless of the properties of the shock -temporary, permanent or expected- monetary policy can always move interest rates to stabilize prices and the output gap simultaneously. But the direction of the movement depends on the nature of the shock. When shocks are transitory, monetary policy should be expansionary; when permanent, it should be neutral; and with merely expected productivity shocks, it should be restrictive.」
と書かれている。なお,これは正の金利の場合である。
 ここに書かれていることをまとめ直すと,以下のようになる。生産性ショックの性格によって,物価の安定を図る金融政策のスタンスが違う。金融政策で相殺しなければ,そちらに物価が動いてしまうという意味で「圧力」という言葉を使うと,一時的な生産性上昇はデフレ圧力,恒久的な生産性の上昇(つまり成長率に変化なし)は中立的,将来の生産性の上昇期待(生産性成長率の上昇)はインフレ圧力になる。負の方向のショックに言い換えると,一時的な生産性低下はインフレ圧力,将来の生産性低下の懸念(成長率の低下)はデフレ圧力になる。

(参考文献)
Pierpaolo Benigno (2009), “New-Keynesian Economics: An AS-AD View,” NBER Working Paper No. 14824.

(参考)
「生産性と自然利子率」(himaginaryの日記)
http://d.hatena.ne.jp/himaginary/20100725/productivity_and_natural_rate_of_interest

(関係する過去記事)
『生産性の低下』と『生産性成長率の低下』
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