という。
最後の,生産性の向上が賃金を低下させる,の件が当初理解できなかったが,この発言は公聴会のために準備された原稿に記載されたもので,原文は,”rapid increases in productivity have further reduced producers' unit labor costs”である。正確には,賃金ではなく「単位労働コスト」が低下している,といっている。
単位労働コストは物価の動向を判断するために重視されている指標であり,賃金を労働生産性で割ったものになる(注1,注2)。バーナンキ氏の言及した「生産性」は単位労働コストのなかの労働生産性の動きに反映されるので,ここでいっていることは,賃金の低下が単位労働コストを低下させ,生産性の上昇がさらに単位労働コストを減少させた,である。生産性の上昇が賃金を低下させた,ではない。
単位労働コストの低下は,企業の生産費用の低下なので,価格の低下圧力になる。価格が少し遅れて調整されると考えると,過去の単位労働コストの動向が将来の価格に影響するだろう。したがって,バーナンキ氏は,米国のインフレ率の低下の要因の説明に,最近の単位労働コストの経緯とそれの原因である生産性の上昇,をもちだしている。
さて,このことの理論的な背景であるが,
(1) 価格が伸縮的に調整されるとすれば同時に起こる現象に着目している
(2) 過去の動向を見ており,将来の動向は見ていない
ことから,過去から現在に生産性が一時的に上昇したらどうなるか,を考えており,それがデフレ圧力になる,と考えていることになる(注3)。
高橋氏の議論は途中経過が不正確だが,「高生産性でデフレ圧力」という結論は結果的には正しい。
さて生産性については,高橋氏は「日本の生産性が低いことに言及されているが、米国の話はない」といっているが,もとのバーナンキ氏の発言は,”relatively low productivity in recent years … so its potential growth rate is lower than the US”なので,生産性と潜在成長率は明確に日米を比較している。発言の趣旨で重要なのは潜在成長率であり,それに影響を与えるのも生産性の成長率である。
高橋氏は,ここを成長率とはとらず,上の「高生産性でデフレ圧力」を裏返して,「低生産性でインフレ圧力」と解釈している。そのため,高橋氏は,
ここで,「東京は世界の金融センターになる」という例を使ったのには,理由がある。ご承知の通り,これはわが国がバブルで賑わっていた頃にいわれていた話で,実際には「世界の金融センター」は幻で,バブルは崩壊した。
そこで,私が上に説明した筋書きをもう一度見てもらいたいのだが,最初に,「東京は世界の金融センターになる」と皆が予想するところから,現在の需要が増えるところまでは,「予想」だけで動いている。つまり,将来にこの「予想」が実現せずに幻に終わったとしても,現在の需要は増加する。労働供給が動けば,現在の生産も増加するだろう。逆に,予想が裏切られた将来では,予想に基づいた行動が裏目に出て,経済が縮小するのではないか。こうした筋書きを表現しようしたのが,今回の記事の題名とした「news-driven business cycle」と呼ばれるモデルである。これは,将来に経済に好調になるという予想ができるが,後でそれが実現しないという現象によって,景気循環が生じるという考え方である。日本のバブル景気とその後の低迷を説明する仮説としても注目されている。
予想された経済の好調は実際には実現されていないので,事後的な産出量を見ているだけでは,news-driven business cycleはとらえられない。それで,将来の経済状況に関する予想が株価に含まれているのではないか,と考えて,株価が推定されるモデルに加えられている。
じつは,実物的景気循環モデルや標準的なニュー・ケインジアン・モデルに基づく初期の研究では,このアイデアでは,実際の景気循環の様子をうまく説明できなかった。しかし,Jaimovich and Rebelo (2009)の工夫によって,大きな問題が解消して,現在は多くの研究者によって精力的に研究が進められている。日本経済に適用した研究には,例えばFujiwara, Hirose and Shintani (2008)がある。
Nir Jaimovich and Sergio Rebelo (2009), “Can News about the Future Drive the Business Cycle?” American Economic Review, Vol. 99, No. 4, September, pp. 1097-1118.
(注)
Benigno (2009)は,ニュー・ケインジアン・モデルをできる限り総需要・総供給分析に近づけて説明しているが,その6節「Productivity shocks」は,
6.1 A temporary productivity shock
6.2 A permanent productivity shock
6.3 Optimism or pessimism on future productivity
で構成されている。この節の末尾には,
「Regardless of the properties of the shock -temporary, permanent or expected- monetary policy can always move interest rates to stabilize prices and the output gap simultaneously. But the direction of the movement depends on the nature of the shock. When shocks are transitory, monetary policy should be expansionary; when permanent, it should be neutral; and with merely expected productivity shocks, it should be restrictive.」
と書かれている。なお,これは正の金利の場合である。
ここに書かれていることをまとめ直すと,以下のようになる。生産性ショックの性格によって,物価の安定を図る金融政策のスタンスが違う。金融政策で相殺しなければ,そちらに物価が動いてしまうという意味で「圧力」という言葉を使うと,一時的な生産性上昇はデフレ圧力,恒久的な生産性の上昇(つまり成長率に変化なし)は中立的,将来の生産性の上昇期待(生産性成長率の上昇)はインフレ圧力になる。負の方向のショックに言い換えると,一時的な生産性低下はインフレ圧力,将来の生産性低下の懸念(成長率の低下)はデフレ圧力になる。
(参考文献)
Pierpaolo Benigno (2009), “New-Keynesian Economics: An AS-AD View,” NBER Working Paper No. 14824.