1月27日に2008年度第2次補正予算が成立した。しかし,財投特会の「埋蔵金」を一般会計に繰り入れて,景気対策の財源を確保する特例法はまだ成立していない。ここで,景気対策のための予算は執行できるのか。一般には,できない,と理解されていたが,29日に伊吹文明元自民党幹事長は,できるし,すべきである,と発言した。
予算を執行「できる,できない」,「すべきである,すべきでない」,「する,しない」の3つは,すべて別の論点である。予算の執行の是非は措いて,法律論だけから見れば,「できる」。
【「できる」ことの技術的説明】
予算が成立することで,政府は予算を執行する権限を付与される。一方,財政法12条
「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」
の規定(「会計年度独立の原則」と呼ばれる)がある。歳入を確保する特例法が成立しないときにそのまま予算を執行すると,その年度の歳入で歳出をまかなえていないため,会計年度独立の原則に反する。
しかし,これは決算で満たされるべき条件なので,会計年度内で歳入が後,歳出が先になることがあってもかまわない。実際にそうしたことは起こっており,つなぎ資金を調達する政府短期証券という制度がある。
いまは年度末まで時間がなく,特例法が成立しなくなったときに新しい補正予算を成立させて,修正を図る時間的余裕はない。また,国会の結論を待たないと,「国会軽視だ」と野党は批判するだろう。だから,特例法の成立を待って予算を執行するというのが,政府の現在の方針だ。これは,「できる,できない」の話ではなく,「する,しない」の問題であるというのが,伊吹氏の発言の趣旨だろう。
特例法が成立する見込みがなく,新しい補正予算を成立させる見込みもないときに予算を執行することは,会計年度独立の原則を破る確信犯だから,これは「できない」。しかし,特例法が確実に成立するとの見通しをもって政府が予算を執行しようとした場合には,財政法はそれを「できない」とする規定をもたない。
「できる」状態のもとで,「する,しない」は高度な政治判断である。この判断では,万が一特例法が成立しなかったら何が起こるか,が重要な要素となるだろう。
【特例法が成立しなかった事態の技術的説明】
(政治的帰結)
内閣は,会計年度独立の原則が満たされない事態を引き起こした責任を問われる。しかしそれ以前に,これは衆議院での法案の再可決ができないということだから,政権が倒れるかどうかの重大な事態であり,会計年度独立の原則云々は政治的には二の次になる。つまり,予算が執行されていようがいまいが,特例法の成立自体が政権の命運を左右する問題である。
(財政的帰結)
特例法が成立せず,新しい補正予算も成立せず,一般会計歳入に4兆1580億円の穴があくと財政が破綻するかというと,そうはならない。結論として,特例法が成立した場合とほとんど変わらない。
決算で歳出が歳入を上回ること(「決算の不足」という)は財政法では想定されていないが,「決算調整資金に関する法律」で,「予見し難い租税収入の減少等により一般会計の歳入歳出の決算上不足が生ずることとなる場合」に決算調整資金から不足を補填する制度がある。税収の見通しが狂って歳入が不足することに備えた制度なので,法律が成立しないことで歳入が不足する事態に適用できるかどうかは明確ではない。しかし,そこまで追い込まれれば,「予見し難い租税収入の減少等」の「等」の事態であると解釈して,決算調整資金で決算の不足を補うしかないだろう。
決算調整資金は現在,残高ゼロなので,必要な資金は国債整理基金特別会計から繰り入れられる。では国債整理基金特会が資金不足に陥ることになるかというと,そもそも特例法が成立しない場合,財投特会の「埋蔵金」は一般会計ではなく,国債整理基金特会に繰り入れられる。これが使えるし,国債整理基金特会にも埋蔵金はある。本質的には,特例法が成立すれば財投特会の「埋蔵金」が直接一般会計に繰り入れられ,特例法が成立しなければこれが国債整理基金特会から決算調整資金を経由して一般会計に繰り入れられる,という経路の違いだけである。
厳密にいえば,2008年度単独では特例法による繰入額が大きいので,特例法が成立しない場合,「埋蔵金」の一部が財投特会に残り,国債整理基金特会の埋蔵金が一般会計への繰り入れに充てられる。しかし,財投特会の積立金で基準を超えるものは国債整理基金特会に繰り入れられるルールがあるので,財投特会に残った「埋蔵金」はやがて国債整理基金特会に繰り入れられる。長期的には,特例法が成立しても,しなくても同じことになる。
(注)
特別会計の積立金のうち正当な目的をもつものは埋蔵金ではなく,それを超える部分が埋蔵金と呼ぶべきである。各特別会計について合理的な水準を決めることが非常に重要である。積立金を一般会計に繰り入れることで合理的な水準を下回る場合には,「隠れ借金」になる。今回の特例法については,財投特会の積立金の合理的水準について十分な議論がされていないことから,「埋蔵金」と「」を付している。
(参考)
「本来の機能を果たせぬ決算調整資金」(﨑山建樹)
www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/books2/200629/20062901.pdf
予算を執行「できる,できない」,「すべきである,すべきでない」,「する,しない」の3つは,すべて別の論点である。予算の執行の是非は措いて,法律論だけから見れば,「できる」。
【「できる」ことの技術的説明】
予算が成立することで,政府は予算を執行する権限を付与される。一方,財政法12条
「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」
の規定(「会計年度独立の原則」と呼ばれる)がある。歳入を確保する特例法が成立しないときにそのまま予算を執行すると,その年度の歳入で歳出をまかなえていないため,会計年度独立の原則に反する。
しかし,これは決算で満たされるべき条件なので,会計年度内で歳入が後,歳出が先になることがあってもかまわない。実際にそうしたことは起こっており,つなぎ資金を調達する政府短期証券という制度がある。
いまは年度末まで時間がなく,特例法が成立しなくなったときに新しい補正予算を成立させて,修正を図る時間的余裕はない。また,国会の結論を待たないと,「国会軽視だ」と野党は批判するだろう。だから,特例法の成立を待って予算を執行するというのが,政府の現在の方針だ。これは,「できる,できない」の話ではなく,「する,しない」の問題であるというのが,伊吹氏の発言の趣旨だろう。
特例法が成立する見込みがなく,新しい補正予算を成立させる見込みもないときに予算を執行することは,会計年度独立の原則を破る確信犯だから,これは「できない」。しかし,特例法が確実に成立するとの見通しをもって政府が予算を執行しようとした場合には,財政法はそれを「できない」とする規定をもたない。
「できる」状態のもとで,「する,しない」は高度な政治判断である。この判断では,万が一特例法が成立しなかったら何が起こるか,が重要な要素となるだろう。
【特例法が成立しなかった事態の技術的説明】
(政治的帰結)
内閣は,会計年度独立の原則が満たされない事態を引き起こした責任を問われる。しかしそれ以前に,これは衆議院での法案の再可決ができないということだから,政権が倒れるかどうかの重大な事態であり,会計年度独立の原則云々は政治的には二の次になる。つまり,予算が執行されていようがいまいが,特例法の成立自体が政権の命運を左右する問題である。
(財政的帰結)
特例法が成立せず,新しい補正予算も成立せず,一般会計歳入に4兆1580億円の穴があくと財政が破綻するかというと,そうはならない。結論として,特例法が成立した場合とほとんど変わらない。
決算で歳出が歳入を上回ること(「決算の不足」という)は財政法では想定されていないが,「決算調整資金に関する法律」で,「予見し難い租税収入の減少等により一般会計の歳入歳出の決算上不足が生ずることとなる場合」に決算調整資金から不足を補填する制度がある。税収の見通しが狂って歳入が不足することに備えた制度なので,法律が成立しないことで歳入が不足する事態に適用できるかどうかは明確ではない。しかし,そこまで追い込まれれば,「予見し難い租税収入の減少等」の「等」の事態であると解釈して,決算調整資金で決算の不足を補うしかないだろう。
決算調整資金は現在,残高ゼロなので,必要な資金は国債整理基金特別会計から繰り入れられる。では国債整理基金特会が資金不足に陥ることになるかというと,そもそも特例法が成立しない場合,財投特会の「埋蔵金」は一般会計ではなく,国債整理基金特会に繰り入れられる。これが使えるし,国債整理基金特会にも埋蔵金はある。本質的には,特例法が成立すれば財投特会の「埋蔵金」が直接一般会計に繰り入れられ,特例法が成立しなければこれが国債整理基金特会から決算調整資金を経由して一般会計に繰り入れられる,という経路の違いだけである。
厳密にいえば,2008年度単独では特例法による繰入額が大きいので,特例法が成立しない場合,「埋蔵金」の一部が財投特会に残り,国債整理基金特会の埋蔵金が一般会計への繰り入れに充てられる。しかし,財投特会の積立金で基準を超えるものは国債整理基金特会に繰り入れられるルールがあるので,財投特会に残った「埋蔵金」はやがて国債整理基金特会に繰り入れられる。長期的には,特例法が成立しても,しなくても同じことになる。
(注)
特別会計の積立金のうち正当な目的をもつものは埋蔵金ではなく,それを超える部分が埋蔵金と呼ぶべきである。各特別会計について合理的な水準を決めることが非常に重要である。積立金を一般会計に繰り入れることで合理的な水準を下回る場合には,「隠れ借金」になる。今回の特例法については,財投特会の積立金の合理的水準について十分な議論がされていないことから,「埋蔵金」と「」を付している。
(参考)
「本来の機能を果たせぬ決算調整資金」(﨑山建樹)
www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/books2/200629/20062901.pdf