2009年01月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2009年01月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

特例法が成立しなくても景気対策は実行できるか

 1月27日に2008年度第2次補正予算が成立した。しかし,財投特会の「埋蔵金」を一般会計に繰り入れて,景気対策の財源を確保する特例法はまだ成立していない。ここで,景気対策のための予算は執行できるのか。一般には,できない,と理解されていたが,29日に伊吹文明元自民党幹事長は,できるし,すべきである,と発言した。
 予算を執行「できる,できない」,「すべきである,すべきでない」,「する,しない」の3つは,すべて別の論点である。予算の執行の是非は措いて,法律論だけから見れば,「できる」。

【「できる」ことの技術的説明】
 予算が成立することで,政府は予算を執行する権限を付与される。一方,財政法12条

「各会計年度における経費は、その年度の歳入を以て、これを支弁しなければならない」

の規定(「会計年度独立の原則」と呼ばれる)がある。歳入を確保する特例法が成立しないときにそのまま予算を執行すると,その年度の歳入で歳出をまかなえていないため,会計年度独立の原則に反する。
 しかし,これは決算で満たされるべき条件なので,会計年度内で歳入が後,歳出が先になることがあってもかまわない。実際にそうしたことは起こっており,つなぎ資金を調達する政府短期証券という制度がある。
 いまは年度末まで時間がなく,特例法が成立しなくなったときに新しい補正予算を成立させて,修正を図る時間的余裕はない。また,国会の結論を待たないと,「国会軽視だ」と野党は批判するだろう。だから,特例法の成立を待って予算を執行するというのが,政府の現在の方針だ。これは,「できる,できない」の話ではなく,「する,しない」の問題であるというのが,伊吹氏の発言の趣旨だろう。
 特例法が成立する見込みがなく,新しい補正予算を成立させる見込みもないときに予算を執行することは,会計年度独立の原則を破る確信犯だから,これは「できない」。しかし,特例法が確実に成立するとの見通しをもって政府が予算を執行しようとした場合には,財政法はそれを「できない」とする規定をもたない。
「できる」状態のもとで,「する,しない」は高度な政治判断である。この判断では,万が一特例法が成立しなかったら何が起こるか,が重要な要素となるだろう。

【特例法が成立しなかった事態の技術的説明】
(政治的帰結)
 内閣は,会計年度独立の原則が満たされない事態を引き起こした責任を問われる。しかしそれ以前に,これは衆議院での法案の再可決ができないということだから,政権が倒れるかどうかの重大な事態であり,会計年度独立の原則云々は政治的には二の次になる。つまり,予算が執行されていようがいまいが,特例法の成立自体が政権の命運を左右する問題である。
(財政的帰結)
 特例法が成立せず,新しい補正予算も成立せず,一般会計歳入に4兆1580億円の穴があくと財政が破綻するかというと,そうはならない。結論として,特例法が成立した場合とほとんど変わらない。
 決算で歳出が歳入を上回ること(「決算の不足」という)は財政法では想定されていないが,「決算調整資金に関する法律」で,「予見し難い租税収入の減少等により一般会計の歳入歳出の決算上不足が生ずることとなる場合」に決算調整資金から不足を補填する制度がある。税収の見通しが狂って歳入が不足することに備えた制度なので,法律が成立しないことで歳入が不足する事態に適用できるかどうかは明確ではない。しかし,そこまで追い込まれれば,「予見し難い租税収入の減少等」の「等」の事態であると解釈して,決算調整資金で決算の不足を補うしかないだろう。
 決算調整資金は現在,残高ゼロなので,必要な資金は国債整理基金特別会計から繰り入れられる。では国債整理基金特会が資金不足に陥ることになるかというと,そもそも特例法が成立しない場合,財投特会の「埋蔵金」は一般会計ではなく,国債整理基金特会に繰り入れられる。これが使えるし,国債整理基金特会にも埋蔵金はある。本質的には,特例法が成立すれば財投特会の「埋蔵金」が直接一般会計に繰り入れられ,特例法が成立しなければこれが国債整理基金特会から決算調整資金を経由して一般会計に繰り入れられる,という経路の違いだけである。
 厳密にいえば,2008年度単独では特例法による繰入額が大きいので,特例法が成立しない場合,「埋蔵金」の一部が財投特会に残り,国債整理基金特会の埋蔵金が一般会計への繰り入れに充てられる。しかし,財投特会の積立金で基準を超えるものは国債整理基金特会に繰り入れられるルールがあるので,財投特会に残った「埋蔵金」はやがて国債整理基金特会に繰り入れられる。長期的には,特例法が成立しても,しなくても同じことになる。

(注)
 特別会計の積立金のうち正当な目的をもつものは埋蔵金ではなく,それを超える部分が埋蔵金と呼ぶべきである。各特別会計について合理的な水準を決めることが非常に重要である。積立金を一般会計に繰り入れることで合理的な水準を下回る場合には,「隠れ借金」になる。今回の特例法については,財投特会の積立金の合理的水準について十分な議論がされていないことから,「埋蔵金」と「」を付している。

(参考)
「本来の機能を果たせぬ決算調整資金」(﨑山建樹)
www.sangiin.go.jp/japanese/annai/chousa/books2/200629/20062901.pdf

財政制度等審議会が定額給付金の見直し要求

 15日の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)において,定額給付金を撤回して,使途を再考するよう政府に求める意見が大勢を占めたことが報道されている。審議会が政府の決定事項に異を唱えるのは異例だ。国会で審議中の重要案件だけに,どういう影響が出るのか計り知れない。
 私もこの会合に出席しており,定額給付金については直接発言しなかったが,意見の集約に違和感はない。付け加えるならば,定額給付金の財源となる財投特会の埋蔵金取り崩し分は,給付金を撤回した後に別の財政支出に向けるよりは,本来のルール通りに国債償還に回すべきだという意見で集約してもよいような議論がされたと思う。
 これを実現させる手順は簡単である。財政投融資特別会計の準備金を4兆1580億円一般会計に繰り入れるための「平成20年度における財政運営のための財政投融資特別会計からの繰入れの特例に関する法律」を,衆議院での野党修正案のように定額給付金の財源分減額して,成立させる。政府は,これを受けて定額給付金を取りやめる。あとは,財投特会の準備金を,特別会計法に定める本来のルール通り処理する。
 手順は簡単だが,政府の審議会の意見が野党案を支持することになるのは,政治的にはものすごい話だ。しかし,支持率2割,不支持率7割の政権によって,国民の過半数が反対する政策が進められることを黙認するよりは,国民の視点から意見をいうことが審議会の果たすべき役割だろう。

(関係する過去記事)
ほぼ余計な追加的経済対策

埋蔵金探訪(2):財政融資資金特別会計

『リーディングス 格差を考える』

 拙稿「研究進む『最適』所得税制」が収録された,伊藤元重東大教授編『リーディングス 格差を考える』が日本経済新聞出版社より刊行されました。
 拙稿は,『日本経済新聞』2007年6月4日付朝刊の経済教室欄に寄稿したものです。
 続け様に転載依頼があったので,最初はシリーズ物かと思ったのですが,『日経・経済教室セレクションI』とは別の企画のようです。

 以下は,拙稿の要旨です。
「経済の活力を損なわず、所得再分配も進むような最適な所得税制に関する研究が進んでいる。最近では最高所得階層の税率は50%超が望ましいという示唆も出ている。日本でも税制にどう所得が反応するかの実証研究を進展させて、望ましい税制についての議論を深める必要がある。」

『日経・経済教室セレクションI』

 拙稿「『経済一流でない』の真実」が収録された,日本経済新聞社編『日経・経済教室セレクションI』が日本経済新聞出版社より刊行されました。
 拙稿は,『日本経済新聞』2008年2月4日付朝刊の経済教室欄に寄稿したものです。
 以下は,拙稿の要旨です。

「日本の一人当たり国内総生産が18位に転落したことが話題になっているが、購買力平価でみると様相が異なる。実際は、ドル換算でみた日本の経済力の過大評価が修正されたと見るべきだ。為替レートと購買力平価の乖離が縮小したのに実質所得が伸びないのは、産業間で生産性の伸びが違うためで、産業別の国際比較を通じて成長戦略を練る必要がある。」
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