2008年10月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年10月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

ほぼ余計な追加的経済対策

 いま論じられなければいけない経済政策は,3つの性格のものに分かれる。まず,金融危機への直接的な対策。第2に,金融危機に起因する世界経済の減速に対処する,安定化政策。第3に,来年度予算編成に向けて,さまざまな構造的な問題に対応すること。
 これらをきちんと峻別して,適切な手を打っていかなければならないが,30日にまとめられた追加的経済対策(「生活対策」)では,すべてが景気対策のなかにまぜこぜになっている。これが,追加的経済対策の最大の問題点だ。

(1) 第3の構造問題は別に長期的視点から議論しなければいけない問題である。ところが,十分に議論が詰められていない政策課題に唐突に結論が出されている。例えば,「成長力強化税制」の導入,住宅ローン減税(個人所得課税)の延長・拡充等は,税体系の整合性をとって,税制改革のなかで結論を得る問題である。
 地方公共団体支援策について,以下のような項目があがっている。
○道路特定財源の一般財源化に際し、1兆円を地方の実情に応じて使用する新たな仕組みを作る
○地方自治体(一般会計)に長期・低利の資金を融通できる、地方共同の金融機構の創設について検討する
○地域活性化等に資するきめ細かなインフラ整備などを進めるため、「地域活性化・生活対策臨時交付金」(仮称)を交付する
○景気後退や本対策に伴う地方税や地方交付税の原資となる国税5税の減収等について、地方公共団体への適切な財政措置を講じる
 国と地方の財政関係は,これまで大きな問題になっていたことであり,景気対策の形で結論を出すべき問題ではない。

(2) 経済対策(安定化政策)の主役は,金融緩和。これは31日の日本銀行の政策決定会合を見守りたい。
 財政政策は自動安定化装置によって安定化機能を果たす。今年度の税収が予算より大幅に減少することで,赤字国債が追加発行される。2次補正予算か3次補正予算のどちらかに組み込まれるだろうが,これが財政政策の柱。
 それに追加しての財政出動として,2兆円の定額給付金が盛り込まれた。財政赤字が深刻な時期の減税は,将来の増税で相殺されると思う国民が増えるので,その効果は小さくなると考えられる。将来の増税に備えて減税分を全部貯蓄すれば景気刺激効果はないし(リカードの等価命題),増税の悪影響や財政破綻を懸念して減税分以上に貯蓄してしまうと逆効果(非ケインズ効果)になる。今回は3年後の消費税引き上げに言及しているので,現状が切迫している(流動性制約にある)家計をのぞいては,大部分は貯蓄に回ると見てよいだろう。非常に効率の悪い政策である。定額給付金はやらない方がいい。

(3) 財源は「埋蔵金」を流用して赤字国債に頼らないことについて,麻生首相は記者会見で「安易に将来世代に負担のつけを回すことはしない」と説明したが,これは間違い。埋蔵金の流用は,赤字国債発行と実質的に同じであり,将来世代にツケを回している。

(4) 金融危機への直接的対応がやはり最重要だが,首をかしげる対策が混入している。
例えば,銀行の自己資本比率規制の一部弾力化は,考え方がまったくおかしい。株価低下で自己資本比率が低下して,貸し渋り,貸しはがしをする羽目になるのを未然に防ぐために,自己資本比率規制が用意されているのであり,ルールを曲げる必要はない。元利保証した債務に対して,大きく価格変動するかもしれない株式を銀行が保有することがそもそも間違い。規制を緩めるのではなく,きちんと早期是正措置をとり,経営者の責任を追及することで,銀行の株式保有行動を変えていくべきだ。また,銀行が保有する株式を買い取る案が引き続き検討されるようだが,もし実現すれば,株価が下がれば政府が買い取ることが実質的にルール化されるので,銀行の株式に対するリスク評価が大きくゆがむ。この対策も必要ない。

(参考)
麻生首相記者会見(10月30日)
http://www.kantei.go.jp/jp/asophoto/2008/10/30kaiken.html

現下の経済情勢への緊急対応
http://www.kantei.go.jp/jp/keizai/

小泉政権で格差は縮小した?

 最近,OECDから「小泉政権で格差は縮小した」と受け取られかねない調査結果が出されたので,事実関係を整理したい。

 21日,OECDは所得分配の国際比較調査をまとめ,報告書『格差は拡大しているか:OECD諸国における所得分配と貧困』を公表した。日本に関する資料(http://www.oecd.org/dataoecd/45/58/41527388.pdf )の冒頭には,「日本の所得格差と貧困は、長期にわたる拡大傾向に反して、過去5年間で縮小に転じた。」と書かれ,ジニ係数,相対的貧困率ともに2000年から2000年代中盤(mid-2000s)にかけて低下していることを示す図が掲載されている。ちょうど小泉政権期に重なるので,額面通りに受け止めると,小泉政権で格差は縮小したことになる。
 じつは,2000年代中盤というのは,2003年のことである。この調査での日本のデータは,『国民生活基礎調査』の個票を国立社会保障・人口問題研究所で再集計して,OECDに提供している。厚生労働省による『国民生活基礎調査』の報告書には,わが国の全世帯の年間所得金額のジニ係数が計算されている。所得の定義が違うので,直接の比較はできないが,参考までに2000年から2006年までの推移を見ると,以下の図のようになる。
イメージ 1

 2003年だけ,顕著にジニ係数が低下している。2000年と2003年だけを見れば,ジニ係数は低下しているが,全体を見れば,横ばいか若干の上昇。2003年が何らかの特殊要因で低くなっている,と考えるのが自然だろう。OECDでの調査にも,2003年の特殊要因が反映された可能性がある。その場合,格差縮小を傾向と解釈はできない。

 なぜ,OECD調査で2003年のデータが使われたのか。『国民生活基礎調査』は毎年6,7月におこなわれるが,3年に1回,標本数の多い大規模調査がおこなわれる。調査前年1年間の所得を調査するので,例えば,2007年の大規模調査で2006年の所得が調べられる。OECD調査は細かい集計が必要なので,標本数の多い年のデータを使用するのが適当だ。今回の報告書は公表までにかなり時間がかかっており,日本がOECDの調査に回答する時点では2006年の所得データが利用できなかったので,2003年のデータが使われている。
 格差問題は国民の関心も高いだけに,今後に2つの分析が必要だ。第1に,2006年のデータを用いて,今回のOECD調査と同じ集計をおこなうこと。この方が,2000年代前半の動向を適切にとらえられる。第2に,2003年のデータをくわしく解析して,なぜこの年だけジニ係数が低下したのかを解明すること。

(参考)
『格差は拡大しているか:OECD諸国における所得分配と貧困』
http://www.oecd.org/els/social/inequality

『格差は拡大しているか:OECD諸国における所得分配と貧困』日本に関する資料
http://www.oecd.org/dataoecd/45/58/41527388.pdf

『格差は拡大しているか:OECD諸国における所得分配と貧困』日本語概要
http://www.oecd.org/dataoecd/45/15/41527181.pdf

平成19年度 国民生活基礎調査の概要
http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa07/index.html

シンポジウム「人口減少と日本経済-労働・年金・医療制度のゆくえ」を日本経済新聞が紹介

 15日の日本経済新聞に,日本学術会議シンポジウム「人口減少と日本経済-労働・年金・医療制度のゆくえ」(9月26日開催)の紹介記事が掲載されました。福井唯嗣京都産業大学准教授と私の報告の内容も掲載されています。

(関係する過去記事)
日本学術会議シンポジウム

公的資金の投入が必要となる理由(2001年版)

 多くの人が同感だと思うが,サブプライム危機の経緯は,日本の「失われた15年」を早回しで見ているようだ。
 日本の不良債権問題については,2001年7月に『エコノミックス』誌での小林慶一郎経済産業研究所上席研究員との対談「不良債権は経済成長を阻害するか」(司会は岩田規久男学習院大教授)で議論を交わしたことがある。この対談は,大竹文雄阪大教授・柳川範之東大准教授編『平成不況の論点』(東洋経済新報社)に収録されている。小泉政権の構造改革路線がテーマだったので,小林氏が不良債権,私が財政再建の役割分担を想定していたのだが,重点は不良債権に傾いてしまった。
 当時は銀行が大きな不良債権を抱えていたが,不良債権の処理と資本注入が必要という考え方を私は支持していた。どちらも銀行が自ら動かなかったので,どうしてそれを政府が強制するのが望ましいのかという疑問がもたれるのは当然である。銀行が不良債権の処理をしたがらないことの説明は準備してあったので,対談ではそれを話した。それは,不良債権処理によって自己資本不足が露呈することを避けるためであり,当時は厳格な資産評価がされていないため,それが可能であったという説明である。
 一方,なぜ自発的に増資しないのか,については対談時にはよく考えていなかったため,その場でうまく説明することができなかった。司会の岩田教授は,自己資本が不足して貸出がされないのではなく,優良な貸出先がないからで,それはデフレが原因だという考えをもっている。小林氏と私とは資本注入に関する考えが若干違っていたまま議論しており,結局,対談では,資本注入が必要な理由がよくわからないままになってしまった。ここで,銀行が民間からの増資を受けられない理由をきちんと説明できていれば,対談の帰結はかなり変わったように思う。長期低迷の原因は不良債権か,デフレかという重要な論点に関わるところだったので,いまだに心残りである。
 対談後に以下のような文章を考えて,差し替えを希望したのだが,対談時に話した内容とは違ったものだと判断されて,収録されなかった。別の場所で公表する機会もなかったが,現在の金融危機と少し関係するので,『平成不況の論点』161ページ最後の「なぜ銀行は自力で市場から資金を調達できないのかということです」という問に対して,本来こうあるべきだった発言,という形で以下に公表したい。

「じつは,自己資本が過小な銀行がギャンブルをおこなっているような状況では,銀行が自ら資本調達できないメカニズムが同時に働いている可能性が高くなっています。
 すなわち,自己資本が過小な状況でギャンブルが失敗すると,預金の価値も損なわれる可能性があるという点で,ギャンブルの元手には預金が含まれています。この点で預金者の利益が損なわれており,自己資本の増強によって経営悪化のリスクがほぼ自己資本で負担されるようになることは,預金者の利益にもつながります。
 したがって,自己資本の増強による利益が資本だけに帰属しないので,自己資本の供給者が得られる収益率が低くなって,資本市場は銀行の自己資本増強に応じることができなくなる場合があります。預金者は利益を得られますが,小口預金者の集団が自己資本の増強に応じる事態はほとんど考えられません。また,既存株主が大幅な減資を受け入れれば新規資本の収益率を高めることができますが,新旧株主の利害対立から実現は無理でしょう。こうして,銀行は自己資本を調達できなくなります。
 ところで現在の日本では,ペイオフをしないと預金保険機構が約束していますので,預金に関するリスクは預金保険機構が一手に負っています。したがって,預金保険機構すなわち政府が出資して自己資本を増強することは,銀行が破綻したときの公的資金による負担を減らすことができるならば,考慮すべき政策手段のひとつになります。
 以上のようなメカニズムが働いているならば,資本市場で自己資本を調達できない銀行に対して,公的資金で自己資本を注入することが望ましくなる根拠が与えられます。ただし,銀行が破綻した場合の国民負担と自己資本を注入した場合の国民負担のどちらが小さいかという基準で,個別銀行に対する政策的対応を決定していかなければならないという点で,適切な政策がとられるには政策当局に大変に高度な能力が要求されることには注意する必要があります。」

 銀行が自発的に増資しない理由をよりくわしく説明したものとして,2002年に出版された,竹森俊平慶応大教授の『経済論戦は甦る』(東洋経済新報社)の第4章がある。Myers and Majlut (1984),Calomiris and Wilson (2004)等の議論に基づいて,健全な銀行と不健全な銀行が並存するが,外部には区別がつかないという非対称情報のもので,健全な銀行も不健全な銀行も増資ができない状況があることを説明している。私の議論は,非対称情報の問題がないときの不健全な銀行の状況に対応している。

 2001年にブログがあれば,『エコノミックス』誌発売時に補足の記事を投稿すればよかっただろう。しかし,ブログがあれば,制約のある媒体から最初に情報発信する必要もないのだが。

(参考文献)
Myers, Stewart C., and Nicolas S. Majlut (1984), “Corporate Financing and Investment Decisions When Firms Have Information that Investors Do not Have,” Journal of Financial Economics, Vol. 13, No. 2, June, pp. 187-221.
Calomiris, Charles W., and Berry Wilson (2004), “Bank Capital and Portfolio Management: the 1930s "Capital Crunch" and the Scramble to Shed Risk,” Journal of Business, Vol. 77, No. 3, July, pp. 421-455.(竹森教授の著書出版時はディスカッションペーパー)

(関係する過去記事)
公的資金の投入が必要となる理由

公的資金の投入が必要となる理由

 経営危機にある銀行に公的資金で資本注入することに対しては,なぜ民間で資本を調達できないのか,という疑問(批判)が呈されることがある。
 銀行の資産内容が不明瞭で投資家が出資に二の足を踏むのがひとつの理由に見えるが,この場合,公的資金を使うことも問題がある。資産価値を実際よりも高めに評価して出資した場合には,既存株主へ補助金を与えることと同じになるからだ。公的資金の投入には,資産の厳格な査定が前提であるが,それができれば民間も出資できるだろう,という話になる。
 単純でかつ重要な理由は,預金保険の存在である。自己資本比率が低い場合,さらに貸出債権の価値が毀損して銀行が破綻すると,預金保険からの拠出がなされる事態が起こる。
 自己資本比率が低下した銀行の増資に民間が応じた場合,経営破綻の際の負担が預金保険から出資者に移転することになる。つまり,預金保険は労せずして,出費のリスクから逃れることになる。逆の角度から見れば,出資の一部が事実上,預金保険への寄付に使われてしまうことになる。当然,民間はそれをきらって,出資しようとしない。また,下の数値例で説明するように,既存株主の自己資本の一部も同様に預金保険の寄付になるので,既存株主も増資を望まない。
 債務超過でなくても増資が困難になった原因が預金保険にあるならば,破綻処理に入るよりも公的資金による資本注入をとる方が望ましくなる。

(数値例)
 1/2の確率で100億ドル,1/2の確率で90億ドルの価値となる貸出債権を銀行が保有しているとする。銀行が預金者に96億ドルの支払を約束していたとすると,貸出債権の価値が100億ドルとなった場合は,銀行の利益は4億ドル,預金保険の損失はゼロ,貸出債権の価値が90億ドルとなった場合は,銀行の利益はゼロ,預金保険の損失は6億ドルである。資産価値をリスク中立的に評価(期待値で評価)できるとすると,この銀行の貸借対照表は,
(借方)
貸出債権 95億ドル
預金保険からの拠出 3億ドル
(貸方)
預金 96億ドル
自己資本 2億ドル
となる。

(1)
 民間が6億ドル出資して,その分の預金が減って,90億ドルになったとする。今度は,貸出債権の価値が100億ドルとなった場合,銀行の利益は10億ドル。出資前の自己資本の価値が2億ドルで新規出資額が6億ドルだから,両者の請求権が同じなら,既存資本はその1/4の2.5億ドル,新規出資者は3/4の7.5億ドルを受け取る。貸出債権の価値が90億ドルの場合は,銀行の利益も預金保険の損失もゼロ。この場合の銀行の貸借対照表は,
(借方)
貸出債権 95億ドル
(貸方)
預金 90億ドル
自己資本(既存資本分) 1.25億ドル
自己資本(新規資本分) 3.75億ドル
となる。新規資本は6億ドル出資したとたんに,資産側の預金保険の拠出分が消えてしまい,その価値が3.75億ドルになる。差額の2.25億ドルは預金保険に寄付した形になる。既存株主も0.75億ドルを寄付した形になる。

(2)
 かりに新規出資者がすべての利益を受け取れるとしても,やはり出資は割に合わない。1/2の確率で10億ドルの利益しか得られないので,6億ドルの出資が5億ドルの価値しかもたなくなる。貸借対照表は,
(借方)
貸出債権 95億ドル
(貸方)
預金 90億ドル
自己資本(既存資本分) 0
自己資本(新規資本分) 5億ドル
となる。

(3)
 政府が6億ドル出資して,既存株主との持分を2対3とすると,既存株主の資本の価値は出資前後で同額になる。貸借対照表は,
(借方)
貸出債権 95億ドル
(貸方)
預金 90億ドル
自己資本(既存資本分) 2億ドル
自己資本(新規資本分) 3億ドル
となる。6億ドルの出資が3億ドルの価値になって,見かけ上3億ドルを損したように見えるが,預金保険の出費3億ドルが帳消しになることで,つりあっている。
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