2008年07月 : 岩本康志のブログ

岩本康志のブログ

経済,財政の話題を折に触れて取り上げます。

2008年07月

Yahoo! ブログから引っ越しました。

社会保障費統計の交通整理

 社会保障費統計の代表的なものは,国立社会保障・人口問題研究所で作成されている「社会保障給付費」である。これは,国際労働機関(ILO)が定めた国際基準に準拠しているが,この定義による調査が1996年で断絶しているため,現在では国際比較ができなくなっている。典型的な使われ方は,例えば社会保障国民会議での資料(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/kaisai/dai03/03sankou1.pdf )14ページにあるように,社会保障給付費の時系列的な推移を示して,「我が国の社会保障給付費は、年々増大している」と説明するものである。社会保障費の上昇を問題視する人に重宝される(「医療費統計の体制転換に向けて」と同じ書き方になっていますが,わざとやっています)。
 社会保障費の国際比較には,経済協力開発機構(OECD)が定義した社会保障費統計の国際基準である社会支出(SOCX,Social Expenditure Database)に基づいて作成されたデータを用いる。日本のデータは,国立社会保障・人口問題研究所で作成されている。典型的な使われ方は,上記資料18ページにあるように,主要先進5か国とスウェーデンとで対国民所得比の計数を比較して,日本の社会支出が欧州諸国より低いことを説明するものである。日本の社会保障費水準は高くないと主張する人が,このデータを引き合いに出す。
 国際比較が可能なもうひとつの統計は,国連他の機関で定義されたSNA(System of National Accounts)のなかのデータである。SOCXは支出のみの統計であり,財源の情報がないので,財源も含めた議論をするにはSNA統計を使うことになる。ただし,各国で異なる社会保障制度をSNA統計で整合的に比較できるかどうかはやや不安な面がある。SOCXでは各国の関係者が統計を整合的にするための努力を重ねているのに対して,経済全体の体系であるSNAではそこまで十分に手が回っていない。
 社会保障給付費,SOCX,SNAの示す社会保障費用は食い違っている。SOCXのデータが非常に遅れているため,現在のところ同じ年で比較できるのは2003年になる。この年の社会保障給付費では84.3兆円,SOCXでは91.9兆円となる。SNAでは,社会保障基金の社会保障給付(現金による社会保障給付と現物社会給付)と中央政府・地方政府の社会扶助給付の合計が81.9兆円となる。各統計が社会保障費用を違った形で定義しているために,こういう違いが起こるのだが,何とか調整できないかと思うのは自然な反応だろう。調整するとなると,どの統計が機軸になるのかを考えないといけない。
 内閣府に設置された政府の統計委員会では,統計法の全面改正を受けて,公的統計の整備課題について検討をおこなっている。私はそのワーキンググループ委員(主として財政分野を担当)となっているが,社会保障費統計については,国際比較ができなくなっているILO基準ではなく,ESSPROS(European System of integrated Social Protection Statistics)に準拠した統計を作成すべきと主張している。ESSPROSは,欧州連合統計局(Eurostat)で定義された社会保障費の財源と支出に関する統計基準である。
 わが国の統計にEUの基準を用いるというのは,事情を知らない人には奇想天外な話に聞こえるかもしれないが,十分な理由がある。国際基準の事情に精通しないと理解しにくいところがあるが,かいつまんで説明すると以下のようになる(機会があればくわしく触れたいと思います)。
(1)わが国が加盟するOECDの基準であるSOCXが基幹となるのは自然な話であるが,財源の情報がないため,SOCXだけでは不十分である。
(2)SOCXの定義の多くはESSPROSに準拠している。これは,EU加盟国がESSPROSによる統計を作成しているので,SOCX作成のために二度手間をかけさせない配慮による。わが国ではすでにSOCX統計を作成しているので,ESSPROSによる統計の整備はおもに財源側の整備作業だけでよい。
(3)社会保障統計の国際調査の長い断絶の後,ILOは新しい社会保障費調査SSI(Social Security Inquiry)を開始したが,これはESSPROSに準拠している。わが国もこれに回答することになる。ILOは,昔の自分の基準を捨てて,ESSPROSを適当な国際基準だと判断したことになる。
(3)国連他5機関が定義する国民経済計算の国際基準SNA(System of National Accounts)では,政府支出の機能別分類COFOG(Classification of Functions of Government)が定義されている。わが国は現在10の大分類のデータしか作成していないが,財政統計を充実するため,より詳細な分類のデータを推計しようとしている。大分類の「社会保護」のなかの詳細分類はESSPROSの分類を継承している。

 以上,多くの統計の基盤にESSPROSが関係しているのである。
 医療費統計の世界では, WHO,OECD,Eurostatの支持を得たSHAが唯一の国際基準の地位を確立したが,社会保障費統計では,それに相当する世界基準が存在しない。OECDとEurostatの間で統一基準をもてていないことが響いている。そのため,各国際機関の要請と国内統計のために,わが国は大同小異の複数の統計を作成しなければいけない状況にある。このときは,「マザーデータ」となる統計を作成しておいて,それに若干の加工をして各統計を作成していく手順が効率的だ。上の状況を踏まえると,ESSPROSに準拠したマザーデータを用意して,SNA,SSI,SOCX,社会保障給付費のニーズに応えていくのが,もっとも理にかなっている。
 統計委員会での人口・社会統計を議論するワーキンググループ(こちらには私は参加していない)での議論では,「社会保障給付費」を基幹統計とする方向であるので,残念ながら私の構想とは違う方向に進んでいる。
 私は,経済統計のワーキンググループに参加しているが,こちらでSNAの社会保障統計をESSPROSに準拠するように提言している。政府財政統計の国際基準であるGFS(Government Finance Statistics)での社会保障の概念がESSPROSに準拠しているので,GFSに準拠しても同じことになる。ESSPROSへの準拠は作業部局向けの言い方,GFSへの準拠は広く一般向けの言い方になる。

(参考)
平成17年度社会保障給付費(国立社会保障・人口問題研究所)
http://www.ipss.go.jp/ss-cost/j/kyuhuhi-h17/kyuuhu_h17.asp

Social Security Expenditure (OECD)のホームページ
http://www.oecd.org/els/social/expenditure

ESSPROS (Eurostat)
http://epp.eurostat.ec.europa.eu/portal/page?_pageid=3134,70318806,3134_70394008&_dad=portal&_schema=PORTAL#ESSPROS

Social Security Inquiry (ILO)のホームページ
http://www.ilo.org/public/english/protection/secsoc/areas/stat/ssi.htm

(関係する過去記事)
医療費統計の体制転換に向けて

医療経済学会・公的統計のあり方についての検討会

 19日は,京都大学で開催された医療経済学会第3回研究大会に出席しました。
 政府の統計委員会での公的統計の整備の検討に合わせて,医療経済学会に公的統計のあり方についての検討会(委員長・井伊雅子一橋大学教授)が設けられ,私も委員として参加していました。検討会は要望書をまとめ,統計委員会へ提出したことが学会総会で報告されました。要望書では,国民医療費に代わり,SHA(System of Health Accounts)を基幹となる医療費統計と位置づけ,関係する統計を整備し直す必要があることが書かれています。この点に関する医療費統計の事情については,「医療費統計の体制転換に向けて」をご覧ください。

 ところで,会場となった百周年時計台記念館は,私の学生時代の時計台とは比べ物にならないくらい,きれいになりました。一方で,百周年記念ホールに座っていると,昔そこにあった法経1番教室のことを思い出します。2番教室も3番教室もそこにはありません。しかし,そうした感傷は抑えて,生まれ変わった時計台を歓迎すべきでしょう。
 新しい時計台の難点は1階から北側へ抜けることができないことで,昔の動線を知る者はいらいらします。

医療費統計の体制転換に向けて

 わが国の医療費の公的統計は,厚生労働省大臣官房統計情報部で作成されている「国民医療費」である。1954年からのデータが利用可能であるが,日本独自の定義のため,国際比較ができない。典型的な使われ方は,例えば社会保障国民会議での資料(http://www.kantei.go.jp/jp/singi/syakaihosyoukokuminkaigi/kaisai/service/dai02/02siryou3.pdf )6ページにあるように,国民医療費の時系列的な推移を示して,「我が国の国民医療費は、年々増大しており、現在33.1兆円である」と説明するものである。医療費の上昇を問題視する人に重宝される。
 医療費の国際比較には,経済協力開発機構(OECD)が定義した医療費統計の国際基準であるSHA(System of Health Accounts)に基づいて作成されたデータを用いる。日本のデータは,厚生労働省の外郭団体である医療経済研究機構で作成されており,OECD加盟国のデータは,OECD Health Dataと呼ばれるデータベースより利用可能である。典型的な使われ方は,上記資料11ページにあるように,主要先進7か国で対GDP比を比較して,「我が国の総医療費の対GDP比は、先進国の中で、比較的低い水準に留まっている」と説明するものである。日本の医療費水準は低いと主張する人が,このデータを引き合いに出す。
 医療費のあり方を議論するには,国際比較できるデータの方が有用性は高い。世界保健機関(WHO),OECD,欧州連合統計局(Eurostat)が共同して,世界規模でSHAに基づくデータの収集を始めたところであり,OECD加盟国のみならず,多くの国との国際比較が可能になるものと期待される。しかし,SHAはわが国の公的統計(公的機関等で作成される統計)ではなく,英語か仏語の情報がほとんどなので,国内での認知度が低い。
 内閣府に設置された政府の統計委員会では,統計法の全面改正を受けて,公的統計の整備課題について検討をおこなっている。私はそのワーキンググループ委員(主として財政分野を担当)となっているが,医療費統計については,「国民医療費」ではなくSHAを基幹となる統計と位置づけるべきと主張している。政府が作成する統計よりも民間が作成する統計の方が重要だというのは,政府の統計関係者を不機嫌にさせる話だが,既成観念にとらわれずに考えていくべき問題だ。SHAを公的統計とするところから議論が必要であり,実現までの道のりは険しいが,医療分野担当の井伊雅子先生(一橋大学)が同じ意見を主張しており,実現に向け前進している。

(参考)
OECD SHAのホームページ
http://www.oecd.org/health/sha

医療経済研究機構のホームページ
http://www.ihep.jp

統計委員会のホームページ
http://www5.cao.go.jp/statistics/index.html

私の記事にトラックバックできない

 昨日,大竹文雄先生(大阪大学)とお話しする機会があり,話題がブログに及びました。私の記事にトラックバックされようとして,トラックバックできなかったそうです。トラックバックを禁止している認識はなかったのですが,コメント不可にすると,トラックバックも不可になる仕様のようです。
 同じような目にあわれた方には,申し訳ありません。何となくトラックバックできそうに見えるのは,Yahoo!ブログの問題のようです。
 Yahoo!ブログはいつ正式版になるのでしょうね?

諮問会議が放棄したもの

 歳出歳入一体改革期間中の社会保障費は,当初目標通りの削減を続ける一方で,新規の課題には他分野のあらたな歳出削減で予算をつける方針となった。この部分だけを見れば,妥当な判断のように見える。しかし,一体改革の当初計画を変更した事実を正しく伝えていないことを,「『基本方針2008』の矛盾」において問題視した。もうひとつの問題は,諮問会議がリーダーシップを放棄したことである。
 一体改革は途中での見直しも認める柔軟性を備えており,当初計画に無理が生じときにはそのまま突っ走らずに,財政健全化の大方針は維持しながら,軌道修正できる。橋本政権時の財政構造改革には見直し条項がなく,経済環境の悪化に対応できずに開始早々に凍結に追い込まれた経験を踏まえたものである。
 ただし,歳出削減目標を変更する場合は,個別の歳出増の声が大きくなると収拾がつかなくなる。どの歳出を削るのかは,全体を見渡しての高度な判断が要求される意思決定である。したがって,首相のリーダーシップが必要であり,諮問会議で意志決定されることが望ましい。
 しかし,「骨太2008」は,新規の課題への対応の具体的な金額が示されておらず,これからの予算編成に委ねられている。これでは,新規歳出増加と新規歳出削減を組み合わせる政策変更をすべからく財務省に委ねたことになる。予算に関わる数字は骨太には明示しない慣例があるようだが,一体改革の残り期間(3年間)に関する数字は骨太に示すべきである。
 このような結果,諮問会議の存在感は今年も薄くなった。昨年の骨太については,存在感の薄さに合理的な面があることを,以下のように書いたことがある。

「従来は諮問会議が歳出削減を主導しなければ財政健全化が進まなかったが,一体改革では5年分の歳出削減の数値目標が与党の合意を経て閣議決定されており,その分,諮問会議の肩の荷が軽くなったと言える。
 ただ数値目標を実現する具体的方策がすべて決まっているわけではないので,毎年の予算編成で具体策を決めねばならない。このときの議論は細部にわたるため,諮問会議は予算の大きな方向性を与え,細部は財務省の査定によるという仕切りになっている。
 諮問会議による方向付けが一体改革によって5年分まとめて先決されていると考えると,一体改革期間中の予算編成ではその作業が必要ない。このため,財政健全化での諮問会議の実質上・表面上の役割が低下したが,中期の目標が設定された上での役割分担として一定の合理性を持つ。諮問会議の役割は恒久的に低下したわけではない。」

 ただし,これに続けて,以下のように書いた。

「一体改革の期間の途中では,経済の実績を反映して,数値を修正する必要が生じる可能性がある。さらに,より遠い将来の財政の方向性を議論する時期が来る。その際には諮問会議はしっかりと司令塔としての役割を担うべきである。」

 今回は諮問会議が司令塔の役割を担うべき事例であったが,その役割を放棄したことは残念である。

(まとめ)諮問会議の存在感が薄い。予算編成についていえば,昨年はそれでいい。今年は問題あり。

(参考)
「経済財政諮問会議 将来像議論の司令塔に」
http://www.e.u-tokyo.ac.jp/~iwamoto/Docs/2007/KeizaiZaiseiShimonKaigiShoraizoGironnoShireitoni.html

(関係する過去記事)
『基本方針2008』の矛盾
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