令和5年 2023.03.19 (日) 晴れ。気温は15℃〜4℃。
9時半現在の気温は10℃、湿度は52%。
久しぶりにすっきりよく晴れている♪( ´θ`)ノ
《カレーの木・カレーリーフ》
ベランダに出した。
へっぴり腰で引き摺って移動させたので大切な新花芽をサッシにあててしまい殆どの芽を落としてしまった(つД`)ノトホホホホ
今、昨夜分のラジオを聴いていて…リスナーさんからのお便りを読んでいる所で又々フィードバック!(ー ー;)(正確にはリアルタイムでは寝てしまい聴けなかったのでラジコの何とかという機能で^^;)
リスナーさんお便り内容は、「自分はお仕事で一生懸命やっていただけなのに…結果は同僚から嫌われる形となった云々」此れを聴いて「あああ…同じだぁ〜私にもそんな事があった…」と思った。
お花の世界にも一応国家試験が有り、そこそこ古いお花屋さん経営者は大概取得している資格ですが、でも実際は資格が無くてもお店経営は出来る。だから国家試験と言えど別に無くてもいいような中途半端な位置付けにある国家資格(⌒-⌒;)
大不況のなか40過ぎで経験者として一応正社員として採用となり10年のブランクがあったので死に物狂いで頑張っていたのよ…それで希望者には国家資格の受験もさせて貰えると聞き、私は前勤務店では2級取得済みでしたの機会が有れば…と内心思っていたので2級取得済みを盾にこれ幸いにとずぅずぅしくも受験させて貰った。
それと言うのも、以前にもブログに書いたと思いますが、亡き社長(20代のころに勤務していたお店の社長)との約束をしていたんです。社長は「◯ちゃんなら1級でも合格出来るから2級ではなく1級受験してくれ…」と言われたが、でも私は自信がなく2級を受験し合格。その後色々有りそのお店は辞める事になった。そして間も無く社長も64歳という若さでこの世を去った…(T人T)
社長との約束を果たせなかったという思いが残り、、、何か心の中にぽっかり穴が空いたような〜忘れ物をしたような感じになっていた。
(長くなってしまいましたので別にしました ↓ 読みたい人だけ読んでちょ!)
つづき、、、
話を戻しますが、そのお店・会社ではスタッフの殆どは20代〜30代で40代は数えるほどの数人しか…そして上司の殆どは私よりも年下…とても居心地が悪いというか〜やり辛い環境だった。そんな事も有りここは一丁1級を受けてみるか?!と思い立ち、やり出す最初の頃はまだ少し自信もあったし(←自信過剰だった)受験を希望したのよ!でも結果は1回目は練習時間もあまり取れず見事に落ちたε-(´∀`; )出鼻を挫かれた感じだった。かなり凹んだ…でも学科筆記試験は合格していたので(車の免許と同じで丸暗記すれば誰でも合格出来る)翌年に技能実技試験だけ再受験となった。(国家試験は年に一回)
2回目には合格出来た。同じ会社で1級受験したのは3名、内2名合格。私とブライダル部の主任、後で知ったのだがこの主任と私は同じ歳だった( ̄▽ ̄;)なのに私の事を「おかぁちゃん」と呼ぶ。(馴れ馴れしい人だった)
仕事では部所も別で離れており顔を合わせる事も無く実際の腕前を知らなかったが、ドン引きするほどの手の速さを持つ腕前だった。私もそれなりに自信は有ったがそれを遥かに超える手技だった。
何でもその界隈では伝説の人になっている人だったらしい…大先生から伺った話では高校には行かず中卒でその会社へ(゚o゚;; だから勤続年数は誰よりも長い!!(数々の伝説は長くなるので書かないでおく)
その主任、私の作ったブーケを見て「おかぁちゃんもなかなかやるなぁ〜綺麗じゃん!見本みたいだ。でも時間掛かり過ぎ」と言われた(ー ー;) 私は内心「あなたは手は早いが少々雑だよ」と思ったが〜そこはグッと堪え言わなかった^^;(口は災いの元、少しは大人になった)でも私が思っていた事を大先生に言われていた…^^;笑
大先生も一目おいているみたいでその主任へは「まぁ〜適当にやんなさい」そして私には「◯◯さんはとにかく時間短縮だけねぇ」と…そうなのだ〜自分でも10年というブランクを嫌と言うほど感じた。正に他人の手・指のような感覚…思うように動か無いのよ〜〜大泣 苦労話はこの辺で。。。
1級を2度目の受験でやっと合格したらば、、、今度は職場での周りの目がねぇ〜何だか冷たいのよ!大掛かりなステージ花は二人がかりで生け込みするのだがあるメンズからは「1級合格者と一緒にやるのは嫌だ。差をつけられる云々」と言われる始末。なんと情けない奴らだぁ…と(ー ー;)
その他にも同じ部所で一回目を一緒に受験し二人共不合格となり来年も一緒に受けよう!と言い合っていたはずの彼女は「◯◯さんがあの出来で不合格なら私は無理だから自信無いから辞退する云々」と言い出し…この頃から、あああぁ〜私は蚊帳の外???と感じていた。。。
他にもこんな事があった、、、私が入社したばかりの頃に何かと私に嫌がらせをして来た若いメンズがいて、だいぶクセのあるいやぁ〜な感じのスタッフ。なぜだかそんな嫌な奴と一緒に組む事が多く…段々と打ち解けて来るようになり「俺、新人を辞めさせる自信は人一倍あったけど…おっかさんは(私)根性あるね!」と薄情した。そっかぁ〜私を辞めさせたかったんだ…と。すまんな!私結構しぶといのよε-(´∀`; )と笑い飛ばした。でもそれから程なくして辞めたけど…。
会社を辞めると決めてから他のメンズからも「俺の予想では、ばぁちゃんは(私の事)直ぐに辞めると思っていたけど…つづいたね!」と…初めの頃の私は相当ヤワな人に思われていたのね…。
1級取得後にはすっかり周りの同僚から組みづらい人となってしまい…新人の教育係などもやらされたが…私自身としては教える役目は苦手だし嫌だった。その頃から内心「もう潮時かな?」と思い始めた。。。
どうやら会社同僚の殆どは、私が自分のお店を持つ為に退社するものと思っていたようだった、、、でも実際は違う。本当に体力の限界、身体の限界。(更年期障害&関節リウマチのダブルパンチ!!)
辞める頃にはすっかり「ばぁちゃん、おっかぁ〜、おっかさん、おかぁちゃん」になっていた私…実生活では子には縁が無く母は疎かおばぁちゃんにもなれなかった。普通のご婦人なら嫌がるだろうけど…私はみょう〜に嬉しかった(^^;;笑
辞めてから諸々の手続きで会社へ出向いた時に歳の近かった女性スタッフから「ねぇ〜きいて!酷いんだよ、◯◯さんが辞めてから今度は私のコトをばぁちゃんと呼ぶんだよ!酷いと思わ無い?!」と言う…それに対して私「まぁ、順番だと思い諦めな」と言っておいたけど。アタシ性格悪いんでε-(´∀`; )(口が悪いとも言う…笑)
ほんの数年だけだったけど私自身はあの会社に旋風を起こし何かを残せたのでは?と自負している。
正直、入った当初は全体的にスタッフは若く活気はあったけれど…プロ意識が欠如していて花職人としてはどうかな?という印象だった。
花や植物の事に関してあまりにも知識が無さ過ぎて…え?!と思う事の連続だった。話を聞くと殆どのスタッフは「とくに花には興味が無い」と言う…そして大不況の影響で大学へは行ったものの就職先が無くって此処へ来たという人が殆ど。だから殆どが大卒!あらぁ〜〜大学でて此処かぁ〜という印象だった。しかもそこそこいいとの大卒…そんな感じだったからバランスを取りたくって私の様な40過ぎの経験者を採用したのかな?と後になり思ったけど…。そうは言っても私も10年のブランクで技術的にはまだまだだったので、毎月の花の勉強会を大々的に復活し、国家技能検定受験も毎年恒例となった。。。やはりプロとしてやるからにはそれなりの知識や技術は必要だし持つべきと思うのよ。この事が切っ掛けで元社長夫人である常務の態度が一転し、私に優しくなった^^;(常務は大先生を中心とした勉強会と技能検定を復活させたいと思っていたらしい)
以前は見るからに素人集団って感じだったけど、あれから少しは変わったんじゃないかな?!なぁ〜んてね。
あれから12年…風の便りでは知っている顔ぶれも減り役員の面々も代替わりしたようで…もう一昔の出来事となりました…。
過ぎてみれば辛さも苦労もいい経験。身体が動けばもっと続けたかった。。。
花仕事は天職と思うほど楽しかった。今でも時々夢に出る(^^;;
お粗末な文章の上に大変長くなりました…(*^人^*)ごめんにゃん