今月21日に財務省から発表された「2019年度上半期の貿易統計」によれば、日本の貿易収支は8480億円の赤字だったという。
米中貿易摩擦に伴う中国経済の減速の影響とされており、事実、日本の対中輸出・輸入は落ち込み、1兆8860億円の赤字を出している。
このような状況をみて、先行き不透明な、不確実性の高い時代になったといわれる。
「世界の経済政策不確実性指数」というものがある。これは国際通貨基金アジア太平洋局と独立行政法人経済産業研究所により発表されている指標だ。
この指標をみてみると、現在は、過去20年でもっとも不確実性の高い水準で推移しており、定量的に不確実性の高い時代であるということがわかる。
こうした不確実性の高い時代によって、経済の動向が読めないと、企業が積極的に投資できなくなる。事実、内閣府の「平成28年度年次経済財政報告」によれば、先進国は軒並み、設備投資を鈍化させている。
では、不確実性にたいして、企業はどのように対処していけばよいのだろうか。
そこで、考えられるアプローチとして、ダイナミック・ケイパビリティが注目されている。
ダイナミック・ケイパビリティは2つの理論を統合したもの
ダイナミック・ケイパビリティは、カリフォルニア大学のビジネススクール教授デビット・J・ティースによって提唱された理論だ。
そして、ダイナミック・ケイパビリティとは「環境変化に対応するために、組織内外の経営資源を再結合・再構成する経営者や組織の能力」と説明される。
実は、この理論は全く新しいものというわけではなく、2つの理論を統合したものといわれている。
簡単に2つの理論を紹介する。
競争戦略論
競争戦略論は、ハーバード大学経営大学院の教授マイケル・E・ポーターによって提唱された理論だ。
簡潔に言えば、企業が置かれている市場を分析し、自社の最適なポジションを見つけ出すための理論だ。
最適なポジションとは、競争優位性を確立できるポジションのことで、企業は自社の最適なポジションを見極めるために、ファイブフォース分析とよばれる市場の5つの競争要因を分析する。
ファイブフォース、つまり5つの競争要因とは、新規参入企業の脅威、売り手の交渉力、買い手の交渉力、代替品の脅威、既存企業同氏の競争を指す。
この競争戦略論は、ポジショニング理論とも呼ばれ、本質的には、自社の戦略はその時の市場の状況によって決定されるというものだ。
しかし、その時の市場の状況によって最適なポジショニングがあるのだとすると、同じ業界内で成功している企業は、同じような戦略を取っていなければならないはずだ。
このような批判を受けて、もうひとつの理論が登場する。
資源ベース論
資源ベース論はオハイオ州立大学経営学部のジェイ・B・バーニー教授によって提唱された。
簡潔にいえば、企業は自社が保有している固有の資源によって戦略を決定するという理論で、固有の資源にこそ、競争優位の源泉があるという考え方が根底にある。
そして、企業は財務、物的、人的、組織的な資本を経済的価値、希少性、模範可能性、組織の4つの観点から自社の強みを分析する。
ポーターが市場の状況を重視していたのに対して、バーニーは自社の保有する資源を上手に活かすことで、他社が真似できない競争優位性を確立することができると唱えたのである。
なお、この論争は、リチャード・ルメルトが1991年に発表した論文・実証研究によって、企業の業績は15%が市場の状況に左右され、45%は企業が保有する固有の資源に左右されるということがわかり、最終的にバーニーに軍配があがったと言われている。
ではバーニーの資源ベース理論が正しいかというと必ずしもそうではない。なぜなら、固有の資源に固執するあまりに市場の変化を読みきれなかった企業も存在するからだ。
よく例として取り上げられているのが、イーストマン・コダックで、同社はデジタルの波に上手く乗り切れなかった結果、自社のコア事業から脱却することができず、失敗したといわれている。
ダイナミック・ケイパビリティ
ポーターは企業の戦略は市場の環境によって決定されるべきとし、バーニーは企業の戦略は自社が保有する固有の資源によって決定されるべきと唱えた。
これらを統合した理論がダイナミック・ケイパビリティで、冒頭に述べたように、環境変化に対応するために、組織内外の経営資源を再結合・再構成する経営者や組織の能力を意味する。
環境変化に対応するために、組織内外の経営資源を再結合・再構成する経営者や組織の能力は3つの能力に分解できる。
- 脅威・機会を感知する能力
- 脅威・機会を捕捉し、資源を再構成・再結合し、競争優位を獲得する能力
- 競争優位性を持続可能なものにするため、組織全体を変容させる能力
不確実性の高い時代に直面している昨今、このような能力が企業には必要とされているが、そんな簡単に事業や組織を変化させることができないという声があるだろう。
実はダイナミック・ケイパビリティは、DX(デジタルトランスフォーメーション)によって、その実現可能性が高まるのだ。
ここで、重要なのは、物理空間をデジタル空間上に再現するデジタルツインという考え方だ。
もしデジタルツインで、サプライチェーンにまつわるデータがリアルタイムで収集できていたら、企業はすぐに脅威・機会を感知できるだろう。
同様に、その脅威・機会に対応した場合、自社の事業や組織をどう変えると理想なのかがデジタルツイン上でシミュレーションできる。
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現在、デジタルをビジネスに取り込むことで生まれる価値について研究中。特にロジスティクスに興味あり。IoTに関する様々な情報を取材し、皆様にお届けいたします。