"H to He, who Am the Only One" <Van der Graaf Generator> |
1. Killer
2. House with no Door
3. The Emperor in his War-Room
4. Lost
5. Pioneers Over C
「The Box」のブックレットを読むと、録音は1969年の春から1970年の秋にかけて行われたとある。1969年は、バンドが一旦6月に解散し、7月末から8月に「エアロゾル」録音のために一時的にメンバーが再召集され、その後9月末ごろから本格的に活動を再開し12月には「精神交遊(The Least We Can Do Is Wave To Each Other)」を録音した年である。とすると、変動の激しかったこの時期に(NPは8月末ごろ、DJは9月からの参加である)PHによる先行した録音も含めて、バンドとしては、前作と同じトライデント・スタジオで録音が行われたということになる。
バンドとしては、どうみてもまだ変化の真っ最中だったように思えるし、実際その真最中にベースのニック・ポッターはバンドを離れていったのである。そのため、全5曲中ニックがベースを弾いているのは「Killer」「Emperor」「Lost」の3曲。残り2曲「House」「Pioneers」ではヒュー・バントンがベースを弾いている。実は、ニックはこのときなんとまだ17才という若さであった。バンドが行っていた過酷なツアーの狂気じみた雰囲気やイタリアのファンの熱狂など、そういったものに耐えられなかったのだという。また同時に新たな音楽的な冒険をも求めていたのだという。一方でヒューが、その頃使用していたファルフィーザ(オルガン)の出力をベース部分だけ独立させて出力させるように改造しており、馬鹿でかいベースラインを鳴らしていたという。それもまたニックをうんざりさせていたのかも知れない。いずれにせよバンドはまだ揺籃期を抜けてはいなかったのである。
もうひとつこのアルバムで特徴となっている点はゲストであった。それはVdGGのライブを見にスピークイージー(ロンドンのクラブ)に来ていたロバート・フリップ(Robert Fripp)である。もちろんキング・クリムゾンのギタリストであり、この時すでにビッグ・ネームであった。日本のファンの中にはVdGGを初めて聞くきっかけとして、ロバート・フリップが参加しているから、という理由を挙げるファンも多い。その録音のとき、RFはスタジオへ入ってきて、事前に曲を聴くこともなしにいきなり演奏を始めたのだとヒューは証言している。
録音に時間がかかったのにはもうひとつ理由があったようだ。デヴィッドはこう言っている。「チャレンジングなものだった。みんなが自分のパートをやるのに30分くれと言い、その間に他のメンバーは休憩。ひとつ仕上がるたびにむちゃくちゃ練習してこれでどうだ、みたいな感じで進んでいったんだ。」そういう楽曲を書いた当のピーターは「曲を書くに当たって、みんなや自分が、演奏することに興味を持つような曲にしようとしたんだ。いつもうまく言ったとはいえないけどね。ガイに言われたものさ『違う、違う、違う、この前は8分の13で演奏していただろ、今のは8分の15だったぜ。』って。」
「Killer」:前期VdGGのライブ最も人気が高かった定番曲であるこの曲は、いきなり分厚いサックスとオルガン、ピアノによるイントロが聞く者を圧倒する。かすかに位相をずらしたエフェクトをかけたボーカルは楽曲のイメージどおりに冷たく響くが、徐々にそれが切なる願いを抱えた悲壮な叫び声に聞こえてくる。中間部の暴れまくるオルガンからリフを挟んでサックスの奔放なプレイは圧巻の一言に尽きる。かつての邦題「殺人者(飛べない魚)」というのもあながち的外れなものではないが、直接的な日本語はそれだけを先に耳にすると別のイメージを与えてしまうかもしれない。
「House with no Door」:前作の「Refugees」に相当するであろう位置づけのバラッド。個人的にはこちらの方が好きかもしれないが、「Refugees」が希望を抱きつつ逃れていくという基本的には明るいものであるのに対して、ここでは完全な孤独の中でもがき苦しむ状況と感情を歌っている。こちらの方が孤独感が強いためよりストイックな印象が強い。この曲だけピーターがピアノを弾いている。
「The Emperor in his War-Room」:旧A面の最後を飾るのは、フリップをゲストに迎えたこの曲である。比較的覚えやすいリフトメロディなので個人的には好きな曲である。初めて聴いたときにはフリップのギターがどこに入ってくるのかばかりが気になって、楽曲そのものを聴けてなかった上に、フリップのギターがVdGGの楽曲のもつ雰囲気から浮いているように聞こえてしまったのだが、今聴きなおしてみると、かなり考えられたフレーズを弾いていることがよく分かる。
「Lost」:このアルバムから生まれたもうひとつのライブ定番曲がこれである。旧B面の1曲目であり、イントロからして印象的だ。この曲でも静と動の対比が強烈であり、曲を聴いていながらも、その音楽の向こう側に見え隠れするものの方に気持ちが持っていかれてしまう。曲の構造は複雑でその表情はめまぐるしく変わる。
「Pioneers Over C」:そして大曲の二つ目にしてアルバムのハイライト。いや、このアルバムでは全ての曲がハイライトと言ってもいいだろうが、その中でも特にヘヴィでスケールの大きな曲がこれである。『C』とはなにか。宇宙(コズモス)を指しているというのが一番ストレートな解釈である。しかし『C』はそれ以外にも光の速さの単位(光速)や生命の最も基本的な元素である炭素(カーボン)を意味するし、電気用語でもある。あるいは中心を意味しているのかもしれない。それともケイオス(混沌)か。いずれにせよ固定的に捉えるのは作り手の意図に反するだろうし、あるいは逆に思うつぼかもしれない。ここでの静と動は極端である。
アルバムのタイトルは星の誕生の秘密にかかわるもので、太陽などの核でも起きている基本的な原子反応変化を指している。そのためジャケットの『H to He』という部分のしたには水素からヘリウムに至るまでの変化の様子が元素式で書かれている。そしてその後に『Who am the Only One』とあるのだ。内ジャケットにはクレジットが一切記載されておらず、銀河系が見開きの真ん中に大きく描かれている。そして、その銀河をいじろうとでもしているかのように、両手が銀河を挟み込むように左右に配されている。ジャケットに関して言えば、表はここで初めて登場するポール・ホワイトヘッドの『バースデイ』という絵が使われており、それは『天秤座』をモチーフにしたもので、天秤についている目から一筋の光がはるか下方に見える地球に伸びているというものであり、天秤の横には人間の両足が見えている。
「エアロゾル」では『水瓶座』の歌があり、PHソロ作品「カメレオン」では自身の星座である『蠍座』がジャケットに登場している。そしてこのアルバムではタイトルとジャケットと楽曲で宇宙に係わるテーマが取り上げられている。メンバーはまだ若干21,22歳であることを考えても、そういった未知の世界に対する興味が、自己の内面へと向かう興味と見事にバランスを取りながら昇華されているのが本アルバムだといえよう。海の中もまたひとつの別世界という意味でよく宇宙と対比されるものであるし、個人の内面もまた内宇宙という呼ばれ方をすることがある。これはトータルなアルバム作りを目指したものなのである。
製作陣は前作までと同様にジョン・アンソニーがプロデュース、ロビン・ケーブルがエンジニアリングを担当している。正直言ってピーターは音楽理論など無視した曲作りをする人であるが、それ以上に創造的でユニークなものを楽曲に込めることが出来る稀有な才能の持ち主である。それが、このメンバーを得てさらに個性の強い音楽に仕上がっていったのだ。その個性の強さがロバート・フリップをはじめとした他のミュージシャンたちを惹き付けているのだろう。本作でのフリップの参加はそれを世に示した最初の作品であるが、次作ではフリップはさらにこのバンドのすごさを証明するような参加の仕方をすることになる。
by BLOG Master 宮崎