ニュース

「松下幸之助 再現AI」をパナソニックとPHP研究所が発表、“経営の神様”の理念を継承

膨大な語録をもとに7カ月で開発、幸之助氏を知る人の評価を受けブラッシュアップ

 パナソニック ホールディングスとPHP研究所は11月27日、「松下幸之助 再現AI」を開発したと発表した。AIで再現された松下幸之助氏に対して、「松下幸之助なら、どう考えるのか」、「松下幸之助なら、どのような経営判断を行うのか」といったことを聞くことができる。

 再現AIには、PHP研究所が保有している松下幸之助氏の著作物や講演、対談などでの膨大な発言記録や音声データなどをもとにした3400万文字のテキストデータを学習に活用。東京大学大学院の松尾豊教授が技術顧問を務める松尾研究所と共同開発した。

松下幸之助氏生誕130年の記念日に発表されたAI

 この日は、1894年11月27日生まれの松下幸之助氏にとって生誕130年となる日。そして、1989年4月27日の逝去からは35年7カ月にあたる日でもある。AIによって、松下幸之助氏が、人生や経営について相談に乗ってくれる日がやってきた。

 「経営の神様」と呼ばれる松下幸之助氏は、AIになっても、その立場から、われわれにヒントをくれるのだろうか。

 「良い人生とは長生きすることでしょうか?」と質問してみると、約15秒ほどして、「松下幸之助 再現AI」は次のように答えた。

 「まあ、いい人生というのは、単に長生きすることだけではないんであります。もちろん、長生きすることは大事でありますけれども、それだけでは不十分であります。私が思うに、いい人生というのは、よき生産と、よき消費の営みであると考えております。つまり、日々の生活の中で、物心両面にわたる幅広い生産と消費をしながら、絶えずそれらを高めようとすることが大切であります。(中略)結局のところ、いい人生とは、長生きすることだけでなく、日々の生活の中で自分自身を高め、他者と共に幸せを築くことができるかどうかにかかっているんであります。そういう意味で、長生きすることは一つの要素に過ぎないと考えるんであります」

「松下幸之助 再現AI」との会話
動画で見る「松下幸之助 再現AI」との会話

 回答時間は約1分20秒。映像で聞いたことがある松下幸之助氏の声で、同氏ならではの関西弁で回答してくれた。

 この回答結果を聞いた松下幸之助氏の研究者からは、「本人が言いそうな内容」、「『物心両面にわたる幅広い生産と消費』という部分が、幸之助の経営哲学につながっている」という評価があったという。

 また、「いま、AIの導入が進んでいますが、AIの導入が進めば人手がいらなくなりますか?」と質問してみた。松下幸之助氏が存命の時代にはなかった技術に対する質問である。

 「松下幸之助 再現AI」は、「まあ、AIの導入が進むことで、人手がいらなくなるという見方も確かにありますわな。しかし、実際いうと、それは一面の真実であって、全体を見渡すと少し違うんであります。AIが進化して、単純作業や反復作業を代替することは確かに可能でありますけども、それによって人間の仕事が全てなくなるわけではないんですわ。むしろ、AIが得意とする部分を任せることで、人間はより創造的で価値の高い仕事に集中できるようになるんであります。これが、私が常々言うております『適材適所』の考え方に通じるものであります。また、AIの導入によって新たな職種や産業が生まれることも期待されます。過去の産業革命の例を見ても、新しい技術が導入されるたびに、それに伴って新しい仕事が生まれてきたんですわ。ですから、AIの導入が進むことで、逆に新しい雇用機会が生まれる可能性も大いにあるんであります」

 AIが及ぼす社会への影響を捉えながら、松下幸之助氏がこれまで発言した内容を組み合わせた回答となっていることがわかる。パナソニックグループでは、「話題となっている人的資本経営についても、松下幸之助氏であれば、どう捉えて、経営に生かすのかといったことがわかるはず。現代の人たちに、松下幸之助氏の考え方が伝わりやすいようにAIを活用したい」という。

グループ内で創業者の理念を研究し、継承することを目的に

 松下幸之助氏の経営哲学や生き方、物事の捉え方をベースにしたさまざまな回答を得られるバーチャルヒューマンだといえそうだ。

 今回の取り組みについて、パナソニックグループでは、次のように語る。

 「パナソニックグループでは、社員が『社会の発展への貢献』を実践する際に、経営基本方針をよりどころとしている。その経営基本方針の基となるのが、創業者の松下幸之助の経営理念であり、これを社員が正しく理解し、時代をこえて受け継いでいくことが重要であると考えている。松下幸之助から、直接薫陶を受けた人物が年々少なくなるなか、グループ内で、創業者の理念を探究および啓発し、次の世代に継承していくことを目指し、そこに、最先端の技術である生成AIを活用することにした」という。

2社が協力して「松下幸之助 再現AI」開発に取り組んだ背景

 「松下幸之助 再現AI」の開発に協力したパナソニックオペレーショナルエクセレンス 歴史文化コミュニケーション室は、資料の収集、保存、探求・編纂、周知といった活動を行っており、パナソニックミュージアムや同社の歴史に関するオンラインコンテンツの運営を担当。約5万点の資料、約9000点の映像・音声資料、約4000点の歴史商品などを保存。創業者の事業観の探求による知見およびナレッジを蓄積している。創業の理念をグループ内に正しく、時代を超えて継承する役割を担っており、「生成AI技術を使い、保管している膨大な歴史資産を最大限に活用し、理念を確実に次代へと継承することを目指している」と述べている。

パナソニックオペレーショナルエクセレンス 歴史文化コミュニケーションのAI活用の目的

 また、PHP研究所は、1918年に松下電気器具製作所(現パナソニックホールディングス)を設立した松下幸之助氏が、1946年に創設した組織で、1962年には松下幸之助氏を社長に据えて独立。パナソニックグループとの資本関係はないが、松下幸之助氏のPHP理念(繁栄によって平和と幸福を)研究を継承し、50年以上にわたる、約3000本にのぼる同氏の音声資料を所有している。

 今回のAI開発に参加したPHP研究所 理念経営研究センターでは、日本を代表する経営者となった松下幸之助氏の事蹟と、その行動原理となった哲学の形成の探求に取り組んでおり、理念経営のための手法の確立、仕組みや実践を追究し、普遍的なメソッドへとつなげることで、社会に健全な経営を提唱する役割を担っている。

PHP研究所 理念経営研究センターのAI活用の目的

 「米国について、どう考えていたかを調べるには、膨大なテキストデータから米国に関わる資料を検索し、関連性を調べる必要があったが、再現AIに質問することで、体系だった回答が得られる可能性が高く、知の体系の読み取り方が格段に速くなり、研究のヒントを得やすくなると考えている」とした。

 また、パナソニックグループでは、「同じ源流、同じパーパスの2社が、AI技術を活用した理念継承で協力した。社会への貢献という、両社共通の目的も達成できる」とし、両社が持つ松下幸之助氏に関する研究の知見を結集できること、PHPが進めている保有資料のデジタル化を先行活用することで開発期間を短縮できるほか、パナソニックグループ自らが開発に参画することで、デジタルヒューマン実現に関する技術を獲得し、活用することができるとしている。

「個人でこれだけの多くの著作物、映像を残した人物は稀であり、デジタルヒューマンに対する究極の挑戦ができる対象になりうる人物でもある。ここで深めた知見をパーソナライズ技術へのAI適用にも生かせるだろう」と語った。

 さらに、PHP研究所では、「松下幸之助 再現AI」 によって、キーワード検索から文脈によるアプローチが可能になり、研究の質やスピードを向上させるためのメリットに加えて、常識的推論からの仮説検証に留まらず、未来志向の大胆な仮説の検証にアプローチすることが可能になると期待している。

松下氏の膨大な語録を前処理し、RAGを実施

 今回の「松下幸之助 再現AI」は、パナソニック ホールディングス 技術部門 DX・CPS本部デジタル・AI技術センターが担当。松尾研究所との共同開発によって実現した。2024年4月から開発を開始し、7カ月間で完成させたという。

 音声認識モデルを開発し、これにより、松下幸之助氏の膨大なデータを音声入力。これをテキスト化するとともに、RAG(Retrieval Augmented Generation:検索拡張生成)の処理により、過去の膨大な著作物や発言記録などを加えたLLMにより、松下幸之助氏本人の返答生成モデルを開発し、同氏らしい回答結果を生成。さらに、本人の音声データをもとにした音声合成モデルを開発し、テキストの内容を発話できるようにした。また、松下幸之助氏の顔画像データを利用し、音声にあわせて動画再生ができるようにしている。

 開発における技術ポイントは、「データクレンジング」、「リアルタイム処理」、「ドメイン知識による改善」の3点だという。

「データクレンジング」、「リアルタイム処理」、「ドメイン知識による改善」の3つの技術ポイント

 「データクレンジング」は、過去の著作物や講演、対談などのテキストには古い言い回しが含まれていたり、音声データにノイズが含まれていたりするため、適切な前処理を加えて、返答生成や音声合成の精度を高めたという。

 原文をテキストに分解し、現代語の言い回しにマッチするような形で返答できるようにRAGの処理を行ったほか、発話の背後にある雑音やBCMの除去、了解性が著しく低い音声、長い無音時間の除去などを、自動ノイズ除去機能の活用とともに、人手による地道な作業によってチェックし、音声合成用のデータセットを構築。返答生成や音声合成の精度を高めたという。

言い回しの修正やノイズの除去を行うことにより、返答の精度を高める

 「リアルタイム処理」では、10~15秒程度で、音声認識から返答生成、音声生成、動画生成までを行うことを目指した。そのために、文章の分解や非同期処理などの高速化を実施したという。

 返答結果を動画で発話させる際に、全文で処理するとその時間が長くなり、さらにそこから動画を生成するまでに時間がかかり、自然な会話であることを感じにくくなるため、文章を一文ずつに区切って処理。また、音声合成エンジンは、一文目のデータを画像生成エンジンに送り終わると、二文目の処理を開始。リレー形式で処理し、文をつなげる仕組みを採用した。これによって、音声による返答時間が短縮でき、動画生成の結果も時間をかけずに表示できるようになったという。

処理の高速化を行い、返答を文章で区切って生成することで、リアルタイム性の高い会話を実現
一文ずつの動画生成を非同期に行い、長い会話も早く出力する

 「ドメイン知識による改善」では、松下幸之助氏に関する研究者や、同氏から直接薫陶を受けた人たちに、AIの出力結果を評価、フィードバックしてもらうことで、データに現れないドメイン知識を活用し、AIの性能を改善したという。

 返答生成の結果については、「正確さ」、「幸之助らしさ」、「返答の長さ」を、それぞれ5段階で評価。音声合成の結果についても、「幸之助らしさ」、「話し方のスピード」を5段階で評価してもらい、それぞれ改善を加えていったという。

 開発段階では創業家からもフィードバックを得ており、「怖いぐらい似ている」という声が出ていたというエピソードも明らかにした。

 返答生成の「幸之助らしさ」では、「幸之助が使うようなワードが入っているか」がポイントとなり、改善前は3.06点だったものが、改善後は4.45点に評価が大きく上昇。音声合成の「幸之助らしさ」では、「実物の幸之助と比べて、声や話し方 が近いか」というポイントを評価し、改善前の2.79点から、改善後には3.58点に向上した。

 音声合成のための元データは、松下幸之助氏の声や、しゃべるスピードが最も聞き取りやすいとされる70歳頃のものをベースにしているという。昭和40年頃の声であり、48時間分の音声データを学習した。

 関西弁や声のトーン、語尾が小さくなる、少し早口であるという松下幸之助氏特有のしゃべり方もかなり再現できたというが、幸之助氏の声を聞きなれている研究者から見ると、まだ改善の余地はあるという

 また、「経営に一番重要なことはなにか」という質問に対しては、改善前の回答では、「熱意」を中心にした回答になっていたが、幸之助氏であれば、「経営理念に言及しているはずだ」というフィードバックを得て、ドメイン知識によるAIの性能改善を図ったという。

松下氏の研究者や直接薫陶を受けた人の評価・フィードバックを受け、性能を改善
フィードバックを反映し、返答の「幸之助らしさ」を高めた

「AIは創業者そのものではない」。業務でなくイベントなどでの活用を想定

 では、「松下幸之助 再現AI」は、今後、どんな利用を想定しているのだろうか。

 同社では、「パナソニックグループの社員が、これを自由に活用することは想定していない。歴史文化コミュニケーション室が、その活動に対する社員の理解を啓蒙するために活用していく」とし、「再現AIは、あくまでもAIであり、創業者そのものではない。創業者の考え方に本当に沿っているのかどうかということは、歴史文化コミュニケーション室やPHP研究所が仲介していくことになる」とした。

 また、「パナソニックグループの社員に対しては、経営の歴史に加えて、諸先輩たちのエピソードを交えながら、創業者の考え方について学ぶイベント(経営理念特別展)を、全世界の事業所で展開している。そうした場において、再現AIを利用することで、経営理念を現代的に理解しやすく解説したり、エピソードの選択肢に広がりが出たりすることに期待している」と述べた。

 「松下幸之助 再現AI」は、用途はパナソニックグループの一部部門や社内イベントでの利用、PHP研究所での利用に限られることになる。一般社員や社員以外に対しては、これまでに公開されている書籍や映像を利用して欲しいというのが基本姿勢だ。

 だが、松下幸之助氏の逝去から35年を経過し、パナソニックグループの社員にとっても、身近な存在として創業者を意識することが難しくなっているのも確かだろう。

 「松下幸之助 再現AI」はあくまでもAIであり、松下幸之助氏自身であないことは明らかだが、社員が幅広く利用することで、創業者を身近に感じることができるきっかけになるともいえそうだ。そして、より精度が高まった段階では、松下幸之助氏の考え方を学ぶ手法のひとつとして、より多くの人が利用できるようにしてもらいたいと思う。