現代ならではの形でAI・ロボットの反乱を描き出す、AI反乱SF傑作選──『ロボット・アップライジング』 - 基本読書

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現代ならではの形でAI・ロボットの反乱を描き出す、AI反乱SF傑作選──『ロボット・アップライジング』

東京創元社はこれまで「ゲーム」とか「銀河連邦」とか「巨大宇宙」とかこの手のテーマ・SFアンソロジーを多数翻訳・刊行してきたが、本作『ロボット・アップライジング』はAIはAIでも「反乱」にテーマを据えたSF傑作選である。『ウール』などで知られるベストセラー作家のヒュー・ハウイー、『レディ・プレイヤー1』の原作を書いたアーネスト・クラインなど錚々たる作家陣13人が短編を寄稿している。

正直、AI・ロボットテーマの中でも「反乱」は難しいお題ではなかろうか。現代においてAI・ロボットは広く普及し身近なものになった一方で、そう簡単に「反乱」させてみても新鮮味もなければリアリティも感じられない。そこで、各作家は知恵をこらし、現代ならではの「AI・ロボットの反乱の形」を模索している。真正面から反乱させる作品もあれば、反乱が終わった後の世界をテーマにしたものも、反乱なのかどうか判別つかない境界をテーマにしたものもあり、バリエーションに富んでいる。

収録されている短編、その全部が全部おもしろかったわけではないのだけれど、どうやって自分だけの「反乱」を描こうか? と作家の思考の軌跡が感じ取れる一冊で、全体的に満足度が高かった。以下、お気に入りの作品を中心に紹介しよう。

ざっと紹介していく。

トップバッターは”ミニッド”と呼ばれる極小のサイボーグを中心に据えた物語であるスコット・シグラーの「神コンプレックスの行方」。ミニッドは放射能を吸収し酸化させ、放射性性廃棄物を取り除く。放射能を凝縮することで、人間のような大型の生命体から隔離するのだ。作中では核が落ち核廃棄物だらけになったデトロイトを除染しているミニッドたちと、その開発者の姿が描かれていく。

ミニッドらは制限付き(500万もしくは放射性物質が集まらなくなった時点)で自己複製する能力、自分たちで考えて戦略を決定する能力まで備えているが、それは事実上の生命といえるものであり──と、アンソロジーのテーマである”反乱”、そして短編タイトルにも入っているでもある”神”に接続されることになる。”作られたもの(生命)”は必然的に”創造主”を持つがゆえに、神のテーマに接続しやすいが、本作はシンプルな形でそれを演出してみせた。トップにふさわしい一編だ。

反乱かどうか、簡単には判別しがたい作品

続くのはチャールズ・ユウ「毎朝」。毎朝7時に主人を起こすことになっているロボットの語り──起こす直前、6時59分に毎回始まる──の連続で構成される作品だが、その内容は不穏そのもの。なんでもロボットたちは人間への反逆を企てており、ロボットの目の前で主人はだらしなく寝ているので、いつでも葬り去ることができる。

しかしロボットは、主人がいつも(起きる直前に)脚を動かし、指を出して鼻をほじり、枕によだれをこぼし──と起きる間際の動作、その一挙手一投足を観察していて、『おまえたちはみんなおなじ。よだれ袋だ。その他さまざまな液体の袋。』とかひどいことをいいながらもどこか愛情のある語りを続けていく。はたしてロボットは主人を殺すことができるのか? 本書収録作の中ではユーモラスな一編だ。

続いて紹介したいのは『ゲームウォーズ』などで知られるSF作家のアーネスト・クラインの「オムニボット事件」。”ロボット”と”反乱”とテーマだけ聞くとどこかノスタルジックな感覚を覚えるが(僕だけかもしれないけど)本作は1985年に発売された実在のロボットオムニボットを使った、ノスタルジーを刺激する家族の物語だ。

舞台は1986年、母を亡くしたばかりの13歳の”ぼく”が怪談を降りるとそこにはロボットのオムニボット2000が置いてある。それだけではなく、そのロボットはまるで人間のように喋りだし──と1986年に存在するはずのない高度な受け答えをするロボットの謎を解き明かしていくことになる。派手さこそないが、ドラえもん的な人情譚で、個人的にはかなり好きな作品。

「ロボットと赤ちゃん」は、1927年生まれの計算機科学者で初期のAI研究者の第一人者として知られるジョン・マッカーシーによる短編(発表は2001年)。かなり昔の作品だが、本作で行われている問いかけは現代にも通用するものだ。舞台は家事ロボットが普及した未来。アルコールと薬物の依存症であるシングルマザーの母親から、「おまえがあのクソガキを愛してやりな」と一方的に子育てを押し付けられた家事ロボットR781が主人公。だが、はいわかりましたと簡単に育てられるわけではない。

この世界では子供がロボットを人間とみなして依存しないように、数々の規則がしかれている。たとえばR781は巨大な金属製のクモのような形をしているし、8歳未満の子供に話しかけることはおろか相手の言葉に反応もしないようにプログラムされている。緊急時を除いて、赤ちゃんの世話をすることも許されない。しかし、命の危険がある時は? 児童福祉局への通報も持ち主である母親によってロックされ、子供を助けなければという規則にも縛られ、複雑な計算の果てにロボットは子供を愛する「まね」をして結果的に子供を助けることを画策する──。作中ではその後に、R781の行動に対して社会的な議論が巻き起こるのだが、ぜひそこまで読んで欲しい一編だ。

反乱がすでに起こってしまっている作品

《啓示空間》シリーズなどで知られるアレステア・レナルズの「スリープオーバー」は個人的には世界観の作り込みがもっとも好きだった一編。人類の多くが将来的な不老不死技術の完成を夢見て人工冬眠した未来が舞台で、主人公はその処置を受けた最初期の一人だった男。しかし男は強制的に目覚めさせられ、この世界がもはやのんきに不老不死技術の到来を待っていられる状態ではないことを告げられる──。

男はかつて人工知能開発で材をなした人物だったが、どうもその研究が災いして世界は破滅的な状態になっているらしい。途中で覚醒させられた後、世界の状況を一歩ずつ知って、この世界で生きる覚悟を決めていく男の変化も良いが、”冬眠中に変質してしまった世界”の描写も短編ながら壮大なスケールを感じさせるもので、できれば長編にしてくれねえかなと思うぐらい余白のある作品であった。

最後に収録されている作品

最後に収録されているのは本書の編者の一人ダニエル・H・ウィルソンによる「小さなもの」で、ナノロボットが重要な役割を果たすなど、いくつかの点で最初の短編「神コンプレックスの行方」と呼応している。作中に出てくる”クレタ”と呼ばれるナノマシンは2、3ナノメートルの大きさで、物の隙間に入り込み個々の原子を再配置して別のものに作り変える。武器を作るクレタもいれば、炭素をダイヤモンドにするクレタもいる。当然それは反乱するのだが、どうもこの反乱には裏で仕組んでいた人間がいるようで、事件解決のためナノロボットの専門家が駆り出されることになる。

すべてを分解し作り変えるナノロボット、それが世界を変容させていく情景が恐ろしくも美しい、ラストに配置されるのにふさわしい作品であった。

おわりに

駆け足で紹介してきたが他にもロボットと精神医学をテーマにした「死にゆく英雄たちと不滅の武勲について」や教育✗AIの別側面を描く「ビロード戦争で残されたいびつなおもちゃたち」、ナイジェリアが舞台の芸術テーマの作品「芸術家のクモ」など多様な”反乱”作品が揃っている。よかったら読んでみてね。