AIによる「自動化」の背後に隠れて生み出された、大量の人間を必要とする仕事について──『ゴースト・ワーク』 - 基本読書

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AIによる「自動化」の背後に隠れて生み出された、大量の人間を必要とする仕事について──『ゴースト・ワーク』

『ゴースト・ワーク』とまるでホラー小説のような書名だが、ノンフィクションである。「ゴースト・ワーク」とは本書の造語で、人工知能やウェブサイトの動作を支えている、見えづらい(あるいは、意図的に隠されている)裏側の人間の労働のことを指している。わかりやすい例でいえば、人工知能のモデルに学習をさせるために、猫の画像に猫のラベルを貼りつける、あるいはフェイスブックやインスタグラムやツイッターのようなSNSで、暴力的なコンテンツとAIが自動で判定したコンテンツが、本当にまずいものなのか、誤判定されたものなのかをチェックする仕事である。

GPT-3〜4の登場もあってAIの発展著しい昨今、AIは多くの人間の仕事が奪われると恐怖と共に語られることが多いが、まだまだ完全に人間の仕事を置き換えることは難しい。それは逆にいえば、「一部の仕事を置き換える」ことは可能になっているということだ。そして、一部が代替されると「AIの取りこぼした部分の仕事」、あるいは「AIのサポートをする仕事」が生まれる。そうした仕事を行うのは正社員や派遣社員ではなく、APIなどを利用して効率的に仕事を受発注するプラットフォーム上で要求に応じて(オンデマンド)割り当てられる、オンデマンドワーカーたちだ。

彼らは大抵の場合ランダムな数字や文字列が割り当てられ個性や属性が剥奪された状態で仕事が振られ、その姿はみえにくくなる。ゴーストワークには、良い側面もたくさんある。たとえば大半のゴースト・ワークは仕事をする場所を選ばない(リモート)し、発注側からすれば誰がやってもいいので作業従事者がどのような属性の人間であるかは考慮されない。また、時間拘束がないタスクも多く、その場合育児の合間とか、作業者の好きな時間に仕事をはじめ、終わらせることができる。

しかし、問題もあって──と、本書『ゴースト・ワーク』はたくさんのゴーストワーカーたちへの調査をもとに、どのような仕事があってどんな動機で従事している人が多いのか。どんな問題があるのかを解き明かしていく。

自動化のラストマイルのパラドックス

AIが進歩するにつれて、AIが対応できない予測不能なタスクをこなすための労働市場が生み出される。それが解決されたと思っても、人間から労働を完全に取り除こうと思うとまた次のゴールが生まれ、「完璧な自動化」は遠ざかっていく。

こうした問題はタスク完了の最後の一歩(ラストマイル)に常に人間を必要とすることから、「自動化のラストマイルのパラドックス」と呼ばれる。AIが完璧で究極の存在になるのはまだ先のことだろうから、しばらく解決することはないだろう。そうすると、AIの仕事領域が増えると正社員を使うまでもないこぼれ仕事は増し、ゴーストワークの数も増えていく。その時に備えて、ゴーストワークの問題点を整理し、どうしたらもっとよくなっていくのかを考えるのは重要といえる。

たとえばどんなオンデマンドワークがあるのか

本書で多く取り上げられるオンデマンドワークのひとつは、アマゾンが所有・運営しているアマゾン・メカニカルターク(Mターク)という市場だ。たとえば、ツイッターやマッチングサイトのようなSNSユーザーが「不快」のフラグを立てた写真にラベルをつける仕事など、たくさんの軽微な仕事がここには登録されている。

タスクを発注する人はリクエスターと呼ばれ、タスクをワーカーに投げる。ワーカーはタスクの一覧をみて、自分のやりたいものをやって、リクエスターから金銭的報酬を得ることができる。タスクを発注するのはオープンAPIなどを使ってできる。APIは個々のリクエスターやワーカーにランダムのようにみえる文字と数字列を割り振るので、発注者も受注者も単なる識別子だけの存在に還元される。

 Mタークでは、従来のような雇用者と被雇用者の関係は見られない。
 ワーカーはおおむね匿名で、たいてい自律的に働く。つまりリクエスターは、仕事を実行する人を指定できないし、いったんワーカーがタスクを請け負ったら、それをどうやり遂げるかを指示することもできない。一方、Mタークからの収入にかかる税の処理は、ワーカーがいっさいの責任を負う。

報酬は仕事によって様々だ。たとえば、報道記事を読んでそれに政治とかスポーツとかいったカテゴリーを選んでいくタスクは、一つあたり2セントだという。Mタークでは、タスクを完了させてアメリカの連邦法で定められた最低賃金である一時間7ドル25セントを稼ぐことができるのは4%だ。稼げている人が圧倒的に少ないしそもそも報酬が安い! と思うが、ネットフリックスをみながらなど、わりと自由に楽しみながらやっている人も、インタビューによるといるようだ。

良い面と悪い面

本書では他にももっと規模の大きく継続的な仕事(翻訳とか)のあるプラットフォームも紹介されていくが、こうしたオンデマンドワークには善悪両方の面がある。

良い面は先に書いたので、悪い側面を取り上げよう。たとえば、こうしたプラットフォームには安い賃金でこき使ってやりたいと思う悪い発注者もいるので、ワーカーが良い条件の仕事をしようと思ったら、条件の良い仕事を受注できるように常に気をはって調べなければならない。また、一般的な労働者のように誰かが仕事の仕方や探し方をガイドしてくれるわけではないので、そうしたすべてを自分で学ぶ必要がある。

その仕組み上ワーカーは孤独であることが多い。他のワーカーに相談できないし、あるタスクが自分にできるかどうかなど、誰かに相談できることもない。仮に一か八かでやってみて失敗すると、自分の評価値に響き仕事が受けられなくなることもある。ゴーストワーカーは互換性がある存在として扱われ、オンデマンドワークの世界ではプラットフォーマーが絶対的な権利を持っているので、気軽に切られてしまう。たとえシステムのバグや一時的な不具合でタスクの失敗とみなされたり登録が消されても、ワーカーを企業や発注者が助けてくれるわけではない。「ゴースト化」され、見てもらうことのできない、圧倒的な弱者なのだ。

おわりに

もし将来的に多くの労働者がこうしたAPIを通して機械的に仕事が振られたり剥奪されたりするのならば、「雇用契約」が実質的にプラットフォームの「利用規約」になっていくのかもしれない。しかし、それは良い未来とはいえないだろう。

本書では、よりよいオンデマンドワークを構築するために、何が必要かも論じている。たとえば、適切なガイドラインだけでなくワーカーたちが相談したり協同したりできるシステムのプラットフォームへの構築。仕事中の事故や補償が必要な事件に備えた保険・補償の整備など、多数の提言が行われていて、どれも納得できるものだ。

欧米だけでも2500万人を超えるゴーストワーカーがいるとされるが(原書の刊行は2019年でデータは少し古いんだけど)、今後自動化が進む仕事の割合などからいって、著者らは"2055年までに全世界の雇用の6割が何らかの形でゴーストワークに変わる可能性が高い"とまで言っている。実際どうなるかはわからないが、僕もこの見立てに近い状態になるのではないかと思う。発注側なのか受注側なのかはともかく、誰もがゴーストワークに関わるようになるだろうから、今読めて良かった一冊だ。