飼い犬が野生に放り出された時、何が起こるのか?──『犬だけの世界:人類がいなくなった後の犬の生活』 - 基本読書

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飼い犬が野生に放り出された時、何が起こるのか?──『犬だけの世界:人類がいなくなった後の犬の生活』

イヌを飼ったことがある人たちは家庭内で一度は、腹を出してごろんと寝ているイヌを眺めながら「これじゃあ(野生を失ってしまった家庭犬じゃあ)絶対野生には戻れないね/野生に戻ったらすぐ死んじゃうね」という話をしたことがあるだろう。

実際、毎日飼い主からご飯をもらい、散歩にいきたくなればワンと吠えて連れて行ってくれ、基本日中は惰眠をむさぼる。そんな彼らの姿をみていたらこいつは野生じゃやっていけねえやと思うのも仕方がないが、実際問題どうなのか。突如として人間がいなくなり(核戦争などだとイヌも死んでしまうので宇宙人に丸ごと持っていかれるとかの理由で)、犬だけが取り残された時、その時彼らはやっていけるのか。

そんなSFのような事態を想像し、専門家たちの意見を収集しながらノンフィクションとして描き出したのが本書『犬だけの世界』である。そんなありえないことを想像して意味があるのかと思うかもしれないが、目の前の人間と分かちがたく結びついているようにみえる犬の姿や習性が、人間がいなくなることでどのように変わっていくのかを考察することで、犬の本質ともいえる部分が明らかになっていく。

人類がいなくなった世界に生きるイヌを想像することは、生物学上、非常に興味深い。しかしこの思考実験の本当の意義──そして私たちが本書を書こうと考えた究極の動機──は、現在のイヌのあり方を明確に理解すること、ひいては人間とイヌの倫理的な関係の輪郭を明らかにすることにある。

本文200pとちょっとのシンプルな本なので、気になった人は読み出せばサクッと知りたいことが知れて、読み終えられるのもよい。

そもそもイヌは世界に何匹いるのか。

最初に本書では、人類滅亡後のイヌと一言でいってもタイムスケールごとにその姿や習性がかわるであろうことを考慮し、1.移行期のイヌ(人類が消えた時に存在した、人間と接触があったイヌ)。2.第1世代のイヌ(人間と接触していたイヌから生まれたイヌ)。3.後世代のイヌ(真に人類滅亡後の世界のイヌ)に区分けしている。

さて、では実際問題イヌは人間がいなくなったあと生きていけるのか、それとも人類の相棒すぎてともに消えてしまうのかといえば、本書の結論を最初に書くと、やっていけるはずだ、ということになる。そもそも現在世界のイヌの数は約10億匹もいて、そのうちいわゆる「ペット」として生活するイヌは全体の約20%(1億8000万匹)ほどとみられている。それ以外の80%(7億2000万匹)は自由に歩き回るイヌ(迷い犬、ストリート・ドッグ、飼い主はいるが放し飼いのイヌ)なのである。

もちろん、自由に動き回る野良であったとしてもその食料は人間が出した生ゴミなどに頼っているケースがあるから、そうした80%のイヌがそのまま人類滅亡後も生きていけるわけではないだろうが、家でぬくぬくと暮らす飼い犬とは違ってそうした元から野生を闊歩しているイヌの生存能力の方が高いことはいうまでもない。

いったいどのように?

イヌは人間がいなくても繁栄していくだろう。となってくると次の問題は「どのように?」という疑問だ。たとえば、未来のイヌたちの見た目は今とは大きく異なってくるはずである。なぜなら現在のイヌの姿・形には人為的な選択の結果が入っているからで、人がいなくなるとそれが自然選択の圧力による進化に替わるからだ。

たとえば、イヌは頭が丸くて額が高く目が大きい。研究者たちは、イヌがこのような幼形の特徴を持っているのは、人間に対して自分は脅威ではないことを知らしめ、世話をしたいという本能を刺激するためではないかと仮説を立てている。このような特徴は、人間がいなくなった世界では不適応になり、世代を重ねるたびに消えていくのかもしれない。『その答えはわからない。けれどこの問題は考える価値があるし、考えることで、このような特徴がなぜ進化したのかについての知見は深まるはずだ』

もう一つ「どのように」で疑問なのは、何を食べていくのかということだ。現在飼い犬のほとんどはドッグフードを食べ、野生下のイヌも人間の近くに住んでいる場合は人間の出すゴミで栄養をまかなっている。では、本来野生下のイヌは何を食べているのか。アラバマ州で自由に動き回るイヌのフンを調べた研究者らによれば、生ゴミや草、葉、虫、ワタオウサギ、ネズミ、カメ、柿などが含まれていた。他にも、ウシ科の哺乳類やオジロジカといった大型の獲物を食べているところも観測されている。

生き残っていくために具体的に必要な食事量(カロリー量)はいくつなのかといえば、イヌが体重を維持するには一日あたり体重1ポンド(454グラム)につき25〜30kcalとなる。具体的には、13.6kgのイヌなら一日に800kcalで、これはコオロギでいえば800匹に相当するので、それを探し回るのはそう簡単な話ではない。クルーガー国立公園の野生のイヌの調査では、1日のうち約3.5時間を狩猟にあてていたというが、おそらく、イヌは食べられるものは草でもなんでも食べるようになり、生殖環境やその地域の食料の特色にあわせて、さまざまな採食戦略を進化させていくだろう。

群れを作るのか?

たいていの家庭では一匹で飼われているイヌだが、はたして解き放たれた時に野生下で群れを作るのだろうか。「作れるのか」という問いであれば、もちろんイエスになる。飼い犬といえど群れで暮らす遺伝的な仕組みが失われたわけではない。

「作るのか」といえば、現在わかっている範囲では作る集団もいるようだ。たとえばメリーランド州での自由に動き回るイヌの調査によれば、集団の形成と解散がごく短時間で起こり(場合によっては数分で)、メンバーで協力して縄張りを守る集団もいた。そうはいっても人類滅亡初期のイヌは多様な犬種がいるはずであり、ウォルシュコーギーとチワワ、シベリアンハスキーが群れをなすのかという疑問はある。正直まったく想像もつかない光景だが、本書によればありえなくはないという。

野生のイヌ科動物の群れは通常、ほぼ同じ体格、同じ形態の個体で構成されている。したがってイヌも同じ体格、同じ形態のイヌ同士で群れるなら、小型犬の群れと大型犬の群れができることになる。けれどもし大型犬と小型犬で一つの群れを構成すれば、イヌたちは集団で暮らす利点を享受しつつ、同じ食料資源を直接的に奪い合うこともしなくてすむ。

おわりに

そう長い本ではないので紹介もこれぐらいで切り上げておこう。本書では他にも、野生化したイヌたちが繁殖することはできるのか、生殖頻度は変わるのか。現在のイヌたちが人類滅亡後も生き延びるにはどのような備えが必要だろうか(散歩中に餌を自分であさらせるなど)、イヌは人がいないほうが幸福だということもありえるのか──など、相当ニッチな考察を繰り広げていく。

人間がいなくなってもイヌは元気にやっていく、という結論は飼い主にとっては残念な面と、安心な面の両面があるのではないか。とはいえ、それもまたイヌであり、丸ごと愛していくしかない。