20年は日本SF、特に短篇が読めていなかったのではじめて読んだ作品が多かったという個人的事情もあるけれども、今回の『ベストSF2021』は、作品内容も僕の好みド真ん中をついてくるものが多くて、前年のアンソロジーと比べても高い満足感を与えてくれた。総作品数は11作家11作品、ページ数も解説込みで450ページほどと、傑作選としては比較的分厚すぎないのも趣味にあっている。傑作選なんて分厚いほどいい主義の人もいるだろうが、やはり絞りに絞ってこその傑作選だろう。
というわけですべての作品ではないが、気に入った作品を中心に紹介してみよう。今回は本当に全部紹介したいぐらいなのだが……。
円城塔「この小説の誕生」
トップバッターは前年に引き続き円城塔で、「この小説の誕生」という、"「この小説の誕生」という小説の誕生"について語られた、小説ともエッセイともとれる一篇。
「この小説の誕生」の書き出しをGoogle翻訳に(英語に)翻訳させ、それを再度(円城塔が)日本語訳すると、そこには最初の書き出しには存在していなかった意味や意図があらわれている。たとえば「小説を書いている」という文章は勝手にIm writing novel、長篇小説のことにされてしまうのだが──と、機械翻訳との対話と思索がそのまま小説として組み上がっていく。これ、滑り出しはいいけどオトせるのか? とハラハラしながら読み勧めていたが、異様に壮大なラストにたどり着いてみせた。
柴田勝家「クランツマンの秘仏」
柴田勝家「クランツマンの秘仏」は、『異常論文』アンソロジーの生みの親ともいえる一篇。柴田勝家による短篇群の中でも一番好きな作品だ。物語としては、タイトルに入っているクランツマンなる人物によって提唱された特殊な信仰理論──強く信仰した対象には、霊的な質量が宿る──とその実験手順が詳細に語られていく。
具体的にこの信仰理論と実験手順とはどのようなものなのか。たとえば、同じ二つの箱を用意し、それにサッカーボールを入れる。片方のボールはサインが入った被験者にとって思い入れの深いもので、片方は新品である。それを被験者(クランツマンが最初に試したのは息子)に持たせ、どちらが重いと感じたかを答えさせる。
本当に人の信仰、その思いに霊的質量が宿るのであれば高確率でサイン入りのボールを当てられるはずだが、予想に違わずそれは実証され、クランツマンはさらに本事象に対する実験を突き詰めていく。たとえば、思い入れが強いのではなくむしろ嫌悪感が強い思い出のある品物の場合、霊的質量はどうなるのか?
元となる信仰理論はシンプルだが、それをどう確かめるのかという実験的手順、そしてこの理論を発端として、さらに壮大な方向へと理論を発展させていくスケーリング性も素晴らしく、柴田勝家の真骨頂が存分に堪能できる一篇に仕上がっている。
柞刈湯葉「人間たちの話」
これはすでに個人短篇集の時に触れているのでそちらを参照してほしいが、柴田勝家に続いて柞刈湯葉短篇群の中でもこの「人間たちの話」が個人的にもっとも好きな一篇だ。同時に、SF短篇の中でも意外と珍しいド直球の「科学の物語」である。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
牧野修「馬鹿な奴から死んでいく」
牧野修「馬鹿な奴から死んでいく」はホラー系アンソロジー《異形コレクション》49巻に書き下ろされた、魔女と魔術医の戦いを描くサイキック・バトル小説。特殊な生い立ちを持ったほとんど関係のない少女を救うために奮闘する魔術医の男が主人公で、スタイル的にはハードボイルドっぽい。プロット自体には特段触れるようなところはないが、文体含めて統制された魔術面の設定の作り込みが最高である。
斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」
斜線堂有紀「本の背骨が最後に残る」も《異形コレクション》に載った短篇。今回本作(ベストSF)ではじめて読んだ中でもっとも度肝を抜かれた一篇だ。舞台となっているのは、紙の本が禁じられ、本の内容が人間に託されるようになった国。
選ばれし人間は紙の書かれた本を記憶し、口伝で内容を伝えていく。ゆえにこの国ではそうした人々は、ただ”本”と呼ばれる。この”本”だが、一人ずつ担当本が決まっているわけではなくて、同じ本の内容を複数人が記憶しているケースもある。人の記憶は不確かなものだから、そうした二者間で語る本の内容にズレが出ることもありえる。その時、この国では自分の語る内容こそが正当な内容であると本に主張させる解釈合戦──通称”版重ね”を行い、負けた方は生きたまま焼かれることになるのだ。
元となる本は焼かれていて確かめることはできないから、これは真実を探求する戦いというよりも、単純に説得力ある解決篇をもたらせるかどうかのいわば探偵勝負である。本作では、『白往き姫』なる作品についての版重ねが行われるのだが、両者の解釈合戦には著者(斜線堂有紀)お得意のミステリ手法と鮮やかなトリックが投入されていて、いや、こんなん書けるのはそらもう天才でしょ、というほかない作品。
伴名練「全てのアイドルが老いない世界」
伴名練「全てのアイドルが老いない世界」はらしさ全開のエモ☓百合短篇。タイトル通りアイドルが老いない世界の話だが、老いない条件には”たくさんのお客さんを集められること”というシビアな条件がついている。近年ソシャゲやアニメで特殊設定アイドル物がたくさん出てきているが、本作もそうした流れに連なる作品といえる。
明治時代からグループでデビューし、ユニットメンバーの引退などを乗り越えながらもなおアイドルとして生き続けているレジェンド女性アイドル(ただし人気下降中で年齢が維持できなくなりつつある)と、実年齢17歳、戸籍年齢18歳の本物の若年女性アイドルが新ユニットを組むのだが──というドタバタな導入+駆け出しアイドル描写から”なぜこの世界ではアイドルが人気に応じて老いなくなるのか?”、”なぜレジェンドはソロになったのか?”などいくつもの疑問に答えが与えられていく。
伴名練のデビュー作『なめらかな世界と、その敵』の表紙絵が今絶賛爆進中のアイドル漫画(その要素だけではないが……)『推しの子』の原作担当である赤坂アカであることも連想させられる一篇である。まったく関係ないけど今年はほんま『推しの子』おもしろかったな……。最高の漫画だよ。
おわりに
他にも麦原遼「それでもわたしは永遠に働きたい」は脳を労働に提供している間、体はフィットネスジムで運動し、労働時間中に健康になっている”郎働”が普及したブラックユーモア&ブラック労働SF。藤野可織「いつかたったひとつの最高のかばんで」は、生涯にもうひとつ、ただそれだけあればいいというかばんを追い求め行方不明となった長沼さんとかばんたちを描く出すかばん奇譚で──と、スペキュレイティブ寄りの作品が多いが、どれも大好きな作品ばかりだ。
また、今回はタイトルで選んだのか? というぐらいにタイトルが最高なものが多かった。「人間たちの話」もド直球で素晴らしいし、「馬鹿な奴から死んでいく」のタイトルからセリフでの回収までの美しさ、「本の背骨が最後に残る」の一見不可解なタイトルが持つ意味。おぞましい「それでもわたしは永遠に働きたい」から「いつかたったひとつの最高のかばんで」という最高のタイトルに繋がって、最後はシンプルかつ回帰的な堀昇の「循環」で締める、並びまで含めた美しさがある。