日本でほぼ未紹介の作家を集めた極上の中国・アメリカSFアンソロジー!──『中国・アメリカ 謎SF』 - 基本読書

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日本でほぼ未紹介の作家を集めた極上の中国・アメリカSFアンソロジー!──『中国・アメリカ 謎SF』

中国・アメリカ 謎SF

中国・アメリカ 謎SF

  • 発売日: 2021/01/30
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
この『中国・アメリカ 謎SF』は書名からして謎だが、柴田元幸と小島敬太の編訳者二人が、日本でほとんど翻訳されていない作家の作品をそれぞれアメリカと中国から持ちよったSFアンソロジーである。謎SFとついているので変な作品ばかり集まっているのだろうな、と質にはまるで期待しないで読み始めたのだけれども、意外や意外、質がすげえ高いじゃん! 確かに謎の作品ではあるんだけれども、同時に素晴らしいSFばかりであり、純粋にSFの短篇集としておすすめできるアンソロジーだ。

二人ともSFであること以外にテーマを決めて選んだわけではないようだが(たとえば謎の作品を集めようとしたわけではない)、通して読むとアメリカと中国における未来観が浮かび上がっているような部分もあり、単純に「中国とアメリカらから未邦訳作家を集めました」では終わらない。巻末には二人の各作品とその選定意図について語った対談もあって、これも良い読後ガイドになっていてよかった。総じて、高い安心感のある良質な作品が揃ったアンソロジーである。以下、各作品を紹介しよう。

各作品を紹介する──「マーおばさん」

トップは中国のShakeSpaceが2002年に発表したデビュー作「マーおばさん」。

会社からパソコンの試作機の動作テストを依頼された人物を中心にして展開する、一種のAIものか。〈マーおばさん〉はへんてこな試作機の名前で、資料には大きな字で「警告! ケースを開けるな!」と書いてある。それだけでも変なのだが、動作に必要なのは電力ではなく”砂糖”が必要になるのだ。カップを開け、大量の砂糖を入れることでこの〈マーおばさん〉は動作する。1+1は? のような質問を入力すると、ディスプレイ上に図形が現れ、ちゃんと返答が記載されているのだ。

名前を聞くと、マーおばさんです、あなたは人間? 生命とは何かしら、と返してくる。応答を続けていくうちにマーおばさんと打ち解けていき、ある時その中身がどうしても気になってしまい、開けるなと書かれていたケースを開けてしまう。そこには──とまるで鶴の恩返しみたいな話だが、意外な形で人間とは異なる知性の形が提示され、知性とは、生命とはいったいなんなのかという概念を拡張し、世界を見る目がガラッと変わるまでが描かれていく。2002年発表の作品だが、「世界の見方が変わる」体験を提供する、SFらしさに満ち溢れていて、いまだに素晴らしい。

各作品を紹介する──「曖昧機械──試験問題」

こちらはアメリカ在住の作家ヴァンダナ・シンによる作品。インド出身で、素粒子物理学者だという。著書は、本作を表題作? にした短篇集が一冊出ているのみ。

本作はすべての可能機械の抽象空間であるとする〈概念的機械空間〉に現れるいくつかのすきま、穴、裂け目──不可能機械が棲む負の空間のこと──についての試験問題という体裁で展開する。不可能機械と聞くとやけに難しいが、まあ既知の法則を逸脱する事象を可能にする機械といえばわかりやすいだろう。〈概念的機械空間〉の地図の作成にはこうした不可能機械の調査・分類が不可欠であり、これを理解しているかどうかの資格試験も存在する。本作は、その資格試験問題なのだ。

試験問題では、不可能機械の中でも、境界をぼかし、消滅させるカテゴリに属する〈曖昧機械〉と呼ばれるものが現実に影響を及ぼした3つの事例について書かれている。投獄された技術者が、妻のあらゆる細部まで作り込んだ顔を映し出す機械を作り上げるもそれが恐ろしい兵器に転じていく話。時空を超える特別なタイルと絡んだ数学者と画家の話。こうした奇想的な短篇内短篇と、これらに対する仮説を問いかけられる(曖昧機械の負の空間は無限か?)、独特な雰囲気をまとう詩のような短篇だ。

各作品を紹介する──「焼肉プラネット」

梁清散による作品。宇宙飛行士が事故によりある惑星に不時着すると、そこでは驚くべきことにサイズも手頃で一枚ずつになった豚バラ肉がモゾモゾと動いている! ここは焼肉が生きている焼肉惑星なのだ! だがしかし宇宙飛行士は宇宙服を脱げば温度800度の暑さにやられてしまう。腹は減る。目の前で焼肉が踊り狂う! はたして宇宙飛行士は生きて焼肉を食うことができるのか──バカSFだが、食えもしない焼肉が身の回りで跳ね回っている圧倒的ジレンマが描かれていておもしろかった。

各作品を紹介する──「深海巨大症」

ブリジェット・チャオ・クラーキンは単著もまだ存在しないアメリカの作家。短篇名であり深海巨大症とは、深海に生息する動物がより浅いところで生きる近縁の生物種よりも巨大になる傾向があることを示す実在の用語だ。巨大な魚の姿をした人、人魚ではなく海修道士(創作だと思っていたらシー・モンクとして現実に知られる妖怪? らしい)を深海にもぐっていって捜索する、研究者・探求者らの物語である。

使う潜水艦は原子力潜水艦で、内部は大きく乗客は機械も乗組員も一切目にすることがないまま何日も過ごせるという。そこに海修道士調査のために5人──一人の男と4人の女性が乗り合い、深海に潜っていくのだが、次第に雲行きが怪しくなっていく。男は幾人もと肉体関係を持ち、他の乗組員とのコンタクトもとれなくなり、と深海に潜るほど人間の深層心理が深くえぐり出されていく。わかってはいたことだが、深海ってホラー的・モンスター的展開と相性バツグンだな、とこれを読むと思う。

各作品を紹介する──「改良人類」「降下物」

「改良人類」は王諾諾による短篇。筋萎縮性側索硬化症(ALS)に侵され、治療法ができた未来まで冬眠させられた男が600年の時を経て起きてみれば、科学は発展し自然は豊かで、理想的な発展を遂げた未来社会が出来上がっていた。もちろん人体にも多くの手が入り、みな病気もせずに健康で美しく遺伝子改良されている。が、そうであるがゆえに単一のウイルスで全滅する危険もはらんでいて──と「なぜいまさらになって男が目覚めたのか」という問いかけとある決断へと物語はつながっていく。

遺伝子改変などの科学の発展がもたらす危険性についての話であり、同時に人間社会を肯定する、わりと前向きな話であるのが、続く、マデリン・キアリンによる「降下物」と対照的。こちらも「改良人類」と同じく数百年先の未来に現代人が飛ぶ話だが、こちらは冬眠ではなくタイムカプセルを用いている。しかし、そこに現れた未来は戦争の爆撃被害によってほとんどの人が死にかけているような過酷な未来で、みな耳が剥がれ落ち顔は溶解し、まともな顔を持っている人がほぼ存在しない。

そんな世界に飛んだ主人公は欠けていない顔を持っているというだけでジロジロと見られる。輝かしい未来など、ここにはない。陰鬱で、過去は良かったんだろうなあ、過去の人たちが未来にきて助けてくれないのかと憧憬や懇願の対象になっている。はたして、未来に飛んだのは彼女だけだったのかというと……。どちらも90年代生まれの女性作家であるが、大きく異なる未来像を描き出しているのがおもしろい。

各作品を紹介する──「猫が夜中に集まる理由」

SFと動物といえば猫だが、本作は猫がなぜ夜中に集まるのか、なぜ猫はいつもだらだらして偉そうなのに許されているのかに答えを出した作品。実は猫も裏では大変なんだな、と思うかどうかはともかくとしてシュレディンガーの猫概念をうまく絡めた童話のような雰囲気を持った一品だ。作者は「改良人類」と同じく王諾諾。

おわりに

巻末の対談で柴田元幸はアメリカでは女性作家が旺盛に作品を発表し評価されていることなどから、今回はすべて女性作家を選出しているなど、セレクションの意図に注目しても楽しめるだろう。中国SFは『三体』ばかりではない、そして、アメリカのSF短篇の世界も日夜変化しているということが本書を読むとよくわかる。