- 作者:高島 雄哉
- 発売日: 2020/03/15
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
世界観とか
2109年の22世紀、20世紀中盤、21世紀の後半と3つの年代と登場人物の物語が並行して語られる本作だが、中心となっている概念は書名でもある〈不可視都市〉だ。発端は2108年のこと、突如世界各国の兵器の根幹である致死性自律兵器システム(LWS)が乗っ取られ、人々はその乗っ取りを仕掛けたウイルスを〈不可視理論〉、その理論を作り出してLWSを乗っ取った組織を〈不可視都市〉と呼んでいる。その行動規模の大規模さから個人の仕業とは思えず、目的も意図も「不可視」だからだ。
兵器を奪われた以上世界は分断に向かうほかない。この時代、人類の97%は世界に12しかない〈超重層化都市〉に閉じ込められている。インターネットの補修もできないから、情報の接続すらも失われつつある状況だ。世界中の国が〈不可視都市〉を探しているが、発見できない最中、2109年のパートでは、世界最高の〈圏論〉(数学的構造とその間の関係を抽象的に扱う数学理論)の専門家である青夏が、月にいて会うことのできない婚約者の紅介と再会するために移動する場面から幕を開ける。
だが、月に行くためには不可視理論によるLWSの乗っ取りを阻止せねばならない。そんなことは個人では、それもただの圏論の研究者ではとても不可能だが、青夏が動くきっかけとなったのは、12ある超重層化都市のうちのひとつ、人工的に作られた唯一の都市〈空中庭園〉から、メッセージが届けられたからだ。『──来たれ。数学者たち。来たれ。少なくとも圏論の分野では世界有数の数学者であると自他ともに認める青夏は、この呼びかけに応じることにした。』
月と地球、大きく離れた恋人同士が、お互いに再会するために(紅介は物理学選考のAI研究者であり、青夏の空中庭園までの危険な道中を量子通信を通してサポートする)奮戦するという点で、超遠距離恋愛SFともいえるのがこのパート。LWSを乗っ取るウイルスによって地上の交通が分断しているが、かろうじてネットでは繋がっている──というのは、偶然ではあるもののいま・ここの風景と繋がったものを感じる。
で、こうした2109年パートを主軸としながら、他のパートではなぜ世界はこのような状況になってしまったのか、につながる情報が断片的に明かされることになる。たとえば1944年パートでは、第2次世界大戦中に不可視理論の原型を発想した、ある天才的な兵士の物語が語られる。『世界を変容させる戦争と、世界を見るための理論を、同一視できるのではないかと。』『もし戦争と理論を溶け合わせることができれば、世界そのものを書き換えることだってできるのではないかと。』
関数をベクトルとして、言葉を数列として見なせるなら、世にある様々な理論だって一つの数学的対象として見なすことができるはずだ。理論を計算可能な数学的対象に翻訳できれば──彼はそれを〈理論の数理化〉と名付づけたが──数学でも物理学でも、すべての理論を自在に制御できるのではないか。自在といかないまでも、発展させられる余地の発見や、他の理論との融合など、多くの可能性が感じられた。
世界を見るための視座として理論は機能する。そうであるならば理論が変化すれば視座も世界も変化し、理論理解を統御することができれば、この世界そのものを変質させることができる。2109年のことを思うとこの理論が発展していったのは間違いないが、それがどうやって行われたのか。また、なぜ不可視理論は痕跡を残さず、「見えないのか」。不可視都市は実在するのか、何のためにこの理論は実行に移されたのか──多くの疑問点が、青夏が空中庭園に近づくにつれて明らかになっていく。
不可視理論が問いかける、ありとあらゆるものが数学で表現できるのか、はたまたできないのかといった科学哲学的な問答を繰り返す章もあり、数学、物理、哲学と無数のアプローチから理論とこの世界そのものへの問いかけが重ねられていく。”未知の理論を解き明かすことで、遥か未来の宇宙の挙動まで理解できてしまう”情景を描き出した『ランドスケープと夏の定理』と別の方向から理論を取り扱い、ついに「不可視」にいたろうとする、SFならではの情景が物語のラストでは広がることになる。
圏論を取り入れたSFという珍しいSFながらも、議論は比喩にみちていてとっつきやすく、270ページちょっとでコンパクトにまとまっていて読みやすくも重厚さもある。高島雄哉さんの良さが凝縮された一冊だ。
- 作者:高島 雄哉
- 発売日: 2018/08/30
- メディア: 単行本