- 作者: マイケルウォルフ,Michael Wolff,池上彰,関根光宏,藤田美菜子
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2018/02/23
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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本書は、一年半という期間における、大統領との会話、政権の幹部との会話(そのうち何人かとは何十回となく話した)、そして、彼らが話した別の誰かとの会話をもとにしている。最初のインタビューは二〇一六年五月の終わりにビバリーヒルズのトランプの自宅で行われた。その頃の私はまだ、トランプ政権が誕生するなど、ましてやそれに関する本を書くことになるなど想像もしていなかった。
本書ではトランプが政権についた直前あたりから、バノンが解任されるあたりまで、無数のトピック(バノン、イヴァンカ、ロシア、盗聴、メディアなど)を取り上げながら概ね時系列順に進めていき、イカれたエピソードの数々に、思わず笑ってしまうのだけれども、それがまた笑えなくもある。大きな情報源のひとつにトランプ政権下で特異な役割を果たし続けたバノンがいたりもするので(2017年8月に解任され、ホワイトハウスを去った)その点でも大いに信頼性は欠落しているのだが、それはそれ。
そもそも、本書はプロローグが「エイルズとバノン」で、その後バノンは四章「バノン」、十三章「闘士バノン」、十八章「帰ってきたバノン」、二一章「バノンと素からムーチ」、エピローグ「バノンとトランプ」というように、バノンがほとんどトランプとのダブル主人公のようにして取り上げられている。それほど彼が果たした政権内での役割が大きかったということなのだろうけれども、それだけにやはり彼が解任/辞任された地点がトランプ・ヒストリーの第一部としてはふさわしいのだろう。
肝心の中身について
さて、肝心の中身だけれども、数多くの人の証言と、本人自身の行動から、かなり多角的に「トランプとはいったいなんなのか」を描き出しているのではなかろうか。
とはいえその中身自体は何かの芯があるようなものではなく、非常にフラフラしていて捉えどころもなければ中身もない。そもそも本も読まず、人の話も聞かず、自分自身を褒めて・認めてくれる相手に返礼として好意を返す(こともある)人物で、本書の中から一文を抜き出すとするならば次のようになるだろう。『たいした知識もないのに、自分自身の直感ところころ変わる反射的な意見に絶対の自身を持つ男。』
凧のような男だが、そんな人間に付き従う人々はしっちゃかめっちゃかだ。本書では、政権内部でそれぞれ政治的思想も異なるジャレッド・クシュナー&イヴァンカ・トランプ夫妻とバノンとプリーバスらで三つ巴の争いが繰り広げられる様が赤裸々に描き出されていくが、それぞれ「どのようにしてトランプという男」に付き合うのか、「なぜ付き合うのか」、また彼の怒りを受けずにやり過ごす・あるいは受けて立って無事にいるためにはどうすればいいのかを考えることになる(無駄にみえるが)。
イヴァンカは幼少時から父親からの悪影響(問題のある家庭だったのではなく、マスコミの攻撃に曝されていたので)を受けてはいるものの、父親の影響力を自分にとっても都合良く利用し、悪い面については極力切り離して考えるように過ごしているし、バノンはトランプを筆頭にホワイトハウスのほとんど全員について密告者と化しメディアやジャーナリストに内情を吐露しつづけ、プリーバスとクシュナー打倒に動いている。プリーバスは政治の素人と身内の連中に不平不満を漏らして、連邦議会を引き込んでいて、とみなそれぞれに仲間がいて、戦略があり、対立していたのだ。
したがって、バノンとプリーバスとクシュナーが日々繰り広げる抗争は、大統領が彼らについて流したデマ情報によって悪化していた側面も大きかった。慢性的に何かを否定しつづけるトランプにとって、周囲の側近たちは誰もがみな問題児であり、その命運は彼の手の中にあった。いうなれば、”彼ら罪人と、神であるトランプ”という見方をする者もいるし、”大統領の仰せのままに”ならぬ”大統領の不平不満のままに”と考える者もいた、ということだ。
本書はトランプの暴露本ではあるものの、本人自体は明け透けで空虚な人物であるが故に、実質的にその周囲で右往左往する人々の物語にもなっている。
トランプ自身のエピソード
そうした政権内部のドタバタと同時に語られていくのがトランプ自身のエピソードだが、これがまた(ここについてはさすがにそんなに嘘はないと思うが)おもしろい。中でも個人的に傑作だと思ったのは、トランプに仕える者の多くが不安を覚えたという、「トランプがしばしば自分のことを三人称で語る」という謎の事象である。
なんでも、トランプは、「トランプはこうしたんだ」とか、「トランプという人間があんなことをしたんだ」という具合に、まるで他人/別個のキャラクタを語るようにして自分を語るのだという。それはさすがに不安を覚えるわ。また、元々トランプ陣営は選挙の結果”有名になること”でそれぞれの事業に戻っていくつもりで、大半の人間は政権移行後のことなど何も考えていなかったし、トランプは負けるときのスピーチまで用意していたというのも当時の混乱と大逆転のことを考えると興味深い。
ホワイトハウスでのエピソードも「本当かよ」という内容がてんこもりで、入居初日に備え付きの一台に加えて追加で二台のテレビを追加し、ドアに鍵をつけさせ、床に落ちていたシャツを片付けようとしたハウスキーパーに対して『シャツが床にあるのは、私がシャツを床に置いておきたいからだ』と言って叱責したなど(これはさすがに誇張が入ってるだろと疑っているけれども、ありえるかもしれないと思ってしまう側面もある)ほとんどサウスパークを観るようにして楽しんでしまった。
おわりに
本書を読んで混乱しきっているトランプ政権の内幕を知ったからといって日本の大半の読者にとって何か利益があるとは思えないのだが、それはそれとして興味深い本ではある。しかし巻末の訳者欄をみて、12人も訳者がいるのでたまげてしまった。
原書は2018年の1月5日に刊行され、どのタイミングで翻訳を開始したのかは知らないが(さすがに原書の刊行前から始まっていたとは思うのだけれども)、恐らくは相当の突貫工事だったのだろう。意図がまったく読み取れないので「これは原文が悪いのか訳が悪いのかわからんな……」という文章があったりもして、その点はちとガッカリだが、まあ、意図が精確に読み取れたからといってなんなんだという内容ではある。何しろ元となっている人間の発言が無茶苦茶なのだから、あんまり関係ないか。
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政権につく前のトランプ氏については下記本をよむといい。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp