宇宙でオペラを演る──『スペース・オペラ』 - 基本読書

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宇宙でオペラを演る──『スペース・オペラ』

スペース・オペラ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

スペース・オペラ (ジャック・ヴァンス・トレジャリー)

「スペースオペラ」といえば宇宙を舞台にした冒険活劇的な要素を持つ作品に対してつけられるジャンルとして有名だが、一般的には「オペラ」は演劇と音楽から成る舞台のことである。というわけで、ジャック・ヴァンスはこれこそが「スペース・オペラ」だろうとばかりに、宇宙を駆け巡ってオペラを演る話を書いてしまう。

本書はそんな長篇「スペース・オペラ」(ページ数でいうと254ページ)と、浅倉久志が訳した4篇の中短篇を集めたトリッキィな構成の一冊にして、国書刊行会が仕掛けた選書ジャック・ヴァンス・トレジャリー全三巻の最終巻となる。前二巻はどちらも年間ベスト級だったけれども、本書もまったく引けを取らないおもしろさだ。

一発ギャグとしか思えない「スペース・オペラ」もヴァンスの手にかかれば異星の文化と地球の音楽観/文化摩擦をコミカルに描き出していく迫真の一篇になっているし、中短篇はどれをとっても極めて巧みな構成と驚き、愉快でたまらない文体と会話に彩られた傑作ぞろい。石黒正数さんの表紙イラストも最高だし、ジャック・ヴァンス・トレジャリーの最終巻とはいっても巻ごとに繋がりはない独立した作品なので、本記事を読んで気になった人は本書からでもどこからでも手に取ってもらいたい。

そいでは数も少ないし、簡単に5篇を紹介していこう。

スペース・オペラ

未知の惑星ルラールからきたという、人間とほとんど見分けがつかない〈第九歌劇団〉の面々は、素晴らしい演目を披露したのちに突如行方をくらましてしまう。果たして本当に惑星ルラールなんてものはあるのか? 人間が演出で化けていたのか?

この最初の問いかけをめぐる議論からしてすでに相当おもしろい。たとえば別の惑星の、別の身体構造を持つ種族が人間と同じ音楽を好むなんてことがあるのだろうか? ないのだとしたら〈第九歌劇団〉もペテンだ、なんていうのはもっともな理屈であるし、それに対して音楽理論を持ち出し反論を導き出していく様は、架空の文化に長々としたそれらしい理屈をつけていくヴァンス節がびんびんにみなぎっている。

単純な話です──完全に異なる惑星に住む、わたしたちとは完全に異なる知的生命体が、地球のものと酷似した楽器をもちいて、わたしたちに馴染み深い"ドレミファソラシド"音階を採用していたとしても、いささかも驚くにあたらない、ということです。

もちろん話はこの議論で終わらない。オペラの後援者だったデイム・イザベルは〈第九歌劇団〉失踪を受け、地球から歌劇団を組織し、道中いくつかの惑星でオペラを上演し経由しながら、惑星ルラールを目指す気が狂った壮大なツアーを企画してみせる。まさにスペース・オペラ! そのツアー宇宙船にはイザベルの甥、音楽学者、男を利用して何らかの目的で乗り込んできた謎めいた美女マドック・ロズウィンと一癖も二癖もある連中が乗り込んできて、異文化オペラ交流を目指し旅立つことになる。

最初にたどり着いた惑星では、腕が四本、足が四本あるビザントール人の共感をよぶために擬似的に腕四本足四本の状態でオペラをやるハメに。次の惑星では一般公開する前に監督官に披露し、披露したら披露したでめちゃくちゃな罵倒と意外と的確な批評/罵倒を受けることになり──、人類の流刑地にいけば船員の大半が誘拐され入れ替わるなど大抵ろくでもない事態に襲われながらも、ルラールへと向かっていく。

最初から最後まで文化間のズレをネタにした珍道中かと思いきや、途中からはマドック・ロズウィンが乗船してきた謎がミステリのように物語を牽引し、緻密な構成で最初から最後まで気になってたまらない。円熟した技量を感じさせる作品である。

新しい元首

記憶もないままに公の場で裸体で放り出されている男の話が始まったかと思えば、その直後にはバケモノと死闘を繰り広げる剣士の話が、かと思えば飛行橇に乗る男の話が──とぶつ切りの話が連続し、いったい何がなんだ何なんだと思っているとそれら全てをタイトル「新しい元首」に収束する、オチが訪れるトリッキィな構成の一篇。無数の異世界を短い描写で活き活きと描き出すヴァンスの魅力が詰まっている。

悪魔のいる惑星

グローリー星という植民星で暮らす人類と、原住民との文化摩擦を描いた一篇。この原住民の描き方がまた凄くて、一言で言えば"秩序がない"種族なのだ。秩序を嫌い、まとまったものを破壊する彼らは人類からすれば完全にキチガイのようにみえるが、原住民からすれば秩序に支配された人類もまたキチガイにみえるのだ。

そんな原住民は人類が築き上げた大時計を"悪魔"と呼び──、とお互いの常識が相反する世界で、どちらが相手の精神障害を治すのかという、秩序をめぐる戦いが繰り広げられる。他惑星が舞台だけど、自分たちの常識に適合しない相手を精神障害として強制治療しようとする人たちって、現実にもいるよねえ。

海への贈り物

舞台となるのは海洋惑星で操業中の養殖鉱業社、そこで一人、作業員が音もなく消えてしまう……。消えた作業員を仲間たちが探し回っていると、今度は別の人間が白いロープのようなもので海中に引きずり込まれそうになる……。とまるでホラーのような始まり方をするが、敵の正体が明らかになると、この未知の生物に知性はあるのか、あるとしたら言語はあるのか、コミュニケーションはとれるのか──と言語/コミュニケーションSFとしてのおもしろさも発揮していく、非常に凝った一篇。

エルンの海

これもまた「海」が舞台だが、主人公は人間ではなく意識が芽生えている海棲生物。ヴァンス作品としてはおなじみの異星生物物だが、異星生物そのものの視点を採用している点が新鮮で、生殖方法や、この異星生物からみた人間の姿など、じっくりと特異な文化/感じ方が描かれていく。話としては途中で終わってしまっている(続きは書かれることはなかった)のが残念だが、それを抜きにしても素晴らしい一篇だ。

おわりに

いやーしかし、ヴァンスの小説は新しく刊行されるものも既存の物も、どれを読んでもおもしろいし、これでまだ未訳のものがたくさん残っているというんだから、ジャック・ヴァンス・トレジャリー完結! なんていってないでとっとと他のも(どこでもいいから)翻訳してもらいたいところである。というわけで、他二冊も石黒正数さんの表紙絵含め非常に魅力的なので、まだ未読の方は是非どうぞ。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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