ミエヴィルの長篇を一篇一篇に凝縮したような短篇集──『爆発の三つの欠片』 - 基本読書

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ミエヴィルの長篇を一篇一篇に凝縮したような短篇集──『爆発の三つの欠片』

爆発の三つの欠片(かけら) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

爆発の三つの欠片(かけら) (新☆ハヤカワ・SF・シリーズ)

2016年は、多くの翻訳SF短篇集が出て、質も高かったのだが本書はそんな中でも飛び抜けて楽しい一冊だ。ミエヴィルは2009年に『都市と都市』、10年に『クラーケン』、11年に『言語都市』を出し、12年にヤングアダルト向けの作品を出した後に沈黙し、3年ぶりの15年に刊行されたのがこの『爆発の三つの欠片』である。

最初は3年も新刊出さずに何してたんじゃいこら! と文句を言いたい気分だったのだが、読み終えてみたらぶっ飛んでしまった。全28篇のどれもがミエヴィルの長篇を短篇に圧縮したように奇妙で奇抜で洗練されていて、何よりおもしろい作品たちなのである。こんなおもしろい短篇を書いてたんなら(短篇だけ書いてたわけじゃあないけど)3年経ってしまってもしょうがないわな、と完全に納得してしまったのだ。。

作品の幅が広いし数も多いしですべてを紹介するわけにもいかないので、ひときわ目についたものを傾向別にピックアップして紹介していこう。

いくつかピックアップして紹介する

まず巻頭にして表題作である「爆発の三つの欠片」は遺伝子を微調整して食べ物の腐敗時に現れる広告など新たな宣伝手法が発達した世界で、爆発が新しいマーケットになっている状況(たとえばビル爆破時の爆風が企業名などの広告となって現れる)での悲惨──かどうかはともかくとして──な"死"が描かれる3ページの掌編。原本から表題作になっている理由はよくわからないが、全体のトーンを決定づける一篇だ。

続いて、ロンドン上空に氷の塊が突如出現した状況を描く「ポリニア」。最初は幻覚なのではなど様々な案が出るが、人々は調査に赴いたり落下事故を起こしたりして、「理由はよくわからんが、これはあるんだ」ということを徐々に受け入れていく。「〈新死〉の条件」は「ポリニア」と似たタイプの短篇で、死者が必ず足を観測者に向けているように見える"新死"と呼ばれる現象が発生した状況を描いていく。

どちらもオチというオチは無く、ただただ奇妙な事態にたいして社会の反応、科学者の反応を経て、「奇妙だが、起こってしまっているのは事実だし、いろいろ調べながら受け入れて解釈しながら付き合っていくしかないよね」と結論付けていくスタイルが共通している。個人的に好きなタイプの話でもある(嫌いな人は嫌いだろう)。

一方でオチや題材がはっきり/きっちりとしているものも多い。「〈ザ・ロープ〉こそが世界」はミエヴィル流の宇宙エレベータ発展史・与太話からはじまって、宇宙エレベータ〈ザ・ロープ〉の120万階で今何が起こっているのかというオチにまで駆け抜ける鮮やかな作品で、本書の中でも特に本格SFな一篇だ。娯楽甩に設備を加えることで自殺をする連中に好まれた(適切な高度で飛び降りると投身自殺と焼身自殺を兼ねることができる)宇宙エレベータの話とか細かいネタがいちいちおもしろい。

セラピストが患者にとっての最悪の障害(人間関係の場合はたとえば上司とか)を治療のために武力で排除するという無茶苦茶な話を大真面目に描き、その結末を「そりゃそうなるよな」以外にありえないオチでまとめあげたのが「恐ろしい結末」で、ユーモア系としては本書の中でも随一の逸品だ。途中からラストまで笑いっぱなし。

カイジュウ、ヴァンパイア、ゾンビ

怪獣、ヴァンパイア、ゾンビなど強いモチーフ(といっていいのかどうかアレだが)をミエヴィル流にアレンジしたような作品もあってどれもおもしろい。たとえば失われた石油プラットフォームが海底に沈没したあと、数十年の時を経て突如動き出し人間社会に危害を与える様を描いた「コヴハイズ」は、その巨大さも相まって"怪獣譚"といっていいだろう。メカニカルな巨体生物の描写にはひたすらに興奮させられる。

巨体全体が痙攣を起こしたような印象で、格子づくりの脚三本は台座部分を串刺しにした状態にあり、上下に突き出していた。テレビ映像を見ると、三つの脚の空に突き出ている部分は、きしりながら互いにもたれ揺れ動いており、泥の中を一歩ずつ進むたびにクレーンのように傾いては絡み合っていた。よろよろとカナダ沿岸へ向かうその姿は、海中から現れた手足の不自由な火星人といった感じだ。

その上、一体じゃなくて何体も(石油プラットフォームは何度も事故ってるしね)出てくるのが「怪獣大決戦やんけ!!」という感じで素晴らしい。こいつら、卵まで産むからね。長篇にしてほしいぐらいだ(それはいくらなんでも無茶か……)。

魔術やヴァンパイアの存在する世界で、歴史の変革を望むために昆虫を用いた特殊な方法で成し遂げようとする女性の物語「九番目のテクニック」は幻想的でファンタジックな一篇だし、環状の壕になって死んでしまう(のか、死体の周りに壕ができるのか)感染症によって世界が崩壊していく様を描いた「キープ」は状況だけみるとゾンビ物っぽいが、こちらもミエヴィルの柔軟な想像力が発揮され奇妙な読後感を残す。

おわりに

ユーモア作品からファンタジィ、神話物、SFに大量の奇想──とこれでもかというぐらいに幅を広く取ってミエヴィルの想像力を凝縮させた短篇が他にもまだまだ揃っており、奇想作品好きやこれまでの(ミエヴィルの)長篇が好きな人は最高に楽しめるだろう(ただ、SFを求めて読むと「少ないやんけ!!」となるかもしれない。)

秒数指定と映っている映像の描写を連続させて架空の映画の予告編を描いてみせるいまいち何がおもしろいんだかわからん掌編が3つも入っていたり、どうにも判断がつかないよくわからん短篇もあるのだが、28篇もあるのでそれもまたヴァリエーションとして楽しめるだろう──というか、楽しめることを祈っております。
huyukiitoichi.hatenadiary.jp
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