サヴァンの能力を結集し究極の英知を創り上げる──『叫びの館(上・下)』 - 基本読書

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サヴァンの能力を結集し究極の英知を創り上げる──『叫びの館(上・下)』

叫びの館〈上〉 (創元推理文庫)

叫びの館〈上〉 (創元推理文庫)

『叫びの館』という書名と、表紙のイメージからして「純ホラー作品なのかなあ」と思って若干敬遠しかけたが──これが読みはじめてみればSFとしても、ホラーとしても、サスペンスとしても一級品。あらゆる描写は専門家ならではの緻密/迫真さで、著者が持つ無数の引き出しにつかまってあっという間に読み終わってしまった。

あらすじとか

物語はプロローグこそ純ホラーのように展開する。1953年、街では若い学生を対象にした、局部が切り刻まれナイフで刺殺される連続殺人事件が発生していた。自分の娘がその犯人なのだと知ってしまった父親は、狂った(と自分が思い込んでいる)娘を死ぬまで自宅の地下に幽閉。そのドアを固く閉ざした後、自身も老化で死ぬことによりその事件は迷宮入りとなって忘れかけられたかのように思われた──。

そこから40年以上経った現在(原書刊行は1997年)。同じ街を舞台に、『コンピュータによって増強された随伴現象を通じての知能の増強』などを研究するウェスリー博士を中心とした、知的障害などがありながらも特定分野で特別な能力を発揮する、いわゆるサヴァンを集めたとある研究を行うためのプロジェクトが発足する。

サヴァンの緻密な描写

サヴァンと一言でいっても、みながみな同じような欠点を抱えているわけではない。強迫症的に物を整頓しなければ発狂しかねない者もいれば、意思の疎通が困難な者、怒りという感情が失われている者など様々だ。能力も500ピースのパズルを悩むことなくノータイムで完成させられる者もいれば、音楽やある種の計算能力(たとえばある年の2月20日が何曜日であるかを瞬時に答えられる)を持つ者もいる。

本書でまずおもしろいのは、こうした実験のために集められてくる一人一人のサヴァンの背景を緻密に描きこんでいくことだ。幼少時代はどのように過ごしてきたのか? 知的障害やサヴァンの能力はいかにして発見されたのか? 親との関係は? 能力は、具体的にどのレベル/種類のものなのか? たとえば優れた語彙能力を持つ人物が出てくるが、下記のように出来ることと限界を細かく具体的に描いていく。

 スニがユーの語彙能力を調べていくと、首尾一貫していないことがわかってきた。たとえば"good"に対応する類義語を問われると、ユーは"benevolent"や"virtuous"という単語を返してくる。ところが、"good"の反義語を問われると、ごくあたりまえの"bad"という単語すら答えられない。それにまた、単語を定義することもできなかった。キーワードと意味の似た単語を見つけることに、彼の能力は限定されていたのだ。

あまりにも描写が真に迫っており、かつおもしろかったので「な、なぜこんな描写ができるんだ?」と途中で著者プロフィールを見てみたが、著者のジェイムズ・F・デイヴィッドは作家だけでなく心理学者なのだ。英語で検索してみてもWikipediaすら引っかからないので超心理学系、サヴァン症候群が専門であるかどうかまではわからなかったが、何にせよ心理実験について素人ではないということで腑に落ちた。

サヴァン達を統合し、究極の英知をつくりあげる

しかし、こうしたサヴァンたちを集めてウェスリー博士は究極的には何をしようとしているのか? というのが本書の中心ギミックとなっている。

それは、いわば「サヴァン達の得意分野の統合」だ。その方法を簡略化して説明すると各ドナーの脳波をモニターで観察しながら得意分野ごとに信号を選び出し、基礎人物へと重ねあわせ統合するイメージ。実際に本書で行われる説明はより詳しく、計算能力は左半球の言語能力が土台になっているはずだがサヴァンのような特別な能力持ちの場合は違うかもしれない──うんぬん、と脳科学的な側面での描写もサヴァン達に負けず劣らず書き込まれていくのがSF好きにはたまらないところである。

「ここにいるサヴァンたちはみな、心のひとつの部分については天才だ。(…)まるで、わたしたちには推しはかれないほど偉大なひとつの知性があり、その天才の能力がおおぜいのひとびとのあいだに撒き散らされたかのような感じじゃないか。もしその偉大な心を──その超意識を──再構築したとすれば、それはどれほどの数の思考の道筋を持つだろう?(…)」

身体を寄せ集めてつくられたフランケンシュタインになぞらえて、フランキーと名付けられた統合人格は実際にサヴァン達の類まれな能力を統合した存在であったが──とここから先も緻密な描写は終わらない。フランキーに人格があるとはどうすれば定義できるのか? 性別はどう決定されるのか? 単なる「超知性」をつくって終わりではなく、それをどう「定義」するのかまでみっちりと描いてくれる。

錯綜する案件

ここまで読むと「完全にSFやんけ」って感じだが、話はここで終わらない。

実はこの実験チームには、サヴァンではないものの思念暗示によって人の行動をある程度操ることのできる超能力者が紛れ込んでいるのだ。こいつは思念暗示が使えるために気に喰わない奴、自分の正体に気づきそうなやつを人知れず自殺や事故に見せかけて殺してきた危険人物であるが、ウェスリー博士の存在を論文から知り、自身の能力をさらに増強させる手がかりを求めこの街へとやってきた。

サヴァン、統合人格フランキー、思念暗示の殺人者、とヤバイ奴等が集まってきたこの街で、40年前に起きた事件を連想させる「学生の性器が切断され、刺殺される」殺人事件が連続して発生する。警察は当然この怪しげな実験を行っている人々を疑うが──。という感じで、え、え、この別々の事案に見える3つが過去と現在の連続殺人にどう関わってくるんだ?? と途中から気になって読むのがやめられなくなる。

物語も後半に至ると、超能力者の存在に気がついた人類と超能力者との戦いにも発展し──とこっちは多くは明かせないが、サヴァンらの描写と負けず劣らずの分析が展開されていく。たとえば、思念暗示が使えるとしてそれはどのように作用しているのか? 連続して使用できるのか? 射程距離は? 速度は? を考え、作戦を練っていくので能力バトル物的なワクワク感が生まれるのだ。

おわりに

サヴァンも統合人格も能力バトルも、どれか一つの要素だけでも立派に長篇として成立させられそうな本書だが、それを全部ぶち込んで、違和感なく統合してジャンル混合型のエンターテイメントとして成立させている。表紙と書名からホラー好き以外はなかなか手に取らなそうだが、スルーするにはもったいない出来だぞ。

叫びの館〈下〉 (創元推理文庫)

叫びの館〈下〉 (創元推理文庫)