犯人絶対殺すマン──『野獣死すべし』 by ニコラス・ブレイク - 基本読書

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犯人絶対殺すマン──『野獣死すべし』 by ニコラス・ブレイク

野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫 17-1)

野獣死すべし (ハヤカワ・ミステリ文庫 17-1)

『わたしは一人の男を殺そうとしている。その男の名前も、住所も、どんな顔だちかもまるで知らない。だが、きっと捜しだしてそいつを殺す……』と推理小説作家であるフィリックス・レインの個人的な日記によって本書は幕を開ける。

冒頭から絶対殺すマン*1全開のこのフィリックス・レイン君、何をそんなにいきり立っているのかといえば彼の息子が何者かにひき逃げされ殺されてしまったのだ。警察の決死の捜査にも関わらず犯人を見つける目処は立たず、それでも諦めきれない彼は犯人絶対殺すマンとして独自の調査をはじめる──。

ニコラス・ブレイクの代表作として有名な一冊で、探偵であるナイジェル・ストレンジウェイズが出演するシリーズの第四作でもあるが特に知らなくても読み進められる。何しろ本書のだいたい半分は犯人絶対殺すマンことフィリックス・レインが、いかにして息子を殺した人物を特定し、その殺害計画を練り上げていくのかの全編緊張感と殺意が張り詰めたサスペンスとして展開し、探偵が出てくるのは物語がちょうど半分を過ぎたあたりであるからだ。

それならこれは最初から読者には犯人がわかっているタイプのミステリ(こういうのを何て呼称するのかしらないが)なのねと思うところだが実はそうではない。綿密に追い詰め、相手を特定し、取り入り、相手の弱点を把握し、さあ完全に自分の罪が問われない形での「完全犯罪」の現場が整ったぜと思ったところでとうの殺害対象から「お前の日記、俺は知ってるんだぜ」と明かされてしまう。当然計画も既に把握されており、彼は愕然として、完全犯罪は脆くも土台から崩れ去ったのであった──ただし相手は死ぬ。

と、ここでナイジェル・ストレンジウェイズが登場する。あやうくフィリックス・レインに殺されそうだった男ジョージ・ラタリーは家で強壮剤に仕込まれた毒を飲んで毒殺されてしまうのだが、これはフィリックス・レインの日記には存在しない筋書きであった。一体全体誰が殺したのか? もちろん明確な殺意を持って近づいてきた彼が一番怪しくは有るのだが、ジョージ・ラタリーは暴力的な人物で妻に、息子にと周囲の人間から大いに恨まれている。フィリックス・レインの日記のことを誰かが知っていれば、罪をかぶせようとして殺したことも考えられる──と「あきらかに怪しいやつ」がいる状態で事件は複雑化し、錯綜していく。

前半と後半でガラッと雰囲気が変わるもののどちらも洗練されたパートで面白い。時代性を感じる部分もほとんどない。ミステリは手法的にガンガン複雑化、メタ化が進んでいるので古いのを読むと「手法が古いなあ」と思うことが多い。本書もそれがないことはないけれど、サスペンスとしての比重が大きいのであまり気にならないのだ。そして、果たしてこの「野獣」が(原題はThe Beast Must Die)どこまでかかっているのか──、子どもをひき逃げして殺した男か、その犯人を殺した「誰か」まで入っているのかは作中で提示される結末とは別に読者の中に様々な解答をもたらすだろう。

個人的に面白かったのはこれが劇場型犯罪者ミステリでもあることかな。冒頭の部分は最初に紹介したけれど、そのすぐ後、自嘲的に『寛大なる読者には、このメロドラマめいた書きだしを大目にみていただかねばならない。』と犯罪日記であるにも関わらず明確に読者を意識した、推理小説作家兼犯罪殺人者となろうとしている男の「ストーリーテラー」としての側面が現れている。絶対殺すマンとして主観的な殺意をめらめらと燃え上がらせつつもそれを客観的/物語的に盛り上がるものにしようとする仕組みが最初から整っているので、これで面白くなかったら嘘だぜ。

本来であればもうちょっといろいろ語りたいところだが──種明かしの部分にもかかわってくるのでここらでやめておこう。本書はハヤカワ文庫補完計画という名作を復刊し直す企画の一環として新カバー&トールサイズ化して復活した。新カバー版には山本ユウさんの素敵な絶対殺すマンのイラストと黒白を基調としていてカッコイイのだけどAmazonの書影には反映されていないみたいで残念だな。Amazonには既にないし、書店で見つかるか怪しいけれどちょっと探してみてください。
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