正義のアイデア - 基本読書

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正義のアイデア

本書は正義のアイデアという題名が示すとおり正義とは何かといったことを着想として示している。着想なので当然「正義が真っ当に志向された社会とはこのようなものである」という理論が提示されたりはしない。たとえば功利主義的に社会の良さは個人の幸福の総和で図られ、この総和を最大化することが正義であると考え、単純化することを目指さない。

本書では何度も出てくるたとえとして1つの笛を3人の子供のうち誰に与えるのかという例題がある。3人の子供はそれぞれ名前をアン、ボブ、カーラとしよう。アンは自分が笛をもらうべき理由として3人の中で自分だけが笛を吹くことができることを挙げる。一方でボブは自分は3人の中で一番貧しく自分のおもちゃを持っていない唯一の子供だと訴える。最後にカーラはその笛は自分が何ヶ月もかけて創ったものだと主張する。

この中から1人、だれに笛を与えるかを考えるのはそれぞれ主義が決まっている場合は難しくない。たとえば経済平等主義者ならば一番貧しいボブに笛を与えて平等にしようというだろう。一方リバタリアンならカーラが創った笛を他の人間が奪っていくことは自由に反しているとしてカーラに渡すだろう。功利主義者になると難しい。アンに渡すのが一番アンの喜びが大きいかもしれないが、貧困の中にあるボブの方が受け取ったほうがより喜びが大きいかもしれない。

ただひとつ言えることはどれか一つの答えを「絶対に正しい正義の結論」として導きだすことは不可能であるということだ。ということで本書がとるアプローチは「理想の正義社会」を追求するのではなく、現実に存在する「不正義を一つ一つ潰していくにはどうしたらいいのか」といったことを検討していく。1つの笛をめぐる3人の子供の話に見えるように、必ずしも1つの結論が出せない状況でもすべての議論を考慮して、どのようにして信頼できる答えをどうやって導き出すのか。

たとえば、競合する基準の中で折り合いをつけられる共通部分も存在する。そこから部分順位が導かれ、少しずつ比較と折り合いの検討、精査を繰り返すことで、もはやこれ以上は遠慮できない、わかりあえないといったところまでアマルティア・センの提唱する正義は進んでいく。このやり方は決して「最善で正しい」結論が導き出せるわけではない。

しかし、より現実的に世界に正義をもたらそうとするならば本書のようなアプローチをとるしかないと僕は思う。そういう意味で凄く誠実な本だし、哲学は現実をより良くするために、思考を推し進めるという意味でとても有用になりえるんだと初めて感じた。

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