ちまたには多読・速読を執拗にすすめる本が溢れかえっているけれども、読書は速ければいいというものではなく、読み終わってすぐに忘れてしまうようなのは「読んだ」とは言わないのです。読書とは読み終わることに意味があるのではなく理解することに意味があるのですから。なので多読ばっかり誇ったり、自慢したり、推奨されたりするのは本来おかしな話です。一冊を深く読むのも、多読と同じかそれ以上に意味のある行為なのですから。
というわけで高田明典さんの『難解な本を読む技術』です。フーコーやラカンを読みとくときに、どうしたらいいのか、その技術を解説した一冊。よくよくよんでみると「一度メモをとりながら通読したあともう一回読め」とか「ノートをとりながら読め」と恐らく本格的にラカンなんかを読み解いている人たちからすれば、かなり常識的なことなのでしょうが、僕のような素人が読もうとするとその常識すら知らないで読み始めなければいけないので、こうやってノートの作り方から解説してもらえると、かなり助かります。
ちなみに目次が秀逸なので目次を読んだだけである程度内容が把握できます。がんばって書きうつした!
目次
第1章 基本的な考え方
この章のはじめに/「わかる」ということ/翻訳の問題/「閉じている本」と「開いている本」/「外部参照」が必要なホントそうでない本/「登山型」のホント「ハイキング型」の本/本のシーケンスパターン/「批判読み」と「同化読み」/この本の基本方針/読書にかかる時間
第2章 準備
この章のはじめに/本の選択/「棚見」の技術/興味にしたがって分野を細分化する/ネット検索という方法/本の「タイプ」を決める/購入する本を決める/読む「態度」を決める
第3章 本読みの方法1・一度目:通読
この章のはじめに/いつ読むか/とりあえず通読する/読書ノートの「外部」を創る/メモをとりながら通読する/読書ノートは「いつ」とるか/本のタイプを推測する/「通読」だけで十分な本もある/まったくわからない・つまらないとき
第4章 本読みの方法2・二度目:詳細読み
この章のはじめに/わからなさを「感じ取る」/わからなさの理由を考える/対処法1 用語の理解が不十分である場合/対処法2 論理関係の理解が不十分である場合/対処法3 問題の理解が不十分である場合/対処法4 著者の主張を図にする必要がある場合/開いている本の読み方/どうしてもわからないとき(1)──いったん諦める/どうしてもわからないとき(2)──誰かに聞く
第5章 さらに高度な本読み
この章のはじめに/得た知識をより大きな知識の構造の中に位置づける/「読まない」読書による情報収集/テーマに関する地図を創る──「包括読み」・「縦断読み」/テーマに沿って読んでいく──「系統読み」/著者の著作全体の地図を創る──「著者読み」/著者と同じ顔になる──究極の同化読み/批判読み/他分野や他のホントの関連の地図を創る──「関連読み」・「並行読み」/終わりに──思想を「生かす」ということ
付録1 読書ノートの記入例
ドゥルーズ『壁』/ウィトゲンシュタイン『青色本』/ウォーフ『言語・思考・現実』/アダン『物語論』
付録2 代表的難解本ガイド
デリダ/スピノザ/ウィトゲンシュタイン/ソシュール/フロイト/フーコー/ラカン/ドゥルーズ/ナンシー/ジジェク/
「開いている本」と「閉じている本」という分け方が初耳でちょっと面白かったです。「開いている本」とは要するに「結論を言わずに、読者に自分で考えさせるように書かれている本」であり「閉じている本」は「著者の考えを完結的にこうである! と伝える本」のことであるとしています。
目次を読めばわかるように色々と難解な本を読む技術が語られますけれども、結局のところ「わかる」までノートでも何でもとりながら、何度も読め、ということでしょう。もちろん何度も読む際に技術があるわけですが、何度も読まないうちには始まらない。
「わかる」ようになるのはどんな時かと言えば、自分がその概念を「使う」ことができるようになった時であると言います。まあ、書いてあることを読んで、自分で自分に「つまりどういうこと?」と問うてみて、ぺらぺらと自答出来るようになった時、というのが一番わかりやすいでしょう。
まったくの真っ白な状態から初めて難解な本を読みこなせるようになった時、初めて偉大な哲学者や著作者が見た景色を見ることが出来る。その為には文字を追っただけの「読んだ」ではなく、「理解した」という結果が必要なんですね。なんとなく自戒を込めて。
- 作者: 高田明典
- 出版社/メーカー: 光文社
- 発売日: 2009/05/15
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