伊藤聡は名作をどう読んだか──生きる技術は名作に学べ - 基本読書

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伊藤聡は名作をどう読んだか──生きる技術は名作に学べ

生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)

生きる技術は名作に学べ (ソフトバンク新書)

 著者の伊藤聡さんは、このはてなブログ空中キャンプという書評や映画評などを書いている超有名なブロガーの方です。ぼくも常日頃から楽しく読ませてもらっています。

 ブログを読んでもらえればわかると思うのですが、とってもとっても文章が上手いです。ぼくも空中キャンプの人ぐらい文章がうまく書ければなーと日々思いながら書いているのですが、先日伊藤聡さんもツイッターで「もっと文章が上手くなりたい!」というようなことを書いていて、「すでに上手いのにまだ努力されたら永遠に追いつけない…!」と絶句してしまいました。

 勝手に心配していたことが一つあって、ブログに書かれている映画評は、どれも結構短いのですね。だいたい千文字〜千五百文字ぐらいかな、と思う。それはどこまでもムダを省いて行った結果でもあって、もしそれが、一冊の本という分量になってしまったら、果たして中だるみしないで書けるのかしらん? ブログの文章は、一冊丸丸維持されるのだろうか……と。しかし、まったくの杞憂でしたね。無駄がない文章はそのままで、独特な作品解釈、(特にヘミングウェイの「男だけの世界」というタイトルへの、「これをヘミングウェイが編集者に提案した時に、編集者はどんな反応をしたのだろう…」というツッコミ)など、凄く良かったです。すばらしい!

 『生きる技術は名作に学べ』は、十作品の名作を「生きる技術」は何か、という点について著者が読みなおしていく本であります。著者の言葉を借りるならば

 「あらためて名作を読みなおしながら、いっけん手に取りにくそうに感じられるこのテキストのユニークな面をあらたに発見し、より自由な解釈をうながすこと」

 ということになります。それとは別に、四つのコラム「貧乏について」「暴力について」「父親について」「死について」が各章の間に入っています。どれも根源的な問いを持っていて、非常に短いのですが迫ってくるものがあります。特に「死について」と題されたコラムは、立ち読みでもいいので読んでみたらどうでしょうか。ぼくらがなぜ物語を追い求めるのか、その事が、著者の伊藤聡さんの実体験から始まり、物語の解釈へと飛躍して、また現実のこの世界における解釈という形で帰ってくる、まさにこの一冊を表しているかのような名コラムです。

 「この一冊を表しているかのような」というのも、この本は基本的には書評のようなことをしていくわけですが、驚くほど著者の色が濃い。一つ一つの作中での問題に対して、「わたしはそんなこと言われたら困ってしまう」とか「いまわたしは、男らしさのことを考えている」などなど、「わたし、わたし」とわたしを前面に押し出してくる。解釈の出発点は、いつも「わたし」なのですね。「わたしはこう思う、思った」という視点で十作品を見ていくのがこの一冊であって、つまりこの本は「伊藤聡は名作をどう読んだか」でもあるのだ、とわたしは思う。ゆえに、著者とソリが合わないと感じる人は読むのがつらいかもしれない。しかしそこに著者との友情を見いだしたら、読み終えた時に新たな視点を獲得しているかもしれない。人がどう作品を読んでいるのか? というのは、その解釈の中で個が消されてない場合、意外なほど勉強になるのだ。