生きてるだけで、愛。 - 基本読書

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生きてるだけで、愛。

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

生きてるだけで、愛。 (新潮文庫)

 でもきっとあたしにはあたしの別の富士山があるってことなんだろう。──P12

 「生きてるだけで、愛。」のテーマをひと言でまとめてしまえば、引用した部分がそうでしょう。ただ何の説明もないと、読んでいない人にはまったくわからないので一応説明しときますね。

 葛飾北斎の『富嶽三十六景』という絵があります。どういう絵かというと、「虚空に爪を突きたてるような荒々しい波が富士山を背景にザッパーン!」──P10 となっているような絵です。で、それがどうしたかというと、その画が最近現代の科学で色々検証されはじめ、最終的に五千分の一秒のシャッタースピードで撮った写真が画の構図と寸分違わなかったらしいのだ。富士山の色合いから、波の形、飛び散るしぶきの数までです。端的に申し上げて奇跡とでもいいましょうか、「富嶽三十六景」が写真ならともかくとして、画で書いたというのだから凄い。そして現代科学の技術でようやく捉えたその一瞬を、葛飾北斎が肉眼で捉えられるはずがないから、画は恐らく想像で書かれたものなのだ。それは果たして偶然なのだろうか…といえば、まあ偶然といえば偶然なんだろうけど偶然じゃないといえば偶然じゃないよね、っつー話ですよ。偶然じゃないならなんだっていうと、きっと葛飾北斎は波がザッパーンってなったときに脳がピキューン! となってなんかこう、スパークしてそうなったんじゃないか? もしそうだったら、葛飾北斎にとっての富士山とのスパークが、この小説の主人公にもどこかにあるんでねーの? そんな話です。

 と、ここまではテーマ的な話でそれ以外の部分はなんか、生きづらさを感じている人間を書いているという点で、女版人間失格のような感じでした。しかし決定的に異なっている部分もあって、それはユーモアがあるか、ないかです。ほんと、どーしようもなくて、暗くて憂鬱になってくるのが「人間失格」なんですけど、ほんとどーしようもねえなあ(笑)って笑い飛ばせるのが「生きてるだけで、愛。」です。後半はそんなに笑い飛ばす余裕もなくなってきますけれど、なんでしょうなあ。どちらが好きかと問われれば、「生きてるだけで、愛。」なのです。作品は全編負のオーラに満ちていて、あ、「ちょっとまって、負のオーラって何?」って言われても答えられないんですけど、まあなんかプラス思考マイナス思考でいえばすげえマイナス思考みたいな感じですよ、意味わかんないですけど。で、負のオーラってのは結構簡単に人に伝わるもので、「人間失格」しかり「生きてるだけで、愛。」しかり、とてつもなく圧倒されましたん。何で簡単に伝わるのかとか、圧倒されたのはなぜかの部分を詳しく述べるのは今のところぼくには無理なのです。「なんだかよくわからんがすごい」っていうのはたぶん「なんだかよくわからん」から凄いのであって、「なんでかわかった」らもうそれは凄くないんじゃないかと思うのです。結論は、「生きてるだけで、愛。」は「なんだかよくわからんがすごい」