走ることについて語るときに僕の語ること
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書店員レビュー
同じスポーツジムに通う男性からお薦めされた1冊
MARUZEN&ジュンク堂書店渋谷店さん
同じスポーツジムに通う男性からお薦めされた1冊。一汗かいたあと、ラウンジで静かに本を読んでいる様子がとても気持ちよさそうだったので、「何を読んでいるんですか?」と訊くと、ちょっと笑って文庫本の表紙を見せてくれました。
「最初にもお断りしたことだが、僕は負けず嫌いな性格ではない。
負けるのはある程度避けがたいことだと考えている。人は誰であれ、永遠に勝ち続けるわけにはいかない。人生というハイウェイでは、追い越し車線だけを走り続けることはできない。
しかしそれとは別に、同じ失敗を何度も繰り返すことはしたくない。ひとつの失敗から何かを学びとって、次の機会にその教訓を生かしたい。
少なくともそういう生き方を続けることが能力的に許されるあいだは。」
指で指し示してくれたこの部分がとても印象的だったので、さっそく書店で購入して読み始めました。読み始めてすぐに気づかされるのは、この作品は他のエッセイとは一線を画しているな、ということ。
村上春樹のエッセイは、小説と違って軽い読み物に仕上がっている場合がほとんどですが、この本は読みやすいながらも深い思索に富み、心の深いところまで静かに降りてくる言葉で満ちています。まるで、とても読みやすい哲学書みたい。
30代に入り、若さで押し切ってきたいままでとは違う生き方を模索しつつある私たちにとって、人生の伴侶となり得る作品です。読みたいときにいつでも手に取れるよう、結局私も買いました。
(評者:MARUZEN&ジュンク堂書店 渋谷店 実用書担当 青柳真紀)
レイモンド・カーヴァー著『愛について語るときに我々の語ること』を、本書のタイトルの原型にした村上春樹さんを敬愛します。
2010/08/13 22:06
8人中、8人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:サムシングブルー - この投稿者のレビュー一覧を見る
読書は恋愛と似ている。カバーに触れ、目次を読む。その行為は人を好きになるのとよく似ている。
2007年に出版された『走ることについて語るときに僕が語ること』は村上春樹さんのメモワール(個人史)であり「あくまで僕という人間にとって走り続けるというのがどのようなことであったか、それについて思いを巡らしたり、あるいは自問自答しているだけだ」と、語っています。
第1章 誰にミック・ジャガーを笑うことができるだろう? では
「長距離ランナーは個人的な勝ち負けは問題ではなく、個人的目標を達成したかどうか、走り終えて自分に誇りがもてるかどうかが大事な基準となる」
「同じことが小説家という職業にも言える、小説を書くことは、フル・マラソンを走るのに似ている」と、語っています。
また「まじめに走る」「ランナーズ・ブルー」「走る生活」「腑に落ちる」とカッコされている文字から、村上春樹さんのライフスタイルがわかり、彼のメモワールの根幹はこの章でほぼ完成されているように感じました。
フル・マラソンからトライアスロン・レースへの挑戦は、「小説をしっかり書くために身体能力を整え、向上させる」ことへの挑戦でした。
四半世紀にわたって日々走り続けてきた彼は、これからも走り続けるでしょう。次回の長編小説を心待ちにしております。
再読してより理解が深まる
2010/09/04 16:46
8人中、5人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:K・I - この投稿者のレビュー一覧を見る
あいかわらずな日々を送っている。
先日は、ある文学賞に随筆を書いて送ったところ。
随筆やエッセイを送るのはこれで2回目になる。
だんだんと視野が広がっている、と自分でも感じる。
小説における自分の本質的な「才能」というものをわかったうえで、
自分の文章を発表する場を求めている。
当然、いろいろなジャンルに「場」を求めることになる。
僕は「アンファン・テリブル」なんかじゃないんだから。
本を買うのも、bk1で買ったり、別のネット書店で買ったり、
あるいはリアルの本屋で買ったり。
まだまだ暑いが、たまにカフェでアイスティーを飲みながら、本を読むことがある。
そういうとき、読むための本を街の本屋でピックアップする。
この『走ることについて語るときに僕の語ること』もそうやってピックアップした。
この本は単行本のバージョンを買って読んだのだが、本棚の整理の時に売ってしまった。
そのときの僕の気持ちを代弁するなら、
「村上春樹の小説とエッセイ、どちらかを選べと言われれば、小説を選ぶ」ということだったと思う。
僕の部屋は6畳くらいの大きさで、そこに、1メートルくらいの高さの本棚が一つあるだけだ。そこにおさまらない本は基本的に売ってしまう。
クローゼットにもほとんどスペースはない。
でもこの本を文庫版で再読してよかった、と思う。
今回僕は最初からは読まなかった。気になる章からばらばらに読んでいった。それでも内容は頭に入ってくるものだ。
この本では村上春樹が「走る」ということを通して「自分」というものを語っている。
もちろん彼は作家だから、小説を書く上での心構えのようなものも書かれている。
そういう点、とても参考になる。
「ああ、村上春樹はこういう風にあのすばらしい小説を書いているのか」と。
僕は街を歩き回ることはするが、運動はほとんどしない。
まして、フル・マラソンやトライアスロンなんて無理。
でも彼の小説作法にはうなずける部分が多々あるし、
一度くらい、彼のように規則正しい生活をして、
「健全な肉体」に宿る「不健全な精神」で、
小説を書いてみたいものだ、と思う。
人生を考えさせてくれる
2016/11/29 17:38
2人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:武蔵の里 - この投稿者のレビュー一覧を見る
人間は、必ず歳を取る。特に、50代になり痛切に思うようになった。人生で初めてギックリ腰になり、医者からはジョギングどころかウォーキングも禁じられた。
歯茎が弱くなり入れ歯も使った。
そういう歳となった自分に勇気を与えてくれる一冊である。
出来なくなったことを受け入れ、その中でベストを尽くしていこうと誓った。決して諦めずに。
走る源
2011/03/18 09:22
3人中、2人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ぽから - この投稿者のレビュー一覧を見る
走る源となる本です。自分が走る理由について曖昧で言葉にできなかったことがこの本に書かれていました。
著者による走ることについて
2023/06/27 15:14
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:a - この投稿者のレビュー一覧を見る
百人百様の走る理由がありますが、村上さんらしい走る理由は、どこか哲学的で繊細でした。そしてもっと走ることに対して、自由でありたいと考えさせられました。
マラソン
2020/07/26 06:08
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:すぎやん - この投稿者のレビュー一覧を見る
『走ることについて語るときに僕の語ること』からのファンです。そうです。もう一つの趣味がマラソンです。今、手に取ってみたら、初版でした。
『一人称単数』のレビューを初めて書こうと思いましたが、まずは、この作品からと思い書いています。
帯の最初に「少なくとも最後まで歩かなかった。」と書いてありますが、もうここから深い言葉です。
身を以て知る経年変化
2015/09/29 00:31
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:タヌキネコ - この投稿者のレビュー一覧を見る
この本が単行本で刊行された時購入し、読んだときには「結論がない」ように思われ、あまりピンときませんでした。しかし最近本棚を整理するつもりで手に取って、それからずいぶんと繰り返し読んでいます。
たぶん人生を生きるうえで、自分の体をより良く調整するよう努めることが、きちんとした仕事するのに必要な年齢になってきたからだと思います。
個人的には長い距離を「走ること」は全く合わなくて、では自分では何を?ということが見つけられていませんが、見つかるといいなと自己流ストレッチをしたりしています。
書かれた小説には好き嫌いもありますが、文章から伝わる「頑固で前向きで仕事に真摯な姿勢」と「率直さ」には、いつも共感します。時間をかけて自分のスタンスを作り上げ、前進していくこと、そして折り返し地点を過ぎてどう自分を運営するかに関心がある人にお勧めです。
ただただ尊敬
2015/06/01 07:56
1人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:KY - この投稿者のレビュー一覧を見る
この年齢で(といっては失礼かもしれませんが)、これだけのルーティンを自分に課し続けられるのは単純にすごいし尊敬します。自分がフルマラソンを走るきっかけになった本。
ランナー・村上が目指すもの
2011/01/20 19:26
4人中、4人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ルルシマ - この投稿者のレビュー一覧を見る
村上さんのエッセイというと、「村上朝日堂」その他で解るように、
小説から受けるイメージとは違って明るく庶民的。
彼の作品が重くていや、という人はエッセイを読んで欲しいと思うくらい、
自然な人となりが出ていてファンも多いのではないでしょうか。
でも今回のこれは、厳密に言うとエッセイではないです。
これは彼のランナーとしての現在・過去・未来への記録だと思う。
今までのエッセイではランニングのことはあまり触れず、
もっぱらスポーツといえばスイミングについて書かれていることが多かったように思います。
周知の事実で、彼は朝は早く起きて、簡素な食事に散歩やスイミング、
その合い間、というかほとんどは午前中の早い時間の執筆活動、といった生活について多くのところで書いています。
それがこの本で語る「走ること」については、珍しく熱くアグレッシヴに取り組んでいることが判ります。
でも本人は、「勝ち負けは頭にない」といいきり、大事なことは「自分の目標をクリアすること」だと述べているのです。
確かに彼の「走ること」の歴史はすばらしい。
20何年、毎年フルマラソンに出場していて、そのうちの何年かはトライアスロンにも参加している。
ボストンマラソン、ニューヨーク・シティ・マラソン、
サロマ湖100キロマラソンに、村上国際トライアスロンなどなど。
勝ち負けは気にしなくとも、自己目標をクリアするために、
何ヶ月も前から完璧にも思えるトレーニングと調整を続ける村上氏。
しかし、その折々に様々なアクシデントが彼を襲い、完走するも思ったような走りが出来なかった時が続くと
周到な準備にもかかわらず不発だった自分のランを様々な角度で分析していく。
そしてその度に彼が行きつくのは自分の「老い」。
ここまでして、調整も続けて、体調も悪くない。
ウエアも装備もシューズも完ぺきだ。
なのにダメだったのは、どうにもならない「老いた自分」。
写真で見る村上さんの若い頃のランニング姿。
彼は、「小説をしっかり書くために身体能力を整え、向上させる」と書いているけれど、
いやいや、どうして、かなりの本気です。
家で小説を書く「静」の自分と、
水泳やトレーニングやランで絞り切った「動」の自分とのバランスを上手くとることで、たしかにより創作活動はしやすいのでしょうが、
この本を読むと、彼の中で時としてランの方が執筆活動よりも熱いのでは?と思わずにはいられません。
そのためには自分の「老い」もきちんと受け入れ始めた村上さんが、自然体で今後のランナー人生を進まれる宣言のような作品だったと思います。
生きているという実感
2021/08/09 14:54
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:ジミーぺージ - この投稿者のレビュー一覧を見る
村上春樹はフルマラソンをライフワークとして毎年1回は走っている。
絶対に歩かないで最後まで走る。これが心情。
トライアスロンもやる。
なぜ辛い思いをしてまで走るのか?
村上春樹は言う。
「この苦しさを通過していくことをあえて求めるからこそ、
自分が生きているというたしかな実感を、
少なくともその一端を、僕らはその過程に見いだすことができるのだ。」
私は、フルマラソンを2回走った。
1回目は4時間40分。2回目は5時間5分。
実に辛かった。本当に辛かった。レース後に実感した。まだ、生きている。
自分の身体の限界に挑戦する者たちは、
生を人一倍実感しているのは本当だと思う。
一途にまっすぐに。
2015/11/24 20:53
1人中、1人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:雪空スウィング - この投稿者のレビュー一覧を見る
成長したいと日々願うことがある。
楽しさと、うまくいかないことへの焦り、それでもやっぱり好きなこと、永遠の片思いのような気持ち、その一途さ、まっすぐさがこの本には詰まっているよつに思う。
私に走る趣味はないけれど、村上さんにとっての走ることと私の好きなことを重ね合わせ、一緒に走っている気持ちになった。
何度でも読み返したい、勇気の湧く1冊
2021/11/28 22:59
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:yino - この投稿者のレビュー一覧を見る
初めてこの本を手に取った際には、確か就活真っ最中で、この本に勇気づけられた記憶があります。1冊を通じ、終始一貫して村上春樹氏の「ランナーとしての哲学」に触れることが出来る。レースに備え粛々と、着実に準備していく姿には敬意を表したいし、目標に向けストイックに取り組むメンタル面での強さは、「走ること」に限定せず見習いたいと思う。-もし僕の墓碑銘なんてものがあるとしたら、“少なくとも最後まで歩かなかった”と刻んでもらいたい-のコメントはしびれる。
学びたい背中
2020/10/07 00:02
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:タオミチル - この投稿者のレビュー一覧を見る
表紙を開くとすぐに、村上さんが走る後姿の写真があって、ハッとする。表紙の真ん中にあるのと同じもので、大きく引き伸ばすことではっきり見えてきた、感じの良い美しさを持つ背中。おおよそ考えられるすべての無駄をそぎ落とし、しなやかな筋肉に汗して走る。その写真に見とれた読者は多いんじゃないかと思う。
その背中を一生懸命追いかけるように本を読んだ。読書をやめない限り、その美しい背中はいつも私の視野の中にある醍醐味。様々なフレーズが自分の中から生まれては消えてゆく。長距離を走ったり歩いたりするときに、いろいろなことが自然と頭に浮かんで消えてゆく...あれと同じだ。
そして、途中から、村上文学が世界中のひとのココロを打つ理由は、マラソンランナーの日々の努力と似て、ストイックに日々積み重ねてきたことに過ぎなくて、あっけらかんとするほどシンプルなのでは?と思ったりする。
この本の帯に「少なくとも最後まで歩かなかった」とあって、もうただひたすらその通り。「学ぶべき背中」は、絶えず言っている、「自分次第なんだよ」と。
現代文学のトップランナー
2020/04/16 23:05
0人中、0人の方がこのレビューが役に立ったと投票しています。
投稿者:Todoslo - この投稿者のレビュー一覧を見る
読書とランニングに明け暮れる日々に憧れます。健康な肉体を保つことで、旺盛な執筆活動を続けてほしいです。