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「フラナガン・ブーン戦記」2巻。
個人的にガンダム界隈でいちばん名前を間違えやすいキャラクターではないかとおもlっています、フラナガン・ブーン。フラガナン・ブーンと勘違いしそう。自分もそうですしね、1巻のレビューでまんまと間違えていますし。反省。
フラガナン機関があるのがいけないんです。同じ1stガンダムに存在するから。あちらはNT研究所ということで、フラナガン・ブーンよりも様々なところで登場するし。気をつけたいです。
復讐と復讐の戦いになっていく2巻。なんというか暗い闇の中の戦い。
1巻でのガンダム描写がとんでもなく恐怖心を煽るものだったのですが、2巻はザクがやばい。己の心情の写し身としてMSを駆り、それが戦場でどう見えているか見せつけてゆくのか、人の精神に何を刻み込んでゆくのか。圧倒的な強さ恐怖を見せつけるのMSという存在が、とんでもないものだと思わされます。
18mクラスのロボットが、殺意むき出しで迫ってきたら、ああ見えるのも当然なのか。死の恐怖をこれ以上なく見せつける「フラナガン・ブーン戦記」です。
擱座したマッドアングラー。圧倒的な死の恐怖に向き合い生き延びる術を探り、一縷の望みにかけてブーンたちが生きようとする場面。そこで『翔べ!ガンダム』の一節を使うのはずるい。
『君よ叫べ!まだ絶望に沈む悲しみあるなら』
この感情の昂りは上手く言えないので、読んで下さい。
A「1stのOPって、歌詞がスーパーロボット寄りでガンダムらしくないよね。」
B「連邦のプロパガンダとして制作したっていう設定なんじゃないの?」
なんて解釈をしたという思い出話が、誰かのエッセイにあったような気がする。ゆうきまさみ先生だったかな?
引用された『君よ叫べ〜』がもたらす心の高揚を思うと、あながち間違ってはいないのではないかと、放送終了してから40年以上経った令和に納得してしまいました。
完全に後付け考察で解釈なので、んなコタない、で一笑に付されるのでしょうが、2巻ラストの場面はいいんですよ。名場面です。